第23話 勧誘作戦


 先輩と別れた後、俺は一人で家路を辿りながら先輩に頼まれた内容をどうするか考えていた。


 今日の見学っぷりを見れば、九条さんには是非とも入部して欲しいけど、できれば九条さんには自分の意志で入部を決めてほしい。となると先輩に頼まれたという事は言う訳にはいかない。

 優しい彼女の事だ、知れば気を使って入部をしてくれるだろう。だがそれでは意味がないし、九条さんの為にもならないからな。

 つまり、九条さんにバレない程度に新入部員を勧誘していかなければいけないという訳だ。中々高難易度なミッションじゃないか?

 まぁ、彼女がどこでもいいから入部する部活を決めたのなら、表立って行動してもいいのだが。


 そんな事を考えながら歩いていれば、前方に葵と九条さんの後姿が見えてきた。さっきまで先輩と話しながら帰ってたけど、思ったよりも早く追いついたな。


 声をかけて合流してみれば、二人は明日の部活見学について話していたらしい。


「へぇ、じゃぁ明日は料理部を見に行くんだ」


「はい、その予定です」


 なるほど、料理部は明がいるし俺達がついていく心配はないだろう。


「料理部かぁ、女の子って感じするわ」


 葵が何か言っているが一応君も女の子なんだけどな。


「楽しいと良いね」


「はいっ」


 楽しみにしているんだろうな、というのがよくわかる微笑みで彼女は頷いていた。


「ちなみに、文芸部はどうだった?」


 折角だからな、本人に聞いておこう。正直聞かなくてもある程度の答えは出ているような気がするけど、本人の口から聞くのとそうでないのでは違うからな。


「とても楽しかったです!」


 おぉ、思ったよりも勢い良く答えてくれた。


「そっか、それは良かった」


「撫子、楽しそうだったもんね」


 葵も微笑ましそうに九条さんを見ている。保護者か。


「えへへ、お二人とも話が弾んでしまいました」


 俺達の目線に気付いたのか、九条さんは少しだけ恥ずかしそうにしながら語っていた。


「恥ずかしがる事なんてないよ、気の合う友人と話して楽しい、当然の事だ」


「そうそう、そういう人に出会えたことを喜んでおけばいいの」


「ふふ、そうですね。お二人の仰る通りです。喜ばしい出会いでした」


「それに、あぁいう撫子も可愛いなって思ってたから」


「葵さん、からかわないでくださいっ」


「あはは、ごめんごめん」


 うん、やっぱり九条さんも楽しんでくれていたらしい。なら文芸部の魅力は十分伝わっているという事だし、他の部も見学してからの判断になるだろう。


 となれば、やっぱり新入生をどうやって勧誘するかって問題だな。よく考えてみるか。




 翌日の放課後、九条さんは明と共に料理部へと向かっていった。藤岡も部活へ行った。つまり教室に残っているのは俺を含めて特に目的のない奴等だけだ。


「という訳で、文芸部の部員募集のポスター書いてくれ」


 葵にあらましを伝え、協力を要請する。


「手伝うのは良いけど、先輩たちの方が絶対上手いよ」


「先輩方はハイセンス過ぎるからダメ」


 どんなにセンスが良くても新入生たちがついてこれないなら意味がない。それに先輩たちはもう既にポスター張ってるわけだし。そこでそれなりに絵が上手い葵に新しいポスターを作ってもらおうという作戦だ。


