アイルのため息
(三か月後)
「旦那様、ご覧ください」
シルビアは嬉しそうに娘の両肩に手を置いた。
おそらく着飾ったその感想を求められているのだろう。
娘の目の中に感情はなくされるがままにされている様はまるで人形のようだった。
「…すまないが今仕事に追われていてね、少し後にしてくれないか」
「そうはいっても、旦那様。お嬢様とのお時間はあるものではなく作るものです」
「だからといって、今でなければという訳では…」
アイルは親から家業の商いを継いだ新進の商人だ。とはいえそれも父親の急な逝去で決まった話。どうにかこうにか日々食い繋いでいるという有り様だった。
召使い達にも大分暇を出した。幼い頃から家族同然に過ごした彼らの大半を追い出したのは、アイルにとっても苦渋の決断だった。
今では召使いは若くよく働くシルビアの一人だけとなってしまった。
「お茶もお持ちしました。半刻ほどしたらお迎えに上がります」
シルビアはそういうとさっさと去っていってしまった。
シルビアは孤児とはいえそれなりに見栄えのする少女の世話を焼けることが嬉しいのだろう。ここ最近は随分と張り切っているようだ。
多忙なアイルにとっては有難迷惑でしかないが…。
アイルはため息をつきながら、この何も話さない、何を見つめているのかも分からない娘のことを思い起こした。
国境近くにひどく汚れた恰好をした幼い娘がいた。
数日前に国境近隣のいくつかの村で煙が上がるのが見えた。血と死と暴力の香りは魔物達を呼び寄せる。大人でも一人で山を越えるのは自殺に等しい行為だった。
そのような場所に小さな娘がいることの異常さは際立ったが、おそらくは焼き落された村の孤児。その時は人としての情が
娘の世話は孤児院に送り出すまでと考えていたが、いくつか知り合いに手紙を出したところこの乱世ではどこも
人身売買、児童労働。政府からの配給や出資も絶たれ、困窮した機関がどういった道を辿るのか、それほど想像には難くない。
娘の名前だけは辛うじて分かった。
アイリーンという名らしい。
シルビアの配慮で今は小綺麗な恰好をさせられているが、虚空を見上げる心ここにあらずの様はどこか不気味ですらあった。
…成り行きとはいえ、重たい荷物を背負ったものだ。
アイルは手つかずのティーカップに手を伸ばすと、我知らずため息をついた。
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