第26話 相談


「という訳なんだけど、何か良い考えないか?」


 家に帰ってから台所に行き、夕食の準備をしている明に部員を増やすためにどうするべきかを相談してみた。ただの相談じゃ悪いから俺も準備を手伝いながらだが。


「新入部員……ねぇ」


「なんだよ?」


 何が楽しいのか、明は愉快気に笑っていた。


「いや、大和がそんなに真剣になるとは思ってなかったからよ」


「そうか?」


「あぁ、そもそも幽霊部員で気楽にやれるからっつって文芸部入ったんじゃねぇか」


「まぁ……そう言えばそうだったか……」


 去年の俺は本気で部活動をやる気がなかったからな。結果としては料理部も幽霊部員を求めていたみたいだけど、当時新入生だった俺はそんなもん知らんし普通に幽霊部員でもいいという事で誘われた文芸部に入部したんだ。


「そんな真剣にやるんだったら、料理部ウチで一緒にやってくれても良かったのになんて思ったりもするわけだ」


「仮に今の俺が入部していたら……マジでやってたかもな」


「だろ? 文芸部に大和を取られたのが悲しいんだよ」


 何言ってんだこいつ。


「別に家でも一緒に料理してるだろ」


「わっかんねぇかなぁ。違うんだよなぁ、部活と家は」


「何となくわからなくもないけど……」


 妙な所で拘るな。そして大げさに肩を竦めるな、うっとうしいから。


「でも、嬉しくもあるんだぜ」


「なんだよ急に」


「やっぱ部活っておもしれぇからな。折角入部してるんだし幽霊部員じゃもったいねぇってな」


 真面目な顔して何を言うかと思ったら、小っ恥ずかしいを言うな。


「そうかよ」


「そうだよ」


 全く、こっちが照れちまう。さっさと本題に入ろう。


「それよりも新入部員獲得のための良いアイデア出してくれませんかね」


「ん、そうだなぁ」


 そう言いながら手を止めて考え込む明。調理の邪魔をする心算ではなかったんだけど、悪いことをしてしまった。まぁこういう問題に明確な解決策なんてないんだろうけど、妙案が出てきたらありがたい。


「やっぱ良いところをアピールするしかないんじゃねぇかな」


「無難だな」


「うるせぇ、こういうのは無難な事に落ち着くもんだろ」


 俺の突っ込みが気に入らなかったのか、明は拗ねたように言い返して再び手を動かし始めた。こいつの言った通りだから何も言えないんだが。でも無難なものじゃダメだから相談してるわけで。


「料理部だって楽しく料理して勧誘してんだぜ、普通が一番だろ」


「料理部は見学とか結構来てんの?」


「それなりに来てるっちゃ来てるぞ、興味ある子が友達連れて見学に来たりするし」


「いいなぁ」


 なんて羨ましい話だ、あやかりたいもんだぜ。


「何人が入部してくれるかはまだわかんねぇけどな」


「見学にすら来てもらえない文芸部ウチよりはマシだろ」


「妬むなよ」


 俺のボヤキに対してドヤ顔で返してくるのがムカつくな。だが妬ましいものは妬ましいんだ。


「そういや、九条さんはどうだった? 本人は楽しかったって言ってたけど」


「今日はクッキー作ったんだけど普通に見学の新入生と混じってたな、よく馴染んでた」


「それって同級生だと誤解されてたんじゃないだろうな」


「……楽しそうにはしてたから良いじゃねぇか」


 そう言いながらふいと目をそらしてそっぽを向きやがったんですけど。こいつ、分かったうえで放置してたんじゃないだろうな。まぁ本入部したらさすがに自己紹介とかするだろうしいいのかも知れないけど。


「本人が良いならいいけどさ」


「だろ、それが一番だって。あ、味噌はもうちょっと入れてくれ」


「わかった」


 こんな相談を受けながらでも明の料理に対する意識は変わらないようで注意されてしまった。会話しながら自分も手を動かしてるのによくそんな指摘ができるなと感心するばかりだ。こっちは会話の方に意識が集中してしまうというのに。