「で、どんなのを書けばいいの」


「昨日の文芸部の活動を元に、楽しいよ、おいで! みたいな感じで」


「どんな感じなの……」


「そこは葵のセンスで何とか上手い事頼むわ」


「無茶ぶりにもほどがある」


 うん、自分でもそう思う。でも俺そういうセンスないから任すわ。


「飲み物買ってきますよ、何がいいですか」


 なのでせめて媚を売ろう。パシって来ますよ。


「ん、じゃぁココア」


「わっかりやした!」


 あえて下っ端っぽさ全開で返事したら鬱陶し気な目で見つめられてしまった。せめて何か言ってくれ、悪口でもいいから。居た堪れないのでさっさと行こう。



 自動販売機の元まで行き、早速ココアを購入する。さて、自分の分はどうしようかなと考えていると後ろから声を掛けられた。


「先輩っ!」


「おっと」


 そう言って後ろから回り込んで顔をひょっこりと出してきたのは桜だった。


「なんだ、桜か」


「あー、なんだってなんですかぁ」


「滅茶苦茶可愛い子がいる、って思ったら桜だったから」


「んふふーじゃぁ仕方ないですねぇ」


 ふぅ、危なかった。咄嗟に溢してしまった俺の言葉に不満げな顔をされてしまったが、その後のフォローでむしろ機嫌が良くなったな。ナイス俺。


 そしてよくよく見れば桜は一人ではなく、何人かの女子と一緒に居た様だ。この子達からしてみれば俺は知らない男の先輩な訳で気まずいだろうな。入学したてでまだ新生活に慣れてもいないんだし。そんな状態で俺にちょっかいかけてくる桜も桜だが。


「ごめんね、月夜野とは中学が一緒でね。俺は2年の高崎」


「先輩とかあんまり意識しないで気軽に話しかけてね」


 俺が空気を和ませようと自己紹介したら桜がちょっと茶化して来たけど、受けた様だから寛大な心で見逃してやろう。スベってたら許さなかったぞ。その後桜のお友達の皆も簡単に自己紹介をしてくれた。


「あ、私は1年生の月夜野桜ですぅ。人見知りな所があるんですけどぉ、寂しがりやでもあるのでぇよかったら仲良くして欲しいですぅ」


 何故か最後に桜まで頭の悪そうな声で頭の悪い自己紹介もしていたが特に何も言わないでおこう。


「今のである程度わかると思うけど、こいつバカだけど仲良くしてやってね」


「ちょっ、バカってなんですか!」


「今の自己紹介はバカだろ」


「え、可愛くありませんでした?」


 こいつはさっきのを可愛いと思ってやっていたのか……。


「普段のお前の方がずっと可愛いぞ」


「…………そっすか」


 おや、折角人が褒めてやったのに随分淡白な反応じゃないか。お気に召さなかったかな。


「わかったと思うけど、この先輩もアホだから」


「てめっ」


 さっきの意趣返しのつもりか。初めて会ったときにそんな印象を植え付けたら本当にアホだと思われてしまうだろうが。


「ったく、仕方ない奴だ」


「えっへへー」


 俺が呆れて軽くため息を吐いても、何故か嬉しそうにしているし。


「あ、そうだ。桜」


「何ですか?」


 折角ここに1年生がいるんだし、文芸部について聞いてみるしかないじゃないか。


「部活動紹介は見たよな」


「もちろん」


「文芸部ってどうだった?」


「文芸部……どうだったっけ?」


 桜は覚えてすらいなかったのか、友達に確認していた。


「なんか真面目そうでしたよ」


「お堅そうでウチ等絶対無理って感じ」


「っていうか入部させてもらえなそう」


「あー、そういえばそうだったそうだった」


「そ、そうか……」


 後輩たちは無慈悲にも現実を突きつけてきた。いや彼女達は悪気は一切ないんだろう、思ったことをそのまま言っているだけだ。桜に至ってはその流れで思い出すのかよ、と突っ込みたくなるほどだ。しかしそんなイメージなのか……。思ったよりひどいなこれ。良いイメージな筈なのに、新入部員獲得という意味では悪影響しかないんじゃないのか。


「でも何で文芸部何か気にしてるんですか?」


 桜は不思議そうに聞いてきた。


「俺、文芸部だぞ」


「えっ」


 俺は簡潔に理由を説明してやったのだが、桜を含め後輩たちは意外そうにしている。桜なんか変な声が出てたし。


「聞いてませんよ、先輩って帰宅部じゃなかったんですか!?」


「言ってなかったっけ? 文芸部だよ」


 何を怒っているのか知らないが俺が文芸部だったことに桜が文句を言ってくる。そして他の子達は微妙に批判するような事言っちゃったから気まずいのかな。


「でさ、パンフ見たらやたらと堅苦しそうに見えたから部活動紹介でもそうだったのかなと思って聞いてみただけなんだ」


 今度は目の前に文芸部員がいるとわかったからなのか、先ほどよりはオブラートに包まれてはいたがそれでも結局堅苦しそうだとか、そういうイメージであるとの事だった。


 うーん、これは難儀するかも知れんね。

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