第4話 祭り(前編)
二日酔いで新也は目を覚ました。
隣で寝ていたはずの藤崎はすでに布団を畳んでいる。テーブルの上には、「母屋の方へ行ってくる」と達筆なメモ書きが置いてあった。
(良かった……)
新也はほっと息をついた。昨夜はもやもやとした物思いが晴れずよく眠れなかった。隣で寝る藤崎が気になって仕方がなかったのだ。この状態で2人きりで顔を合わすのは一方的に気が引けた。
(僕も後で行くか……)
はぁっとため息をついて、痛む頭を抱えて新也は立ち上がった。まずはシャワーだ。話はそれからだった。
その日の午前は、町中を取材がてら新也と藤崎、林の3人で挨拶をして回ることになった。小さな集落ではよそ者は目立つ。その前に取材に来たものですと挨拶をしようということだった。
どこで挨拶しても2人は喜ばれ、何人かはやはりマレビトという言葉を出して歓迎してくれた。町長や神社の神主からは神社や町の縁起などを聞くことでき、藤崎は丁寧にお礼を述べていた。
午後からは神輿が町中を回るというので、2人もついて歩くことにした。
昼食後、出発地点の神社の境内へ行ってみると、法被に足袋、草履姿の町の人が大勢集まっていた。神輿は2種類あるらしく、子供が担ぐ神輿がちょうど境内を出ていくところだった。
大人が担ぐ神輿は荘厳で、周囲に20人余りの人が集まっていた。
彼らに混じって、林と作蔵も担ぎ手としてそこにいた。
新也と藤崎は2人に声を掛けた。
「お世話になります!」
藤崎はいつも朗らかだ。合わせて新也もぺこりと頭を下げる。
途端、ぞくりと背筋が寒くなった。
覚えのある感覚だ。昨夜と同じ……マズいぞと、新也は思わず藤崎を見た。
しかし、藤崎をいくら眺めても藤崎への妙な感情は湧いて出てこない。
勘違いだったかと恥ずかしくなり、新也は前を向いた。
「どうも、よろしくお願いします」
自分の取材ではないが、一応と新也も2人に挨拶をする。
作蔵は息子の背中をバンっと叩いて妙に誇らしげだ。
「見に来てくれてありがとうございますね!こいつは、明日の準備もあって途中で抜けますけど……」
な、と林の背中をもう一度叩く。
「え、林くんは、最後までお神輿担がないの?」
新也は林に聞いた。
照れくさそうに、林はうん、と頷き、藤崎の方を向いた。
「実は。昨日お伝えしてなかったんですけど、3匹獅子をやる予定だった1人が急病で倒れまして……。急遽、代理で僕が、獅子の1人を舞うことになりました」
「へぇ、それは……名誉なことですね、お父さん」
藤崎は感心したように作蔵におめでとうございます、と伝えた。作蔵は本当に嬉しいようで、息子と一緒に照れて赤くなった顔で、しかし誇らしそうに笑った。
「何かあった時の代理として、練習はしてましたからね。大丈夫とは思いますよ。しかし、まさか息子が小太夫をやるとは……藤崎さん達のおかげかもです」
そんな、と2人は謙遜したが作蔵の喜びは相当で、また2人に神輿出発前の酒を勧める始末だ。前日かなり飲まされた2人は必死に辞退し、周囲の担ぎ手達が笑い声を上げる。
そんなことをしながら賑やかにお神輿は出発した。
「父がごめんね」
林は神輿の隊列を離れながら二人に詫びた。
3人は町中を練り回るお神輿を途中の谷底で見送って、神社へ行くことにした。
神社の裏で、明日の獅子舞の打ち合わせと、林の特訓があるという。神輿を担ぎながら、酒をまた飲まされた林は少しよろよろとしながら2人に説明する。
「僕は獅子舞には選出されたことがなくて……普段は都内だからね。町にいるものが、どうしても優先的に選ばれる。僕は祭りシーズンだけ帰るもんだから……毎回補欠なんだ。だからあんなに喜んで……」
「良いさ、名誉なことなんだろ?しかし、獅子舞に、太夫……?名前があるんだな」
藤崎が林の横を歩きながら質問する。結局少し飲まされてしまった新也は、二人から遅れて歩いていた。
新也のゾクリと肌寒いような、高揚するような妙な感覚はまだつづいていた。しかも並んで歩く2人を見ていると段々強くなるようだ。
自分もあの2人の輪に入りたいような、和を乱してしまいたいような。割って入って遊びたい、2人を驚かせ魅了したい……。新也はそこまで考えてブンブンと首を振る。
本当に何なんだ、これは。
「はい、獅子舞は三匹。大太夫、小太夫、雌獅子です。他にササラと呼ばれる踊り手が6人、稲刈りの格好に花笠を被って登場します。本来は獅子舞は村の未婚の男が、ササラは10代の少年が女装して舞いますが……最近は子供がいなくて」
はは、と林が少し寂しそうに笑う。
「今回は、大太夫が父の友人で50代の佐々木さん、小太夫が僕で、雌獅子は高瀬って家の健太郎だったかな。俺より2つ上だけど、雌獅子はなかなか成り手がいなくって、ここ数年は毎年彼ですよ」
林は、ササラも最近では独身なら誰でもになってしまって、10代どころか最高齢は63だと笑わせる。
自嘲を含みながらも、語る林はどこか誇らしげだった。今は離れてしまった郷里への哀惜も、瞳には見え隠れしていた。
「だから明日は、お2人のためにも頑張りますよ。お客さんを迎えての神事……獅子舞なんて来年、再来年はもうないかもしれない」
林はそう締めくくった。
「頑張れよ」
そう励ます藤崎の影で、新也は林に飛び付きたい衝動を必死に我慢していた。
林の話に感動したのではない。いや、感じ入るものはあるのだが、今度は林の言動、一挙手一投足に心が揺さぶられていた。手を取り、讃えたい。一緒に野山を駆け巡り、藤崎を置いて……。
もう何だか意味が分からない。自分が自分でないみたいだった。
しかも、藤崎に妙に惹かれる気持ちもまたむくむくと沸き上がってくる始末だ。
これでは2人の間で揺れ動く女心じゃないか……!と、新也は顔には出さずに1人悶絶する。
新也は、話を聞きながら妙に寡黙になって、2人の後を付いていった。
その日の午後に見せてもらった獅子舞の衣装は、新也達が想像していた赤い頭の獅子舞とは全然別のものだった。
牙をむき出した迫力のある頭部は3匹とも龍の頭を模しているらしく、鼻先が長くひげが後ろへとたなびいている。大太夫は金の頭部、小太夫は黒の頭部、雌獅子は赤の頭部で、雄獅子の2頭には立派な2本の長い角が生えていた。
それを、黒子の衣装を着た3人がそれぞれ被る。前と後ろは龍の背や体を表しているのか長い紺色の布が垂れて、3匹獅子舞の完成だった。
3匹の獅子をササラの衣装を纏った女装の男達がしなやかな動きで取り囲む。練習風景を見れたのはそこまでだった。後は本番のお楽しみということらしい。
藤崎と新也は礼を言ってその場を後にした。
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