Love will tear us apart
アイリーンの部屋の前に余所行きの恰好をしたシルビアが立っている。
「旦那様のことは…とても残念でした」
ベッドに座ったアイリーンは床の一点を見つめたまま、返答はしなかった。
「…お別れを言いに来ました……」
主人の死を知らせたのと、同じ口でシルビアは別れを切り出した。シルビアはベッドの上のアイリーンに歩み寄り封筒を手渡した。
「…これはなに?」
「私の生家への嘆願状です。私は余り出来の良くない娘でしたが…アイリーン様のことをお願いするようしたためました」
シルビアは涙を湛えながら言った。
「これから私は王城へ出向かなければなりません…そしてきっと旦那様と同じく生きては帰れないでしょう…アイリーン様は追手が付く前に逃げてください」
シルビアがそういうとアイリーンの深い翠色の瞳が揺れる。
何を考えているのか、計ることは難しかった。
重苦しい沈黙が流れた。
「…気づまり?」
「は?」
「私といるの」
「それは…どういう…」
シルビアの眼前に剣が突如として現れた。
シルビアは息を呑む。
『剣という存在そのもの』を司る、至高の剣技すら遠く及ばぬ所業。
この小さい少女の憤りを一つ買うだけで、自分は命を差し出さねばならない。
そのことが死の予感と共に感じられた。
「お、おじょう……!……様……!」
眼前のアイリーンは静かに泣いていた。
「分かってる……私だってもう子供じゃない……シルビアが私を見捨てるんじゃないって……アイルを殺したのも……私を怖がってる大人たちがそうしたんだって…分かってるよ…」
アイリーンはベッドから降りると部屋の外に足を向けた。まるで散歩にでも行くかのような気軽さで。
「アイリーン様、どこへ!?」
「止めるつもり?」
少女の冷たい一瞥。それが凶刃の如く迫った。
それだけで一切の空気が吸えなくなった。
それでもシルビアは何とか途切れ途切れに喘ぐように言った。
「お嬢様…!!…あなたのお気持ちは分かります…しかし復讐は破滅以外何も生みません……旦那様は……そう思ったからこそ………王の命に背いてまで……!」
シルビアにとって、それは命がけの言葉だった。
想いが伝わったのか、アイリーンの顔から険が抜けた。
「…王城には私一人で行くね。『あいつら』は、私が目当てなんでしょう?」
アイリーンが自身の右手の上に左手を翳すと、一吹きの風と一握りの光と共に一振りの剣が現れた。
アイリーンはこともなげにそれをシルビアに手渡す。
「シルビア。どんな時もこの剣を手放さないで…これはあなたを守るものだから」
シルビアはそれを畏怖と共に受け取る。神々しいまでの意匠が聖方陣と共に、芸術的なまでの高度さで施されたそれをシルビアは茫然と見つめた。
紛れもない、当代で最高峰の聖剣。
アイリーンが自らの身を案じ守護するために作り上げた一振りの剣を抱き締め、シルビアは泣き崩れた。
「お嬢様…!!旦那様とお嬢様と三人で過ごしたこの数年は……私にとって紛れもない宝でございました………!!」
「私もだよ……シルビアは善い人だ」
アイリーンは笑う。ただのいとけない少女のように。
「…善い人は…みんな同じようなことを言うんだね…アイルもそうだった…」
アイリーンの足音がシルビアの横を通り過ぎる。
「私も…そんな当たり前を当たり前と思って生きたかった」
最後の言葉と共に、部屋の扉は音もなく閉じられた。
シルビアはアイリーンがこれから歩む修羅に思いを馳せ、涙を流しながらせめてと祈り願った。
どうかあの子の魂に救いを。
神の一撫での
ひたすらに願った。
自らの無力さを責めながら。
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