第2話 祭りの前夜で
「いやぁ、本当にお客さんが来てくれるとは!めでたい!」
大声で林の父、作蔵は杯を掲げた。古風な名前でしょう、と妻の花江が隣で笑う。
田舎料理のもてなしに2人は合っていた。芋の煮物に、押し鮨、魚の刺し身は山間なので奮発してくれたのだろう。他にも手製の豚の角煮やサラダなど、テーブルの上には食べきれないほどのごちそうが乗っていた。
しかし、祭りのために潔斎に入っているという作蔵と林は、肉や魚に一切口を付けなかった。代わりに、客人である2人をもてなそうというのか浴びるように酒を飲んでいた。
「ところで、お祭りというのは……」
座敷で盃をいっぱいにされながら、新也は藤崎の隣で恐る恐る切り出した。
ここに来てまで、自分は何も知らされていない。
今回は、いつものゾクゾクするような恐怖感はない。藤崎の同行だというのに、だ。
新也には不思議な力があった。
霊やオカルト、ちょっと不思議な出来事などが妙にすり寄ってくる体質なのだ。毎日、何か起きやしないかと怯えて暮らしている。
特に藤崎柊輔というこの男は鬼門で、彼に同行すれば必ず何か妙な目にあう。そういうジンクスが出来つつあった。
「ああ、新也くんは何も知らないまま来たんですね」
酒で顔を赤くした林が、藤崎と新也を見比べて笑う。すでに相当飲んでいるようだった。
「ここのはね、お米の豊穣を祈るお祭りなんですよ。メインは明後日の、3匹獅子舞です」
花江が夫の盃に酒を注ぐ。
「3匹獅子舞?」
聞き慣れない言葉に新也は聞き返す。藤崎が事前に調べていた様子で話に加わった。
「そう、確か。ここのは一人で1匹の獅子舞を担当するそうですね。だから、獅子舞だけで3人かな。非常にアクロバティックな舞だとか」
作蔵が嬉しそうに膝を打つ。
「そうです、そうです。舞う時間も長いですよ、10分足らずの舞から1時間近くの演目まである。昼過ぎから始まって、終わるのが夜の今頃になるんじゃないかなぁ」
芋を美味しそうに頬張りつつ、作蔵は横の花江に話を振る。
「最後の方はね、獅子がそれぞれバク転や宙返りなんかもやるんですよ」
嬉しそうに花江も付け加えた。
へぇ、と新也は感心した。都心に家がある新也には珍しいことばかりだ。地元の祭りも小規模で、新也自身は参加した記憶さえなかった。
「明日は、精進決済した男たちで神輿を担ぎます。神社から出発して、町をぐるりと一回り。行く先々で酒をいただいてベロベロになりながらの道行きですけど。それから、神社に戻ります。舞台の上に神様の乗った神輿を置いて、明日は終了かな。明後日は、舞台の前の広場で子供獅子舞から始まって、獅子舞が一日中行われるんですよ」
酒に酔ってきたのか少々舌足らずに林が添えた。
藤崎が笑って、そんな林を肘で小突いた。
「そんなので、明日大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、っていうか……祭りの間は獅子も担ぎ手も、ササラも、酒を飲みまくるのが慣例なんです。勿論お客さん、マレビトも。だから、先輩も、どうぞどうぞ」
皆のやりとりを楽しく眺めながらちびりちびりと酒を飲んでいた新也は、ふいにぞくりとしたものを感じた。おかしいなと首筋あたりを触ってみても何もない。冷たい何かが押し当てられる感じがしたのだが……。
それにしても、と、新也は仲良さそうにじゃれ合う藤崎と林を見つめた。まるで10年前に戻ったかのようだ。無邪気な男子学生同士といったところか。どうして誰も止めないのだろう。自分はこうしてここに置き去りで、ふたりはこちらを見向きもしないのに……。
「え?」
妙な思考に、新也は自分で自分に突っ込んだ。
2人が仲が良いことは良いことで、自分にはなんにも関係ないはずだった。なぜ今、自分もそこの輪に入りたい、入らねばと急に思ったのか。
「どうした、新也」
大きな声を出してしまった新也に、皆が注目していた。気づいた藤崎が心配そうに顔を覗き込んでくる。いつ見ても、酒に酔っていても悔しいほどに男前で、綺麗な顔だった。
つい、新也は吸い寄せられるように藤崎の顔に見入った。
近くで見ると、精悍な顔の中でも特に目の色が良いなと思った。薄茶で、意思が強い瞳が好みだ。こんなに間近で見たことがあっただろうか。もっと近くで見たい。この男の笑み以外の表情も、怒りや哀れみの表情も見てみた……。
いや、……変だった。
妙に藤崎が魅力的に見える。おかしい。
こんなことを考えるのは自分じゃない、と新也は気づいた。
「新也……?」
訝しげな声に新也は我に返った。
「ああ、あの……!」
新也は思わず席を立った。恐ろしい。藤崎の顔に本気で見とれてしまっている自分がいた。藤崎の顔から目が離せない。顔が赤いのは酒のせいだけではないと、自分が一番知っている。
酔ってしまったようなので、と勢いそのまま席を後にする。
新也?と林か藤崎に名を呼ばれたが、あまりに妙な気持ちで、感覚で、その場を離れざるを得なかった。
急ぎ本館を出て渡り廊下を渡り、別館へ足を踏み入れる。
途端にふうっと安堵のため息が漏れた。やはり藤崎との旅では何か妙なことが起こる。
これからのことを考えて、新也はその場に頭を抱えて座り込んだ。
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