第25話 榛名屋


 俺は、できれば部長や藤岡みたいに文芸部の活動が好きだという人に入部して欲しいと思っている。幽霊部員の自分が言うのもなんだが、先輩たちだって本当はそういう人に入部して欲しいと思っていたはずだ。だからこそ文芸の素晴らしさを前面に押し出したアピールをしていたんだろうし、実際九条さんみたいなタイプには効果があったからそれ自体は間違っていなかったんだろう。


 ただ、それを見て文芸部に入りたいと思う新入生がいなければ結果がついてこないというだけで。


 だからかなのかはわからないけれども、藤岡は先輩たちとは違う方面からのアプローチでポスターを書いていた。

 多分藤岡は、入部するきっかけさえあればその後は文芸部としての活動を楽しんでもらえると考えているんだろう。彼女は本が大好きで、どんな人でも好きになれる本があるはずだと考えている節があるから。最初から文芸部の活動が好きな人が入部してくれるに越したことは無いけど、そうでなかったとしてもゆっくり好きになってもらえば言いと考えていたのかも知れない。残念ながら結果は芳しくないのだが。


 ならば、俺に出来る事はなんだろうか。



「なーんも思い浮かばない」


「そう簡単に部員増やせたらどこも困らないしね」


「そうなんだけどな」


「今日どうすんの?」


 部員を増やすためにどうしたらいいのか、教室で頭を抱えて唸っていると葵が何か抽象的な事を聞いてきた。


「どうするって」


「部室、行かなくていいの?」


「あぁ……今日はいいか。することもないし」


 進捗も無いし、部室だと藤岡も部長もいるだろうし相談しにくい。いや、本来はそこで相談するべき内容のはずなんだが。建前上部員なんか来るものを拒まず程度な部長の前でする相談ではないだろう。


「ふーん、じゃぁ帰ろっか」


「そだな」


 特に出来る事も無い以上、これ以上居残りする理由も無い。葵の言うとおりさっさと荷物を纏めて帰宅することにしよう。



 葵と二人で帰路に着いていても、頭の中では他の事を考えている。しかし一向にいいアイデアは思い浮かばない。考えが行き詰まってしまっている。


 うーむ、これは良くない流れだな。ここはちょっと気分転換しておくべきか。


「ちょっと寄り道してこうぜ」


「?」


 そうと決めたら善は急げだ。葵も誘って道草を食おう。沢山考え事もしたし甘い物でも食べようじゃないか。甘味処あまみどころに行こう。


「榛名屋であんみつ食べたい」


「お、いいねぇ。賛成賛成」


 榛名屋は今風に言うと和カフェといったところか、ちょっと古めの甘味処だ。昔からよく通っているお気に入りの店でもある。葵も乗り気だし進路を榛名屋に変更だ。



 店に着き、席に案内されたら一応メニューを見る。正直俺はもう注文するものは決まっているけど、なんとなくメニューに目を通しておきたい。対面に座る葵はどうせ真剣に悩んで決めるだろうしな。


「どうしようかなぁ……」


 ほら、楽しそうだけど真剣な目つきでメニューを見ている。


「大和はあんみつ?」


「うん」


「だよねぇ……」


 俺はここではかなりの確率であんみつだからな、葵は当然の様に聞いて来た。ここのあんみるは美味しいから仕方が無い。せっかく来たのならあんみつを食べておきたい。


「私もクリームあんみつにしようか、でもぜんざいもなぁ……」


 なるほど、今日はあんみつかぜんざいで悩んでいるらしい。俺だったらあんみつにするのだが、葵はぜんざいも食べたいらしい。


「俺がクリームあんみつにするよ」


 このまま放っておくと延々と悩み続けそうなので助け舟を出してやることにした。俺はクリーム追加しても問題ないし。


「本当? ありがとっ」


 葵は俺の言葉を聞いて嬉しそうに礼を言うと、そのまま店員さんを呼んで注文を済ませていた。うーん、切り替えが速い。



 その後は楽しみで上の空な葵と中身の無い会話をして待っていれば、注文の品が運ばれてきた。


「いっただきまーす」


「いただきます」


 目の前に甘味が置かれ、かなりご機嫌な様子の葵は浮かれっぱなしだ。ぜんざいを口に運び、美味しいと目を細めて喜んでいる。まだ俺は何も食べていないのに、その姿を見るだけで来て良かったと思えてしまうから不思議だ。


