第24話 ポスター


「先輩が文芸部だったなんて聞いてないんですけどぉ」


 さっきから何故か桜は俺が文芸部であることに文句を言いぶー垂れている。


「たまたま言っていなかっただけだろ、機嫌直せよ」


 幽霊部員だし、部活の話なんてする機会がなかっただけだろうな。特に深い意味はないのに、この後輩にとっては隠し事をされていたようなものなのだろうか。


「じゃぁ、今度先輩が一緒に遊んでくれたら許してあげます!」


 閃いた、と言わんばかりの表情で提案してくるのはいいけど、なぜ俺が許してもらわなければならないのか。というよりも、その表情はもう機嫌直ってるだろ。もっとも俺が要求を呑むことが前提の上での事だろうけど。

 まぁ、これで機嫌が直るのなら安いものだしいいんだが。


「わかったわかった」


 受け入れの意思表示として頭を軽く叩いてやる。こいつはこれが好きだからな。



「約束ですからね!」


 俺に向かって手を振りながら念を押して、その場を去っていく桜とその友達に手を振り返す。

 思わぬところで意識調査が出来たな、やっぱり新入生の間では堅苦しいイメージがついてしまっているらしい。望ましいことではないけれどその事実がわかったのは収穫だ。

 ただ予想外に時間をくってしまったのでココアが若干冷めてしまった。葵も待たせてしまってるし早く教室に戻らなければ。



「遅い」


 開口一番文句を言われてしまった。まぁ時間かかったししゃーない、甘んじて受け入れるしかない。


「悪い」


 素直に謝ってココアを渡す。葵はそれを受け取りプルタブを開け、一口飲んでもう一言。


ぬるい」


「すまない」


 冷めていた事でもクレームを頂いてしまったがこっちも言い訳できない。正直言われると思ってたし。


「ほら、一応出来たよ」


 怒ってはいてもやる事はしっかりやってくれる幼馴染の鑑だな。


「おぉ、サンキュー」


 葵から手渡されたそれは、紛うことなき新入部員募集のポスターであった。なんていうかいかにも手作りですって感じがしていいな、味がある。


「こんなんでいいの?」


 俺としては満足しているのだが、作者はいまいち納得がいっていないらしい。


「あぁ、十分だよ。ありがとうな」


「ならいいんだけど」


 後はこれをコピーしていくつかの掲示板に貼ればいい。これでどれほどの効果が出るかはわからないけれど、まずはやるだけやってみよう。



 まずは何枚必要なのか確認する為に掲示板を巡っていて気付いた事がある。既に先輩達が許可をもらっているという話だったから、俺達は開いている掲示板を見つけて貼るだけで良かったのだが。

 当然、既に先輩達が作成したポスターが張ってある掲示板もいくつかあった。真面目な先輩達が一生懸命作ったポスターだ、ターゲットは先輩達と同じような真面目な文芸部員候補だろう。

 今回俺達が、というか葵が作ったのはそれとは趣の違うタイプのポスターでもっとカジュアルに、所謂エンジョイ勢を狙うポスターのつもりだったのだが……。

 既に似たようなポスターは貼られていた。先輩達が作ったポスターの貼られていない掲示板に、何箇所も何箇所も。

 同じ掲示板に文芸部が何枚も貼るのは不味いから、まだ文芸部の物が貼られていない掲示板を探して歩いたが、大概の場所にはどちらかのポスターが貼られていた。


「ここにも貼ってあるな」


「大和、これ……」


「藤岡だろうな」


「……だよね」


 葵も気が付いていたのだろう、が作ったポスターを見て少し俯いていた。

 ポスターは3年生が作る手筈になっていたと聞いていたけど、藤岡もじっと待ってはいられなかったのだろうか。

 先輩方も思った以上の枚数のポスターを貼っていたが、藤岡もその穴を埋めるかのようにかなりの枚数のポスターを貼っていた。そのどちらもコピーなんかではなく全て手書きでだ。しかも微妙に中身が違ったりもしている。