 言われた通り味噌を追加しておいたが一応味見をして問題がないか確認しておこう。うん、美味い。


「客観的に見たら、普通に楽しめてると思ったけどな」


「けどなんだよ」


「九条って割と何でも楽しんでる感じがしねぇか?」


「……かもな」


 それは大いにある話だ。根が素直だからなのかわからないけど、よかった探しが得意とでも言うべきか日常の些細な変化でも楽しそうにしている所はある。


「だから料理部での活動自体は楽しめたんだろうけど、あいつが入部したいと思ったかどうかはわからん」


「そっか」


 何だかんだ言っても、明もちゃんと良く見てくれてはいるんだよな。新入生だと思われていた疑惑もあくまで疑惑だが、明が口を出すまでもないと言うだけの事かもしれないし。


「つーかよ、九条は文芸部も楽しんでたんだろ?」


「あぁ」


「だったらあいつを誘ったらどうなんだ? 偏見だが文学少女っぽいし似合うと思うぞ」


「俺も似合うとは思うし九条さんを誘う事自体には文句はないんだ、でもあんま俺の意向を伝えると気を使わせそうで」


「あー、確かにそれはありそうだな」


「だろ? だからそうならない程度にそれとなく伝えるさ」


「そうだな、それがいいか」


 明に俺の考えを伝えれば、納得してくれたようでそれ以上は何も言わなかった。新入部員が欲しいと言いながらえり好みみたいな事言ってる訳だからもうちょっとつつかれるかと思ったけど、杞憂だったかな。



「ほら」


 少しばかりしんみりしていたら明が口数少なく催促してくるので皿を用意する。明が盛り付けて出来上がった物から食卓に並べていると後ろから声が聞こえてきた。


「まぁ一応、ウチの新入部員にも声だけは掛けといてやるよ」


「ありがとうな」


 さっきこいつ無難な事しか言わねぇなとか思っててごめんよ。気にしてくれていたんだな。手のひら返すぜ、親友。


 さて、何となく気恥ずかしいし二人を呼んでくるか、準備も出来たことだし。




 4人での夕食を終えると、九条さんがデザートを用意してくれていた。


「皆さんのお口に合えば幸いなのですが」


 照れているのか緊張しているのかどこかぎこちなく九条さんが取り出したのは可愛くも素朴にラッピングされたクッキーだ。明らかに手作りであるそれ、今日は料理研究部に見学に行った九条さん、その体験ではクッキーを作ったという明の話。ここまで情報が出揃っているのだ、答えは簡単だな。となると俺がするべき行動はただひとつ。


「わぁ、美味しそうなクッキーだね」


 知らんぷりだ。明には何か言いたそうな目で見られているが知った事ではない。むしろそっちこそ答えを知っているのに黙っているだろと言いたい。


「ふむ……クッキーか。私はアールグレイがいいかな」


 桐生さんに至ってはお茶請けを見て飲み物を何にするかに真剣のようだ。この人は相変わらずだな。そしてリクエストが出たので準備しよう。


「ストレート?」


「あぁストレートでお願いするよ」


「はい。二人はどうする?」


「俺はミルクティーにしてくれ」


「私もストレートをお願いできますか?」


「わかった、ちょっと待っててね」


 明は遠慮なくミルクティーにしてきたけど、やっぱり九条さんはどこか遠慮がちなんだよなぁ。基本的に誰かと同じものしか希望していない気がする。俺の手間を考えてくれているのかもしれないけど、気兼ねなくここで一人だけ緑茶やコーヒー頼んでくれていいんだけどね。

 案外明はあえてミルクティーにして九条さんの選択肢を増やしたのかも知れない。お互いに気を使いあうのは良い事だけれど、気兼ねなく接するのも同じくらい良い事だと俺は思う。

 まぁそれは追々やっていければいいか。焦る必要なんてないしな。


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