天国と地獄の初夜
家族一同が顔を合わせて越せる冬。
ささやかな家族の情景がそこにはあった。
木枯らしが吹きすさぶ厳冬でもテーブルには越冬のために焼いたアップルパイ。
干し肉と根菜の入ったスープ。器に盛られたドライフルーツや木の実。
幼いアイリーンにとっては充分すぎるほどのご馳走の数々だった。
何よりもアイリーンは皆で暖炉を囲んで過ごせるこの時間がとても好きだった。
その夜、兄の気まぐれでエールを飲まされたアイリーンは地下の倉庫で居眠りをしていた。酒の当てを倉庫から持ってくるように言われ、そのまま寝てしまったのだ。
頬に雫が落ちてきてアイリーンは目を覚ました。寝ぼけ眼で薄暗い周囲を見渡す。
頭上からはまた雫が一つ二つと落ちてきていた。
それと共に賑やかな歌声が聞こえてくる。
アイリーンは家族の皆が起こしに来ないことを不思議に思いながら頭上の扉を開けようと手を伸ばした。
不意に違和感を覚えて手を止めた。
本能に近い何かがそれを拒否した。
何故だろうか。何に対してだろうか。
聞いたことのない野卑な笑い声に?聞き覚えのない歌に?
それとも歌の合間に差し込まれる叫びに?
『男は処女の様に喚き 女は娼婦の様に叫べ』
聞いたことのないような叫び声。絶望にうめく声。
『五臓六腑のいくつが足りない? それなら豚から借りてこい』
そしてそれらを嗤ういくつもの声。
『神よ彼らを許し給え 尽く姦通された彼らを』
その夜、村の人間は全員殺された。
両親。二人の兄。爺様と婆様。近所の親友たちや大人たち、そのすべてが一夜にして。
アイリーンはその惨殺の現場の地下で震えながら、これは夢であると自らに何度も言い聞かせた。
頭の中心が冷えて、震えが止まらなかった。
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