第5話 その理由は

「というか、おまえ妙じゃないか」

 藤崎が新也にそう指摘したのは突然だった。

 林の家の別館に戻り、藤崎は資料やインタビューの整理を、新也はその手伝いで写真データを整理しているときだった。

 新也は驚いた。

「え、え?」

 つい吃ってしまう。新也は手元からはデジカメを取り落とし、畳の上では落下の鈍い音がした。

「そんっなことは、ありません!全然、全く!これっぽっちも!」

 顔を真っ赤にし、手を顔の前で大げさに振り回して否定すれば、肯定しているのに変わりはない。

 結局新也は藤崎に、昨日から藤崎と林が妙に魅力的に見えることを、本人を前にして告白したのだった。

「へえ……俺が魅力的なのはまあ、分かるとして。林も……、か」

 前半はニヤニヤと、後半は物思いに沈むように藤崎は言う。

 新也は下を向き、冷や汗をかく。無意味に畳の目を数えたい気分だった。

「はい……。あと、2人の仲間に入りたいと言うか、子供っぽい気持ちも湧き上がります」

 本人を前にして素敵に見えるだの仲間に入りたいだの言うのは本当に恥ずかしい。

 けれど、話し始めたからには全てを伝えねば意味がないだろう。観念して新也は伝える。

「いつからだ?」

 藤崎が訊ねる。新也は記憶を探り探り答えた。

「よくよく考えると、この地域についてすぐからそわそわ、わくわくしていたような気はします。けれど一番は、昨夜の酒宴の席と、今日の獅子舞の話を林くんから聞いたときですね」

「ふん、なるほど……」

 藤崎は頷き、取材メモをめくりだした。神社の縁起、祭りの縁起、祭りの進行表……次々にめくっていき、新也の前にぽいっと、一枚の紙を投げた。

「これ、じゃないか?」

「え?」

 それは3匹獅子舞の主な目標と簡単な解説だった。

 それによると演目は全てで6つ。悪魔退散を祈願する「御幣懸り」、獅子が花見をする「花懸り」、その後に「三拍子」「竿懸り」「雌獅子隠し」と続き、最後に真剣を使う演舞「白刃」で終わる。

 藤崎が示したのはその中でも、「雌獅子隠し」の演目だった。藤崎は新也の側によると自分と新也を交互に指さした。

「雌獅子隠しはいわゆる三角関係の話だ。大太夫と恋仲であった雌獅子が小太夫に誘われて心移りしてしまう。雌獅子を巡って激しく争う雄獅子2匹と、2匹をハラハラと見守りつつ大太夫への未練も引きずっている雌獅子の女心を表す舞……どうだ?」

「似てます、俺の、この妙な気持ちと……」

 新也は唸った。

 藤崎は続ける。

「もともと獅子舞は神に捧げられる舞だ。先細りで受け継ぐ人も少なくなってきた……そこに来訪神、マレビトとして俺たちが来た。林はもともとここの出身だが、上京していることを考えるとよそから来た者と捉えられないわけじゃない。全てを、この地域の富として捧げるには、ぴったりの3人というわけさ。さしずめ、お前が雌獅子、俺が大太夫、林が小太夫だろうな」

「そんな、それじゃ……神事が始まったらどうなってしまうんですか俺たち……」

「そうだな……神様のすることだ、取って食やしないだろう」

「マレビトは財産全て巻き上げられて、最後は血肉の一欠片も奪われるんじゃなかったですっけ……」

 新也はじわりと藤崎から距離を取った。誰も信じられない……と体育座りになる。藤崎はあっけらかんと笑った。

「その時は逃げ出すまでだろう」

 藤崎は荷物をまとめておくかな、と冗談めかして立ち上がる。

 そう言えば……と新也は藤崎を見上げた。

「先輩はその、……妙な気持ちになるとか、気配を感じるとか……」

「いや、ないな」

「くっ……。林くんも始終酔っ払ってますもんね。僕だけですか、こんなことになっているのは」

 がっくりと新也は肩を落とした。くくっと藤崎が腹を抱えるのが、新也の視界の端に写った。

「見てる分には面白いぞお前、目が潤んだりして。しばらくそのままでいれば良い」

 睨む新也を無視し、他人事にして、藤崎はずっと笑っていた。

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