第28話 改めて
今日も授業が終わり、皆が待ちわびた放課後がやってきた。明は真面目に部活動だし、九条さんは他の部活を見学に行き、葵もそれに付き合うとの事らしい。
教室に残っているクラスメイトととりとめのない会話を楽しんでも良いが、今日は文芸部に顔を出すことにした。
「こんにちは」
挨拶をしながら部室に入れば相変わらず藤岡と部長しかいなかった。
「あ、高崎くん」
「
藤岡と部長が隣同士仲良く寄り添って座っていたので俺は邪魔をしないように机を挟んで向かい側に座る事にした。
「何々、高崎くんも文芸部やる気出てきた?」
速攻で藤岡が隣に移動してきたから何の意味も無くなってしまったが。俺が頻繁に来るのが珍しいのか、期待の眼差しでこちらを見てくる。あまり期待させてそれに添えなかったら申し訳ないから迂闊な事は言いたくないんだけどな。
「まぁ、なんだ……ぼちぼちね」
「それでも十分だよ!」
うぅ、こんな雑な返事でそこまで喜ばれるとちょっと罪悪感がある。そして興奮しているのかテンションが高まっているのかいつも以上に距離が近い。そんなんだから俺に惚れてるってバレるんだぞ。間違いねぇわこれ。大体の男子がこんな事されたら自惚れるわ。
「……」
そして藤岡の席替えで一人ぼっちになってしまった部長も地味に席替えを実行していて俺の隣にいる。逆サイドの藤岡に比べるとだいぶ距離が開いているけど。
この距離感がクールキャラの矜持なのかも知れないけど、行動自体に若干のポンコツ感があるのが否めない。
「文芸部員としての自覚が芽生えてきたのは良い事ね」
何か髪をかき上げながら部長っぽい事言ってるけど、別に自覚が芽生えたわけじゃないですよ、貴方のお願いを聞いてたらこうなっただけです。それとも自覚をしろって暗に言ってるんですか。
「そんなもんですかねぇ」
「そうだよ。高崎くんは文芸部員なんだし、もっともっと顔を出してくれてもいいんだよ?」
おざなりな返事をする俺に藤岡が笑いながら誘ってくるが、多分そこまで期待はしていないんだろうな、今までの実績が実績だし。
「そうだね。頻繁にとは言えないけど……俺でよければもう少し顔を出させてもらおうかな」
「えっ……」
折角俺が前向きな事言ったのに、藤岡は不意をつかれたと言わんばかりの顔でこちらを見つめている。その反応はちょっと傷つくよ。部長も唖然とした顔でこちらを見ている、声を出さなかったのは無口アピールする余裕があったのか声が出なかっただけなのか。そんな変な事言ったかな。
とは言え、二人が反応してくれないなら俺が話を続けるしかない。
「め」
「本当!? 冗談でしたとかなしだよ!」
おぉ、迷惑だったらやめておこうと言おうとした所で再起動した藤岡に言葉を被せられてしまった。
「そんな大層な事言ったつもりは無いんだけど」
「そんな事ないよ! 部長も聞いてましたよね!?」
「えぇ、言質は取ったわ」
言質て。
「ほら、部長もこう言ってるしもう取り消せないから!」
「別に取り消すつもりはないからいいけど」
藤岡さんめっちゃ必死ですね、そんなにムキにならなくても良いと思うんだけど。部長はすでに冷静になっているのかさっき落としていたらしい本をこっそりと拾っている。本人はバレてないと思ってるんだろうけどバレバレです。
「本当?」
「うん、本当だから落ち着いて」
「あっ……ご、ごめんね? ちょっと興奮しちゃって」
ようやく自分が取り乱していることに気が付いたのか、藤岡は恥ずかしそうにしながら姿勢を整え直している。
「まさか高崎くんがそんな事言ってくれるなんて思わなかったから、驚いちゃった」
「貴方も文学少女なのだからもう少しお淑やかに驚きなさい」
部長のあれはお淑やかに驚いていたんですね、本を落とすと傷がつくかもしれないからやめた方が良いですよ。
「そんなに意外だったかな」
「意外だったのもあるけど、嬉しかったんだよ」
そんなに俺と一緒に居られることが嬉しいのか、かーっモテる男は辛いぜ。