「こうやって改めて見ると、皆真剣に頑張ってたんだってわかるな」


「私の作ったこれを貼るのも申し訳ないのに、コピーとか絶対嫌になったんだけど」


「そうだな、折角皆手書きで頑張ったのに今からコピーでってのは違うと思う」


 部長に頼まれた時に部員が欲しいのはバレたくないとか言っていたから、碌な活動はしていないとばかり思っていたのに、先輩たちがここまで頑張っていたとはな。部長以外に何人の先輩が関わっているのか知らないけど。

 ただこれ、周囲の人間にはバレていなくても手伝った人や藤岡にはバレバレなのではないだろうか。こうして掲示板を巡った俺達が気付いているのだから、隙間を埋める様にポスターを張り巡らせている藤岡が先輩たちのポスターに対して何も気付かないとは考えにくい。一緒にポスターを作った人がいるのならば言わずもがなではなかろうか。

 それとも俺には部長が部員を欲しがっているという答えありきだからそう見えるだけなのか。


 どちらにせよ、考えを改めなければいけないな。先輩たちの勘違いされやすい勧誘だけではなく、それをフォローするように藤岡も勧誘していたのか。

 その上で見学に人が来ないって結構不味い状況だよな……。


「どうすんの?」


 葵が不安そうに尋ねてきた。俺の心中を察したのか葵自身も不安に思ったのかは知らないけど。


「作戦の練り直しだな」


 遺憾ではあるが、現状どうしようもないからな。葵にはポスターを書いてもらっておいて申し訳もないが、俺の見通しが甘かったと言わざるを得ない。



 とりあえず教室に戻り、椅子に座って葵と二人で話し合う。


「てっきり、部活動紹介やパンフ、ポスターなんかのイメージで敬遠されてるだけかと思ったんだけどなぁ」


「それだけって訳でもなかったっぽいね」


「あぁ、少なくとも藤岡のポスターはそんな印象じゃないしな」


「ポスターなんか見ない子も多いと思うけど」


 葵は嫌な現実を突きつけてくるな。でも確かに上級生がどれだけ頑張ったかなんて関係なく、興味ないポスターなんて新入生は見向きもしないだろう。実際俺達が新入生だった時にも気にも留めなかったポスターもあった事だろう。


「そういう奴は紹介の時とかのイメージで固まっちまうだろうけどさ」


「けど?」


「友達と入部する部活の相談をしたりする時に話題になれば、ポスターを見た人がその話をしてくれて、見てない人にもある程度の効果は出るかも知れないだろ?」


「あぁ、そう言う事もあるかもね」


 新入生同士で文芸部の話題になった時に、誰かが堅苦しそうじゃないか、とネガティヴな印象を持っていたとしてもポスターを見てポジティヴな印象をもった人がその旨を発言してくれれば印象が変わることもあるだろう。


「それに、興味ある部活のポスターなら探してでも見るって人もいるだろう」


「それもそうかな……」


 そう、文芸部に興味があるなら部活に見学する前にポスターを確認するって生徒がいても不思議ではない。その時に先輩たちのポスターを見て素人お断り感を感じ取ってしまっても、藤岡のポスターを見れば初心者歓迎なのも理解できるんじゃないかと思う。その2種類のポスターで文芸部の真意を理解できなくなるパターンはあるかもしれないけど……そういう時こそ見学しに来て欲しいというのは贅沢なのだろうか。


「単純に文芸部に入りたいって思う人がいなかったって事は……?」


 あえてその可能性を考えないようにしていたのに、厳しい現実を突きつけてくるね。いや、現実逃避しても意味がないのだから考えなくちゃいけないって事はわかっているんだけど。


「無いとは断言できないよ、文芸部で有名って訳でもないし去年も人気無かったわけだしな」


 そもそも、卒業してしまった先輩たちですら幽霊部員を歓迎していたのだから少なくともここ数年は基本的に部員は少なかったのだろう。


 そんな状況であれば、新入部員が一人もいない事だってありえないとはいえない。そしてその場合、文芸部に入りたい人を探すのではなく文芸部に入りたくなるように意識を変化させなければいけないのだが。


 ただの幽霊部員に課されるにしては荷が重過ぎないだろうか?

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