最終話 沙織の日記 

『2006年3月5日

 日記を書くことに決めた。不思議な旅をして自分の運命を知ったから。』


『2006年3月9日

 卒業式。髪型がなんか変とみんなに言われた。光輔くんも微妙な反応。未来の光輔くんは可愛いって言ってくれたのに!


『2006年5月23日

 一人暮らしを始めた光輔くんの部屋で肉じゃがを作る。光輔くん、わたしの料理を全部食べて、寝込む。うーん、練習したんだけどな。やっぱり早々簡単には歴史は変わらないってことね。安心したけど、ちょっとムカつく。」



 ……それは沙織の手によって、一日に一言か二言、短い文章が綴られた日記だった。


 ほぼ、毎日四年近くに渡って沙織はこの日記をつけていたのだ。

 この世界の沙織も未来の世界に行っていたという証拠だった。

 僕は何も知らなかった。沙織がそんな秘密を隠していたなんて。この世界の沙織も自分の未来を知ってて、世界を崩壊させないように自ら事故に遭ったというのか。

 パラパラとページをめくっていく。

 僕との楽しかった記憶、喧嘩した記憶。愚痴や惚気。死へ向かうことへの恐怖や、葛藤、そして決意。

 家族に対する思い。こと雫ちゃんに関しての記載も多い。

 一年、二年と日記は続いていく。食い入るように読んだ。時間を忘れて。文字を追った。


 そして、ついにその日がやってきた。


『2009年6月19日

 今日でこの日記も最後だけど、さっきは焦ったよ。明日、わたしは光輔くんと待ち合わせをしなきゃいけないんだ。光輔くんは遅刻してきて、それでわたしが……ってのが歴史なんだけど。危うくお泊まりするところだった。明日どうせ出かけるんだから泊まっていけばいいじゃん。という光輔くんを置いて実家に帰るのは辛かったなー。

 最後くらい、かっこいい格好の光輔くんを見たかったけど、部屋着のよれたTシャツ姿でちょっと残念。……いや結構残念。まあ光輔くんらしいから、いいか。もう会うことはないんだね。不思議な感じ。

 死んだらどうなるのかな。天国とかあるのかな。……ってこんな湿っぽいのはやめよ。

 そんなこと考えても仕方ないもんね。

 この日記も鍵をかけておけば、あの日、光輔くんに渡した鍵で未来の光輔くんがこの日記を開いてくれるまで、誰にも見られることはない……はず。無理やり壊されて見られちゃったら、どうしよ。なんてね。

 家でちょっと泣いちゃった。でも、ちゃんとやり切らないと。

 光輔くんがこの日記を見てくれてると信じて、ちょっと光輔くんにあてて、書きます。(見てくれてなかったら笑っちゃうね)


 光輔くん。わたしはあなたと付き合えて幸せでした。

 未来も見ちゃったし、大人になった雫の気持ちも知っちゃったからね(光輔くんはこの日記を読んでる時は雫から何か打ち明けられたかな? もし何も打ち明けられてなかったら、ここは忘れて!)

 人はいつか死んじゃうけど、余命がわかったほうが生き生きするってタイプもいるんだって。本で読んだよ。わたしもそうだったな。終わりがあるってわかってるのは悪いことじゃないかもね。

 もちろん、明日は怖いけど。でも、好きな音楽を聴いて、光輔くんとの思い出を写真で見ながら最後の時を迎えようと思うよ。

 えっと、ごめん。なんだか……。情緒が。うん、

 これで、お別れなんて寂しいけど。

 でも、光輔くんは大丈夫だから。十年くらい辛い時期を過ごしてるって聞いてるから、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、きっと光輔くんなら大丈夫だから。だから、いつまでもメソメソしてんなよっ!怒るぞー!


 そんで、できれば雫の気持ちに応えてあげて。知らん女に光輔くんを取られるくらいなら、雫の方がいいから、なんちゃって(笑うとこだぞ)

 じゃあそんな感じで、お別れだ。

 空の上から見守ってるよ(化けて出たりはしないからね笑)


 あーあ。かっこよくクールに終わりにしようとしたのに、駄文長文になっちゃったよ。

 このくらいにします。お母さんとお父さんとも最後に話したいし。


 じゃあ、ひとまず、10年後に高校生のわたしと会う日まで、さらば!』



 読み終えて、僕は泣きながら笑っていた。

 最後まで、沙織は僕のことを考えてくれていた。それが嬉しくて悲しかった。


 この世界の沙織も自分の未来を知っていた。それでも、そんなことおくびにも出さず、世界の崩壊を阻止するために死んだんだ。

 僕以外に知る人もない。誰からも称賛されずに、でも、彼女はこの世界を救ったんだ。


 日記を閉じて、カーテンを開けて外を見る。

 雨が降っている。

 梅雨はまだ開けない。

 空に星は見えない。

 暗い世界が目の前に広がっている。


 けれど、僕は前を向いて歩いていかなきゃいけないんだ。沙織は僕にそれを望んだ。

 彼女を救えなかった僕はそれでも彼女のためにできることがあるとするなら、

 生きるってことだ。

 そして、彼女のことを忘れないってことだ。


 唇を噛んで涙を堪える。

 僕は生きていく。

 これからも。

 僕のためじゃなく、大好きだった沙織が望んだことだから。


 雨が降る灰色の街に紫陽花が咲いていた。





 

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