 とはいえ折角なのだから俺も頂くとしよう。


「美味しい」


 やはり榛名屋のあんみつだな、あんこが違うわ。思わず笑顔になってしまうな。


「どれどれ」


 俺が手をつけたのを確認できて解禁となったのか、葵があんみつにも手を伸ばしてくる。一応頼んだ人間より先に手をつけないだけの分別はあったらしい。


「うん、やっぱこれね」


「そりゃ良かったよ」


 葵はぜんざいもあんみつも両方とも味わう事ができてご満悦と言ったところか。


「ほら、食べていいよ」


 とぜんざいを器ごと此方に寄越してくれたので遠慮なく一口もらっておいた。


「こっちもうまいな」


「でしょ」


 俺はぜんざいを褒めたのに何故か葵がドヤ顔を決めていた。お前の功績は選んだ事くらいだぞ。


「そういえば、かの芥川龍之介もしるこが好きだったらしいな」


 だが葵ばかりに良い格好させっぱなしでいるのも悔しいので俺は文芸部っぽい事を言って格好つけておこう。


「へぇ、何か意外」


「ふふん、文芸部らしい教養に満ちているだろう」


「その一言がなかったら、感心したままだったかな」


 しまった、つい調子に乗って自己陶酔してしまった様だ。せっかくバッチリ決めたのに勿体無い事したな。


「そりゃ失敗だったな」


「ったく……」


 呆れた。と言いながらあんみつを口に運ぶ葵は、幸せそうに見えた。その後はお互いに甘味に集中する事にしたのか口数は減ったが、居心地は悪くない。


 あんみつを食べ終え、お茶を飲みながら葵の方を伺うと、彼女は残り少ないぜんざいを惜しむように味わっていた。そのまま最後の一口を食べ終え、手を合わせてお辞儀をしている。


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさま」


「相変わらず美味しかったねぇ」


「そうだな」


  俺だけではなく葵も充分に満足できたようでなによりだ。良い気分転換になったな。



 店を出て再び帰路に着き、しばらく歩いていると不意に葵が話しかけてきた。


「まさか大和が真面目に部員を集める事になるとは思わなかった」


 そりゃ意外だったことだろう。何せ本人もそう思っているんだから。


「おれ自身、こんな事するとは考えてもいなかったよ」


 あの日部長に頼まれなかったらまず間違いなくのん気に幽霊部員を続けていたはずだ。


「結構悩んでるしさ」


「まぁ、そうかもな」


「文芸ってのに目覚めちゃった?」


「それを否定するのも微妙だけど、別にそういう訳じゃないよ」


 本を読むのは好きだけど、仮に嫌いだったとしても今と同じように勧誘については行動していたと思う。


「部長に頼まれたからってそこまでマジになるとは思えないんだよなぁ」


「美人な先輩に頼まれてやる気を出すのは男子高校生として何もおかしくないだろ」


「他の男子だったらね」


 ふふ、さすがは幼馴染だな。俺が硬派で誠実な男だという事をよく理解しているらしい。


「大和が部長の事狙ってたらもっと部活に積極的に参加してるでしょ」


 あ、そっすね。


「言われるまでは動くつもりが無かったくせに、頼まれてからは積極的なのが気になったの」


「そんなに気にする事かな、頼まれたからにはやり遂げようってだけの事だろ」


「ふーん?」


 幼馴染が信じてくれない。でも別に特に深い意味はない。部長に言われたのをきっかけにちょっとやる気を出しただけだ。深い意味はないけど、思うところはあったかも知れないが。


「でも、俺が幽霊部員だからってのもあるかもな」


「は?」


「部活にめり込むのって青春って感じがするだろ?」


「…………」


 葵は呆れた目でこちらを見るだけで何も言わない。


「俺も青春って奴を謳歌しようと思ったのさ」


「桐生さんみたいな事言って……」


 あ、完全に呆れられてますわ。桐生さんみたいとか酷い事言うね。

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