第29話 待ち伏せ


 部長が格好良く決めて満足げにした後も話が尽きることは無く、話題も文芸部らしかったりらしくなかったりしたが誰も気にせず談笑していた。

 だが楽しい時間と言うのは過ぎるのが速いらしく、ふと時計に目をやれば思った以上に時間が経過してちょっとびっくりした。


「もうこんな時間に経ってたんですね」


「そうだね、あっと言う間だったよ」


 どうやら同じ事を考えていたらしい藤岡に


「そろそろ帰りましょうか」


 パタンと小気味良い音を立てて本を閉じ、部長が部活終了の宣言をした。でもさっきまで本読んでませんでしたよね、終了の為にわざわざ開いて閉じたのかな?


「そうですね、暗くなる前に帰りましょうか」


 藤岡はそんな部長の行動に気付いていないのか気にしていないのか素直に返事をしている。

 ここで俺が突っ込んでも野暮なだけかな。


「じゃあ戸締りして帰りましょう。忘れ物しないようにして下さい」


  俺は荷物なんか出してないから鞄持つだけでいいんだけど、二人は本やらなにやらしまう物もあるだろう。その間に戸締りを確認しておこう。

 まぁ、戸締りと言っても対して広くもない部室だからすぐ終わるからその後簡単にする片付けの方がメインみたいなもんだけど。


 全員部室から出て鍵を閉める、これで本日の部活動は終了だ。


「じゃぁ俺は鍵を返してくるんで、二人ともさようなら」


「あ、高崎くん」


「ん、どうした?」


 別れを告げて職員室に行こうとしたら藤岡に呼び止められてしまった。


「……えっと……また明日、ね」


 思わせぶりな態度だった割にはただの挨拶だった。何か言いたいことでもあったのかもしれないけど本人が言わないなら俺にはどうしようもない。


「あぁ、また明日な」


 手を振る藤岡に手を振りかえして今度こそ別れを告げた。


「私も一緒に職員室行くから……また明日ね」


「あっはい。また明日」


 何故か部長も藤岡にひらりと手を振っているが。藤岡もそれは予想外だったのか驚いている感じだし。そもそも部長が職員室に行くなら鍵も一緒に持っていってくれれば俺は行かなくても済むんですけど。


「……行きましょう」


「……はい」


 思いを込めて部長の方に鍵を差し出してみたがスルーされてしまった。まぁいいさ別に職員室に行くくらい大した手間でもない。



「ちなみに部長は職員室に何か用が?」


「えぇ、ちょっとプリントを提出しないといけないの」


「へぇ」


 その後職員室に行き鍵を返して俺の用は済んだのだが、部長は先生と何かを話している。部長の担任かも知れないが流石にそこまでは覚えていない。

 とりあえず俺はもう用がないから職員室はさっさと出たんだが、部長を待つべきか先に帰るべきか迷うな。

 別に待つことは問題ないけど部長がどっちを求めてるのかがわからないからな。先に帰ったら文句を言われるかも知れないけど、待っていたら待っていたでウザがられるかも知れない。部長はただでさえロールプレイしてるのにそれがクール系だから対応が難しい。


 しばらく職員室の前で悩んでいたけども、ウザがられるよりは次に会った時に文句を言われる方がマシかな。先に帰るとしよう。

 一人寂しく帰ることにした俺は心の中で先輩に別れを告げて下駄箱へ向かうことにした。


 下駄箱に着き上履きから靴に履き替えようとしていると、かなり速いペースの足音が響いてきた。校内にはもう殆ど人がいないため無駄によく聞こえてくるが走っているとまでは言えなくとも教師に見られたら軽く注意されるかも知れない速度で歩いているんじゃないだろうか。

 音はこっちに近づいてくるし急いで帰ろうとしている人でもいるのかな、と思って音の方を見向けば表情を強張らせて早歩きしている部長と目が合ってしまった。


「…………ふふっ」


 そう微笑むと一気に歩みを緩め、先ほどまでの形相が嘘のように笑顔を浮かべながらゆっくりと此方に歩み寄ってきた。正直さっきまでの部長もちょっと怖かったけど今のもこれはこれで恐ろしい。


