第27話 手作りクッキー
「お待たせ」
リクエスト通りの品を皆のもとに届けて三人にお礼を言われながら席に着くと、食卓には先ほどのクッキーが綺麗に皿に並べられていた。こういう事をするのは桐生さんなんだよな、見た目に拘るタイプだから。今紅茶を淹れたティーカップも、彼女なりの拘りがあるからな。形から入るというか、格好良いことやオシャレな事をしたがる人だ。しかもそれが無駄に様になっているからズルい。
「それじゃぁありがたく頂こうじゃないか」
「「「いただきます」」」
何故か桐生さんのしきりで口火が切られた。だがいちいち気にしていたらこの人と暮らしていけないのでスルーだ。
それよりもなによりも九条さんの視線が気になるからな、いただきますと言ったっ割りに一向に頂こうとしていない。感想が気になるのだろう。焦らしたらどんな反応をしてくれるのか気にならないわけではないが、あまり虐めるのは可哀そうだしさっさと食べて安心させてあげよう。
「うん、美味しいね」
一つ口に運び、用意してくれた九条さんに向けて賛辞を告げてみた。手作りでこれだけ作れれば十分だろう。九条さんもあからさまにホッとしている。
「優しい味わいだ、私も好きだよ」
続けて桐生さんも褒めたことによって表情はにこやかになったな。後は明だけだぞ。チラリと目を向ければ、ミルクティーを口にしながら長考している。九条さんがネタバラシするのを待っているのかな。
「実は、料理研究部にお邪魔した時に教えて頂きながら作った物なんです」
と思っていたらまさに本人の口から告げられた。それで安心したのか明も一つ口に放り込んでいる。
「美味い」
簡潔に褒めたな、もっと気の利いた事言ってもいいんだぞ。あるいは料理人として何かアドバイスを言うとか。
「へぇ、九条さんの手作りだったのか。道理で美味しいと思った」
「あ、ありがとうございます……」
正直自分で言ってて白々しいかな、とも思ったが九条さんは喜んでくれてるようなのでヨシとしておこう。
「しかし撫子ちゃんの手作りクッキーだなんて同級生の男子が羨ましがるだろうね」
桐生さんのいう事も一理ある。
「そんな、全然そんなことないですよ」
そんなことないことないよ? 九条さんは桐生さんの言葉を否定するが、もし俺がクラスの男子に自慢したら普通に嫉まれるだろう。
「それに、実際に羨ましがられていたのは本田さんのクッキーです。皆さんで取り合いになっていた程ですから」
「ほう、明くんもモテモテだったりするのかな」
「なんだと」
聞き捨てならん。料理研究部は明のハーレムだったとでもいうのか。
「いや、全然そういうんじゃねぇから。手本で俺が作る所を見せながら皆に作ってもらってたから、出来た奴も味見させたら好評だったってだけで」
「私も頂きましたが、大変美味しいクッキーでしたから」
「おかげでその場で全部食われたけどな」
あっそういう……。明がモテるとかそういうのじゃなくて単純に味が評価されたって事ね。さすがに部活がハーレムとかないよな、焦る事なかったわ。
「よかったな、明の腕前が評価されたって事じゃないか」
「ま、ありがたい話ではあるな」
明が日頃どれだけ頑張っているかは俺達が一番良く知っている。その結果が他の人にも認められるというのは大変に気分が良い。クッキーも紅茶もさっきまでよりも美味い気がしてきた。
「ふふっ随分嬉しそうじゃないか」
う、桐生さんが目敏くも突っ込んできた。明らかに俺をからかうつもりの笑顔だ。
「うん、美味しいクッキーを貰えて幸せだからね」
「それに美味しい紅茶も、ね」
誤魔化せたのか誤魔化されてくれたのかはわからないけど、クッキーのおかげという事にできたのでセーフにしておこう。
「しかし部活でクッキー作り、なんて楽しげで良いねぇ」
「はい、楽しかったです」
笑顔でそう答える九条さんを眩しそうに見る桐生さんは、どこか羨ましそうにも見える。年齢で言えばそこまで差はないのに、そういう所が年上扱いされるんだぞと思うけど口に出しても良い事なんてないから言わない。
