あわい

 心の臓が灼け付くような悪夢からアイリーンが目を覚ますと、そこは一切の暗闇の暁。


 年老いた胎児の墓標。豊かなる虚無。永久とこしえの死。


 それら一切の矛盾であり、一切の調和なき場所。


 そこにいた、貞操帯を付け十字架に張り付けられた天使がアイリーンに微笑みかける。


「いとけない娘よ なにゆえに私を呼ぶのだ


 かつてないほどのおそろしい苦悶と渇望の声が聞こえた


 私はかように罰を受けている最中ゆえ お前の望みを満たすことあたわぬが


 永遠なる谷底からおびただしい火焔が噴き出してくる


 お前を襲うのは愛か憎しみか


 ああ その苦痛と恍惚が交互に絡みついてくるのだ」


 天使とは次元を超越している存在であるが故に、言語を介さずに思念を通じ合う。


 故にアイリーンは目の前にいる存在が天使であるということが理解できた。


 天使は妖しくアイリーンに笑いかけた。


「神々は腐肉ふにくを喰らい


 聖女の胎盤に混血の天使たちが精液を流し込む


 ゴルゴタの丘で 処女神ヴィーナスは花開き 


 ロンギヌスの荒涼こうりょうたる鋼の表象ひょうしょうを強奪する


 お前の字名あざなは冒涜 冒涜だよ アイリーン」


 天使は身悶える。


 身体を捩る度にきいきいと十字架と金属製の拘束具が擦れる不快な音がする。


 アイリーンは眼前の天使の得体の知れない不気味さに震えていた。


「あなたは…なに…?」


「栓無きことを申すな 冒涜のアイリーン


 生きなさい 行きなさい


 お前に不死たる聖なる病を授けよう


 狂うとは舞うことだ


 かの濁った混沌の渡世に 


 一体それ以外の何があるというのだろう?」


 天使の囁くような声がアイリーンの耳元で掻き鳴らされた。














『あの丘で『冒涜のアイリーン』は『神』と入れ替わるのだ』


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