「……どうも」


 選択肢を間違えたら面倒な事になる。そう確信した俺は慎重に言葉を選びながら最善の行動をしなければならない。


「ふふ、久しぶり。高崎くん」


「さっきまで一緒にいたじゃないですか」


「あら、先に帰ってしまったのだもの。随分待たせてしまったのかと思ったわ」


「いや全然そんな事はありませんよ」


「そうよね、待っていてくれなかったものね」


 ダメだ失敗した。というか、俺が待っていなかったことを怒っているのか。拗ねているのか拗ねた振りをしてからかっているのかわからないけど。


「校門で! 校門で待っているつもりだったんですよ」


「……ふぅん?」


 その場しのぎの言い訳をしてはみたけれど明らかに信じていないな。俺を探るような目でじっとりと見つめてくる。


「職員室の前だとちょっと気まずいし、校門で先輩を待つってのも風情があるかなと」


「高崎くんに置いて行かれて一人寂しく帰る私を慰めてくれる予定だったのかしら」


「それじゃマッチポンプでしょ」


 楽しそうに笑いながら言う部長の姿は嘲るようにも見えた。


「落としてから上げるのは伝統的なテクニックじゃないかしら?」


「そうかも知れませんけど、そんなつもりはないですよ」


「無意識でやっているのね」


「どうあってもそっちに持っていきたいんですか……」


「そうね……受け入れなさい」


 ちょっと弱みを見せるとすぐこれだからな。しかしこの人もわざわざ俺をからかうためにあれだけの早歩きを披露したのだろうか。本人が自負しているクールビューティーとは随分かけ離れた行動だと思うけど。


「全く、そんなに俺と一緒に帰りたかったんですか」


「…………」


「部長?」


「高崎くん貴方まさか私が貴方と一緒に帰りたくてそれでわざわざ職員室まで同行したにもかかわらず用件を済ませてみれば貴方がいなくて慌てて追いかけてきたとでも思っているの?」


 圧が強い。早口でまくし立てながら詰め寄って来ないで下さい。顔も近い。


「いや別に」


「あまつさえ焦って早足になってしまった姿を貴方に見られて照れ隠しに拗ねて見せただなんて思っているのだとしたらそれは誤解よいいえ自惚れと言い替えた方が適切かも知れないわね」


「思ってないです! そんな事ちっとも全く思ってないです!」


「本当かしら」


 俺の言葉を遮ってさらに長広舌をふるう部長に対して声を張って否定する事でどうにか勢いを落とす事に成功した。だが彼女は一先ず口を閉じただけで納得したわけではないだろう、俺の対応次第では再び爆発するかも知れない。

 その切れ長の瞳でしっかりと俺を見据えて、次の言葉を待っている。ここは失敗するわけにはいかない、慎重に言葉を選ぶんだ俺。


「部長は足が長いから、普通にしてても早歩きみたいなもんですからね」


「…………はぁ」


 ダメだったかな。ため息を吐かれてしまったし部長が可哀相なものを見る目になっている気がする。


「まぁいいわ……それで誤魔化されてあげる」


「そりゃどうも」


 よかった、呆れられた感は否めないものの何とか納得してもらえたようだ。部長のキャラの面目を保つためには必要な問答だったんだろうけど、この問答自体がもうキャラ設定からかけ離れている気がするけど良いのだろうか。俺は割りと楽しいからいいんだけどね。


「じゃぁ、私も直ぐ行くから校門で待っていて」


「もう合流したんだし昇降口ここで待ってますけど」


「女性が着替えるのだから、気を使いなさい」


「着替えって……靴でしょ」


「気を使いなさい」


「わかりました、校門で待ってます」


 何故だろうか、直ぐ近くで部長が靴に履き替えるだけなのにわざわざ校門で待ち合わせるのは。部長なりのこだわりがあるっぽいし押し切られたからいう事聞くしかないんだけどさ。



 言われたとおり校門で部長を待っていると、少しだけ間を空けて部長が昇降口から出てくるのが見えた。部活を終えた運動部の生徒達もチラホラと下校している。


「あら、高崎くん。先に帰ったのではなかったの?」


 部長は俺の元に来ると、しれっとそんな事を言い出した。なるほど、これが言いたくて校門で待たせたのか。


「すいません。碓氷先輩と一緒に帰りたくて」


 仕方ないから部長が求めているであろう後輩っぽく返しておいた。周りの生徒からは俺が先輩と一緒に帰りたいがために待ち伏せていたように見えることだろう。昇降口でのドタバタを見ている人がいたならこれが茶番にしか見えないんだろうけど。


「ふふっ仕方の無い子ね」


「ダメですか?」


「いいわ。帰りましょう」


 まぁわかっちゃいたけど先輩が許可をくれたので一緒に帰ることになった。お互い演技でやっているはずなのに帰り道では先輩離れの出来ない甘ったれ扱いされた。解せぬ。

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