「調理実習でも部活でもいいけど、女子がお菓子を作って男子に渡す。青春って感じがするじゃないか」
「わかる」
「わからん」
何故わからんのだ。明はお菓子をもらう側じゃなくて作る側だからわからないだけじゃないのか。九条さんは明確に答えず苦笑しているな、今まさに自分がやった事だし答え難いか。
「桐生さんはそういう相手いなかったのかよ?」
明よ、何故そんな無謀な質問をするんだ。調理実習で作った時も家に持って帰ってきて俺達に全部くれたじゃないか。相手がいたらそんな事にはならなかったと簡単に予想できるのに。
「残念ながら……ね。全部家族宛さ」
「ふーん」
桐生さん、変な質問したのは明なんだから意味深な目でこっちを見ないでくれ。俺は頭の中で考えていただけで口に出していないし悪くないんだから何も言う事はないぞ。こういう時はさっさと話題を変えるに限るぜ。
「相手に気に入ってもらえるかな、とかそういうドキドキみたいなのは青春感あるよね」
「そういや九条も割りと緊張してたか?」
俺の気持ちを知ってか知らずか明も乗ってくれたおかげでスムーズにいったな。桐生さんはちょっとだけ不服そうだけど強引に話題を戻してまで追求したりはしないだろう。
「確かに、実際に口にして頂くのは緊張してしまいますね。味見もしましたし、部の皆さんに教えて頂きながらでしたので大丈夫だとは思ったのですが」
九条さんは恥ずかしそうにしながら答えてくれた。正直その気持ちはわからないでもない。自分が美味しいと思っていても相手がどう思うかなんて好み次第な所もあるからな。ましてや明の作ったものを食べているんだし、不安は募るだろう。
「これは美味いけど、別に少しくらい失敗したっていいさ。少なくとも作った本人が食べられる程度の物なら俺達はありがたく頂くよ」
「大和の言う通りだな、人間なんだから失敗する事は当然ある。よっぽど不味いとか体に悪そうでもなきゃ文句はねぇよ」
「しっかりと最低限の予防線を張っているのが二人らしいと言えばらしいけど、概ね同感だね」
「ふふ、皆さんお優しいですね」
俺と明の男らしくない部分を桐生さんにチクリと言われたがここは譲れない。作った張本人が食べられないレベルの料理は食いたくないし、腹を壊したらそれこそ食材への冒涜だ。俺が料理を作った側ならば自分でも食べられない程失敗した料理を人に食べさせなくはないしな。
「優しいってわけじゃねぇさ。俺も今でこそこんな事言ってるけど、昔は失敗したものを大和達に食ってもらってたからな」
「そんな事もあったな」
懐かしい、味付けの濃淡はもちろん焼き加減蒸し加減と言い出したら
「申し訳なさそうな悔しそうな複雑な顔をしたションボリ明くんを今でも思い出せるよ」
「それは忘れてくれよ……」
同じことを考えていたと思うけど、目をつけているところはちょっとどころではなく違ったようだ。
「本田さんでも、そんな頃があったのですね」
九条さんは意外そうな顔で明の方を見ている。当然と言えば当然なのだが、今の料理上手な明しか知らない彼女からすれば驚きだったのかも知れないな。
「あぁ、失敗した事を改善して来てるからこそ今があるんだしな」
「料理に限った話じゃなく、失敗しないようにする事も大事だけれど、失敗してしまった事をどう活かすかっていうのも大事なんだと思うよ」
うーん、ええ事言った。明の尻馬に乗った感はあるけど問題なかろう。
「大和くん、自分で良い事言ったとか思ってないかな」
「……思ってないけど、もしかしてそんな良い事言っちゃったかな?」
と思ってたら目ざといお姉さんに思いっきり突っ込まれたけど、認めるわけにはいかない。認めなければあくまでグレーゾーンだからな、しらばっくれるのみだ。
「……そういう事にしておこう」
訳知り顔 でそう言う桐生さんと呆れてこっちを見ている明。そしてやっぱりこんなじゃれ合いも楽しそうにしている九条さん。
まだどこかぎこちない部分もあるけれど、少しずつこれが当たり前の日常になっていくのだろうか。
良い事言うわ。
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