第6話 祭り(後編)
翌日。
晴れ渡った空に遠く鰯雲が消えかかってたなびいていた。空気も乾いて、良い天気だった。
布団を極限まで離して寝て、事なきを得た(?)2人は、朝から獅子舞の取材に走り回った。
午前中に行われる子供獅子舞の演者へのインタビュー、舞台裏の取材。獅子舞を実際に見ながらメモを取る新也の横で、演舞を動画に収めるのは主に新也の仕事だった。
午後になった。
篝火を焚いて、会場には紅白の幕が掛けられた。
前日に町中を練り歩いた神輿を置いた舞台の前。20畳ほどの土のスペースが、演舞場だった。山の途中に作られた演舞場は周囲の山肌を使い、うまく段々になるように半円のすり鉢状に観客席が作ってあった。
新也と藤崎はその最前列に座る。お客様だからと、前日に挨拶を下町民達が再度2人の元へ現れて、次々と酒を注がれる。どうも演者も観客も酒に酔い、いわゆる神懸りの状態で楽しむ祭りのようだった。
祭りが、始まった。
それは静かな笛の音からだった。そこに、ドンッと腹の底に響く和太鼓の音。そしてまたか細く力強く響く笛の音。
ササラの衣装を纏った男たちが入場し、次いで3匹の獅子が舞いながら会場へ入った。
そして、神輿の前で輪を描き拝礼する。
神が神輿にいらっしゃる。
その前で奉納の舞を舞うのだというのが新也にも分かった。
ドン、ドン、ドン。
和太鼓が激しく早くなった。笛が鳴り響き、ひときわ大きく太鼓がなった。
「っ……」
ビリビリと体に響くその音に、新也はふっと体から何かが抜けていくのを感じた。
そしてその何かが小さくチラチラと光り輝きながら朱混じりの銀扮をまとい、雌獅子の方へ行くのを見た。
隣を見ると、藤崎も金の淡い光に包まれていた。そしてその金の粉が同じく大太夫に向かうのを見た。衣装で顔は見えないが、林が演じる小太夫も黒混じりの銀色に全身が輝いている。
舞が始まる。
龍の頭部を持った異形の3匹の獅子が、すばやく地を這うように動いた。
飛び跳ね、腹に抱えた太鼓を打ち鳴らし、頭を振り上げる。
角がお互いをかすめ、寄り添い、跳ねの退き、威嚇して喧嘩をする。
まるで3匹が遊んでいるようだった。神の庭での、獅子たちの遊び。
ふいに会場から飛び出した3匹が、客席に乗り込み頭を振りかざした。キャーと客席からは次々に歓声が上がる。演出らしかった。
新也と藤崎の前にも龍の牙が迫る。黒い頭に真っ直ぐな角、小太夫の林だった。
2人へ大きく頭を下げ、それから振りかざすと、林は一足飛びで会場内へと戻っていった。
3匹が見事に舞うその度に、周囲の篝火に混じって3色の銀扮がキラキラと会場中を舞った。
「綺麗……ですね」
恐れも忘れて、新也はつい隣の藤崎に言った。
藤崎も獅子舞に見入っているようだった。
「そうだな。……綺麗だ」
藤崎には銀の粉は見えていないはずだった。けれど、感動したのか、目尻を拭っていた。
わりと感動しいなのだな、と新也は藤崎の新しい一面を見た気がした。
新也の不思議な、妙な感覚は綺麗に消えていた。
篝火が燃え尽きるまで、祭りは深夜まで続いた。
「ありがとうございました」
翌早朝、駅前で新也は林とその家族に頭を下げた。
祭りは今夜の後夜祭でフィナーレだ。内輪でやるという後夜祭には参加せず、仕事がある新也は一足先に帰ることになっていた。
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございました」
「本当に……。基明とも、また仲良くしてやってくださいね」
作蔵と花江が深々と頭を下げる。
「僕もまた、ちょくちょく帰ることにするよ……新也くんもぜひまた来てね」
父親を見、少し照れたように言う林の横には、藤崎がいる。
「手伝い、ありがとうな」
藤崎にしては珍しく、礼を言ってくる。新也は目を丸くした。
今度の藤崎の新作は伝奇もの、しかもシリーズ予定ということで、確かに藤崎にしては取材にはかなりの力の入れようだった。まめに編集ともやり取りをし、当初の2泊から祭り最終日の今日、3日目まで残り、3泊して帰るのだという。
それでもだ。
今までに同行取材をいくつかして、礼を言われたことなどほとんどない。
流石の藤崎もやはり何か、昨夜感じ入るものがあったのだろうか。
「ぜひまた寄らせてください」
本心で林達に新也は言った。
この地区とも離れがたい、寂寥にも似た思いが湧き上がっていた。
と、藤崎に腕を引かれた。
「……何も取られずにすんで良かったな」
マレビトのことを言うらしい。
新也は心から笑った。
「先輩……藤崎さんこそ、何も取られずに、きちんと帰ってきてくださいね」
へっと藤崎がいつものように人を小馬鹿にするように笑った。
その笑顔を見て何だか嬉しく、また妙に名残惜しく、新也はその地を後にした。
【end】
現代百物語 第3話 三匹獅子舞 河野章 @konoakira
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