「先輩たちがいなくなったら、私一人になっちゃうから」
寂しそうに言う藤岡の顔を見て一気に冷静になった、さっきまで自惚れていた自分をぶん殴りたい。声に出してなかったのがせめてもの救いか。
「幽霊部員の俺じゃ、一人じゃないだなんて言えないもんな」
「あっ、別に高崎くんたちを責めてるわけじゃなくてね。皆には幽霊部員でもいいからってこっちからお願いしているだし、むしろ感謝してるんだよ?」
「そうね」
俺が思わず溢した言葉に藤岡は慌てて弁解をしてくれて、部長も同意しているが二人に責めるつもりがなくても事実は変わらない。幽霊部員に非があるとは思っていないけど、自分がその立場にいると罪悪感というものが湧いてくる。
「だからね、嬉しかったの」
「藤岡……」
でもねと彼女は続けて、
「高崎くんにそれを気にして欲しくはないんだ。こんな事言っておいて、って話だけど……気をつかわせたくなかったから」
それは無茶な相談だ。彼女の言う通り、この話を聞いておいて気をつかうなと言う方が無理だ。そうでなくとも気にかけてしまうのに。
「そうだな、こんな話しておいて気をつかうなってのはないだろ」
「だよね……ごめんね」
「…………」
俺は素直な気持ちで藤岡の言葉に同意しただけなのに、部長からの圧が強くなった気がする。無言でこっち睨んでるし、一応顔は整ってるんだから目つき悪くすると怖いですよ。まぁ俺の言葉で藤岡が俯いちゃったのがお気に召さないんだろうけど。
「でも、俺がもう少し部活に顔をすって言ったのはこの話を聞く前だし関係ないよな」
「え……まぁそうなる……のかな」
「だからその事に関しては藤岡が気にする必要はない。わかったか?」
「う、うん」
「そんで気をつかう云々だけど、そっちは諦めろ。藤岡のその考え自体が他人に対して気をつかっている証拠だ。相手だって藤岡に対して気をつかう事もあるさ」
「高崎くん……」
「それに、友達が困っていたら助けになりたいって思うのは仕方ないことだろ?」
藤岡はこれを否定できるはずもない、彼女自身が友達が困っていたら力になりたいと思う人間だから。ちょっとずるい言い方だったかな。
「……うん、そうだね」
ほらね、苦笑まじりではあるが藤岡は俺の言葉に同意した。口には出さなかったが内心ズルいと思っているのかも知れないけど。
「部長だって可愛い後輩の為なら協力を惜しまないと思うよ」
「もちろんよ。今回の事で私に出来る事は少ないけれど、力になれるなら惜しむつもりは無いわ」
「部長……」
ちょっと部長の影が薄いと思って慌てて話振ったけど正解だったな、ここぞとばかりにキメ顔で格好良い事言ってますわ。
「今まで幽霊部員しておいて何だけど、俺もこれからはもう少し積極的に参加するし……その、なんだ」
俺も続けて格好良く決めようと思ったのに、いざ言おうと思ったらなんか変に意識して微妙に恥ずかしい。
「藤岡を一人ぼっちにはさせないよ」
自分で言ってて照れるわ、格好つけすぎたかも知れない。藤岡も呆気に取られてるし。
「ふふ、それなら安心だね」
危ない危ない、引かれずに済んだみたいで良かった。
「頼りにしているわよ?」
「わかってますよ、碓氷先輩」
部長は藤岡が大好きだからな、念を押されてしまった。
「わかっているのならいいけれど……高崎くん」
「なんです?」
こちらをしっかりと見据えて、真剣な顔つきになった部長に呼ばれて思わず姿勢を正してしまう。隣で藤岡まで背筋を伸ばしている。
「貴方に改めて言わなければいけない事があります」
「はい」
一体なんだろう。藤岡を泣かせるなとかそういう事か? それとも文芸部員としての心構えとかそういう事か。
部長はその切れ長の目で俺を見つめて、
「改めて文芸部にようこそ、歓迎するわよ」
微笑みながらそう言った。
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