第3話 2人と1人の夜は

「とうした、新也」

 頭上からの声で新也ははっと顔を上げた。

 別館入り口を塞ぐ形で座り込んでしまっていた自分の背後から、藤崎が顔を出す。

 藤崎の顔を見るだけで首筋のぞくりとした感覚と、心臓がドキドキと高鳴るのが一緒に襲ってくる。

 絶対におかしい。

 これはもう離れるしかないと、新也は立ち上がった。

「な、……んでもないです!」

「そうか?」

 藤崎は首を傾げる。そそくさと新也は部屋の中に入った。

 別館は部屋をふすまで仕切る、奥へ長く伸びる構造だった。部屋は2部屋で、部屋に沿って渓谷が見下ろせるように廊下があった。一番奥には水場があるようだった。

 2人は手前の部屋に置いていた荷物を持ってふすまを開け、一番奥の部屋へと足を踏み入れた。そこにはすで床がのべられていた。

 新也はほっと息を着いた。これでもう、今夜は寝てしまえば良い。明日になればこの妙な感覚も落ち着くかもしれない。

 しかし、口に出たのは全くの逆の言葉だった。

「せんぱ、……藤崎さん。布団くっつけて良いですか?」

 さらりと言葉が出た。言葉とともに体も勝手に動いて、布団の端っこを持ち、寄せようとする自分がいた。新也は混乱した。

「は?」

 藤崎は、新也の言葉がよく聞こえなかったようで、自分のカバンから顔を上げた。

「いえいえいえ!何っでも、ありません!」

 新也は急いで布団を逆方向にぐんっとずらした。壁際にぴったりとくっつける。

 危ない、本当に危ない。

「何でそんなに離すんだよ、新也」

「俺が、変……ではなく、寝相が悪い、からです……」

 どうにか言い訳を口にする。

 苦しい。

 苦しいが、「何だか先輩にときめくからです」とは口が裂けても言えなかった。へぇっと、藤崎はそう興味もなさそうに言った。納得はしたようだった。

 そこに、

「失礼しまっす」

 酔ってご機嫌の林が、ポットに湯を入れて持ってきてくれた。壁際に張り付く新也を見て不思議がる。

「どうしたの、新也くん。……あ、気になってるんだろう、マレビト。新也くんなら知っててもしょうがないよね」

 ごめんね、とその場に座り込む。そう言われても、新也には何の話には分からない。聞き慣れない言葉だなとは思っていたけれど。

 藤崎も何の話だと、林に寄っていく。手にはきちんと取材用のメモを持っていた。

「あれ、知らなかった?まあ、良いか。……マレビトってのはね、来訪神なんだ」

 林が話し始める。来訪神?と新也と藤先は二人して首を傾げる。

「ここは山間だろ、昔々はこの地域を訪れる人が少なかった。そこで、旅人や修行僧が訪れると外から来訪してくれた神様としておもてなしする。だから外の地域からのお客様を、マレビト、来訪神って呼ぶんだ」

 ふうん、と新也は不思議な思いでその話を聞いていた。そんな古い風習が残っている地域がまだあるのかと感慨深かった。

 藤崎は何やら考え込んでいたが、ふいにメモから顔を上げる。

「で、それで何で、『ごめんね』になるんだ?神様としてもてなしてくれるんなら、こちらとしては謝られる意味が分からない」

「それは……」

 林が言いにくそうに言葉を濁す。藤崎が先を促すと、仕方ないと言った風情で遠慮がちに話し始めた。

「マレビトの本当の意味を知ってる、と思ったから話しちゃったんだけど……マレビトとは、外からその地域に益をや富をもたらす者。だから、……殺される運命にあるんだ」

 え?と今度は2人が驚く番だった。急いで林がそれを打ち消す。

「勿論、殺しはしないよ?遠い遠い昔の、……本当にそんなことをしていたのかさえ分からない話なんだ。けど、来訪神であるマレビトは本来、持っている富を全て剥ぎ取られて村人に殺される役割なんだ。残った富や財産、肉の一欠片まで村人のものにされてしまう。だから、ありがたい神様として村人はお客さん、来訪神が訪れてくれるとあんなに喜ぶんだ」

 今回は祭りに合わせてきてくれたからね、何か良いことがこの地区に起こるんじゃないかってそういう、根拠のないありがたがりなんだよ。と林は話を締めくくった。

「そう、なんだ……」

 そうは言われても、客は殺される運命、役割だったと言われて新也はずんっと気が重くなった。自分が妙におかしくなっていることと何か関係があるかもしれないと考える。

 藤崎は呑気なもので、話を面白そうにメモし、すぐに林へ詳しく話を聞き始めた。

 今のうちなら大丈夫かもしれない。

 新也はふいに思いついた。3人いるこの場所なら、問題なく寝れるかも。

「先輩!」

 勢いよく、新也は藤崎を呼んだ。

「ん?」

 インタビューをしていた藤崎が何事かと振り返る。林も目を丸くしていた。

「僕、もう寝ますから!風呂は明日入ります!林くんも……、おやすみなさい!」

 新也は宣言し、ガバリと掛け布団を持ち上げた。このまま、妙な気分が戻ってくる前に勢いで寝るしかない。

「あ、ああ」

 あまりに急なことに、流石の藤崎も驚いている。

 寝よう、寝てしまおうと新也は着替えもせずに布団に潜り込んだ。

「おやすみー、新也くん」

 酒でご機嫌なままの林に送られて目を閉じたものの、結局新也は夜更けまで一睡も出来なかった。

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