第27話 悪役令嬢、転生する
どうも、初めまして。
わたくしはアンリミリア・ステヴァーと申します。
十六歳となり、ついに『風蒼国』の王立貴族学園に入学……乙女ゲーム『風鳴る大地』が始まりますわ。
乙女ゲームとは?
ええ、そうお思いの方も多いでしょう。
乙女ゲームとは、わたくしの前世の世界で女性がときめきを求めて遊ぶためのものです。
そう、わたくしには前世の記憶があるのですわ!
不思議な事もあるのですが、前世のわたくし……なかなか凄惨な死に方を致しました。
面識のない男性にストーカーされ、殺害されたらしいのです。
らしい、というのは……あまりにも凄惨な殺害なされ方だったので、記憶は消した、との事です……。
なんとなく、それはありがたいと感じました。
まあ、しかし「誰に?」となりますわよね?
その方は転生女神クリフォトルと名乗りました。
なんでも、惨たらしい死に方をした女性救済を
娘さんがとてもドジっ子なのでよくうっかり人を殺してしまうとか呟いていた気もしますが、それは聞かなかった事に致しましょう。
古の三大女神の翼の羽根から生まれたその女神クリフォトル様は、わたくしを条件つきで乙女ゲーム『風鳴る大地』の世界に転生させてくださったのです。
さて、ではその条件とは?
『愛よ! わたくしたち女神は愛の力で力を増すのです! そう! 愛し合うのです!』
…………色々省略しますが、そういう事のようでした。
転生女神クリフォトル様は、愛の力を欲しておられるそうなのですわ。
なので、他にも酷い死に方をした女性をバンッバン! この世界に転生させ、愛の力で満ち満ちさせたいそうです。
まあ、悪い事ではありませんわよね? 多分。
幸い『風鳴る大地』は続編含めてやり込んでおります。
イベントをやりすごせば、わたくしは破滅する事はありません。
なんとなくそんな話もされましたし、女神様曰く『あなたが運命を変えれば、他の娘たちの運命も変わると思うのです。多分』とおっしゃっていたので利害は一致しているようでした。
多分、がかなり強調されていたのが気になりますが、大丈夫だと思います。多分。
それに、わたくしがこの記憶を取り戻したのは──五歳の時。
攻略対象の一人、アストルと婚約が決まった日でした。
…………アンリミリア・ステヴァー……わたくしが転生したその娘は、乙女ゲーム『風鳴る大地』の悪役令嬢だったのです。
「アンリ」
「!」
ハッと顔を上げる。
声の主の顔も声もとても、近い。
それもそのはず、わたくしはいつの間にか眠ってしまっていたのです。
それも、婚約者にして攻略対象、アストル王太子殿下の肩に頭を乗せて!
「も、ももももももも申し訳ございません!」
「構わないよ。そろそろ学園に着くとはいえ、まだ到着してないんだから立つんじゃない。危ないだろう」
「ひゃっ」
腰を抱かれて座り直されます。
優しい眼差しは本来、ヒロインに向けられるもののはず!
けれど、五歳の頃に記憶を取り戻し、その情報を基にわたくしは王太子の婚約者に相応しくあるよう努力を重ねてきたのです。
父や母、使用人たちにどんなに甘やかされても、それに甘える事なく……将来王太子妃となっても恥ずかしくないように……。
そして、ゲームシナリオ通り破滅して追放されても、隣国でやっていけるように!
まあ、転生女神クリフォトル様の口ぶりだと、わたくしの努力次第でそのような破滅や追放エンディングは、楽勝で避けられるような感じだったけれど……。
でも、でも……!
「あ……アストル、ち、近いです……!」
「唇によだれがついてるぞ」
「!?」
腰を抱かれているのだ、顔も当然……とても近い。
しかし、馬車の中でうたた寝していたわたくしは、どうやらよだれまでも垂らしていたらしく……アストル様はそれを窓の外から見えぬように隠しているのだと言いたいようです。
うたた寝して王太子の肩に寄りかかっていたのも令嬢としてあるまじき事!
さらによだれまで垂らしていたとしたら、とんでもない失態ですわ!
「う、うそ!」
「本当。まあ、とても可愛かったから役得だったがな」
「か、からかわないでください! アストルの意地悪!」
にやにやと笑う乙女ゲームのキャラクター。
笑いながらもハンカチでわたくしの口元を拭いてくださる。
つ、つまりほんとによだれを……?
い、いやああああぁっ!
「恥ずかしがらなくてもいい。そうして無防備な姿を見せてもらえるのは、私としてはとても光栄な事だ。男としては、少し複雑だが……」
「っぅ……」
でも、この世界で彼はキャラクターであると同時に生きた人間でもある。
前世ではまともな恋をする事もなく死んだわたくし。
今は婚約者であるこの方と……恋をしている。
「おお、アンリ! と、殿下も一緒か」
「おはよう、二人とも」
「おはようございます、マクシミリアン様、レインお兄様」
学園に着くと、手を挙げてくれる二人の令息。
騎士見習いの伯爵令息マクシミリアンと、従兄弟のレインお兄様。
二人とも攻略対象です。
マクシミリアンはわたくしの幼馴染み。
レインお兄様は、叔父と叔母が散財した挙句自滅。
ステヴァー家で引き取り、同居しております。
ゲームの中のアンリミリアは両親や使用人たちに甘やかされて我が儘放題好き放題。
幼馴染みで、わたくしが馬から落ちた事の責任を感じるマクシミリアン。
借金を立て替えた我が家に恩があるレイン。
どちらもゲーム内ではアンリミリアに、下僕のような扱いをされていました。
しかしその知識があるわたくしはそんな事は致しません。
マクシミリアンの事はその場で許しているし、なんなら乗馬を教わって遠乗りにつき合ってもらうようになりました。
レインお兄様には前世の知識で商売を始めてもらい、立て替えた分をきっちりお父様に返してもらっています。
レインお兄様に至っては、今や我がステヴァー家と共同でその商売の幅を広げているくらいですのよ。
おかげでお兄様はステヴァーの養子に入らないか、と父に打診を受け、喜んで受諾。
つまり本当にわたくしのお兄様になってくれた、という事。
ゲームの中ではあんなに嫌われていたのに、二人とも笑顔で出迎えてくれます。嬉しい……!
「おおー、アンリ! 制服姿もかわいいな!」
「あ、ありがとう」
「おい、マクシミリアン! 人の婚約者を堂々と褒めるな!」
「なんでですかー! 褒めるくらい、普通でしょう!」
「妬けるから許せん!」
「えー!」
アストル……なんて心が狭い!
でも、制服姿を褒められるのは嬉しいですわ。
『風鳴る大地』は和、洋を混ぜ合わせた不思議な世界観が人気の理由の一つ。
政府形態は近代ヨーロッパ風なのにも関わらず、建物や登場人物の装いは和風をアレンジしたものなのです。
制服姿も前世の現代日本のものに近いでしょう。
上着の袖が着物っぽく振袖になっているくらいかしら?
ドレスも和風の可愛さと洋風の可愛さを兼ね備えていて、なんかこう、無敵なのですわ!
「さあ、三人とも先に入学式だろう? 入学式は聖堂で行われるから、案内するよ」
「お願い致します、お兄様」
いよいよ学園生活が始まるのですね。
乙女ゲーム『風鳴る大地』の舞台……わたくし、アンリミリア・ステヴァーが悪役令嬢になり、追放、もしくは死んでしまう……。
いいえ、そうならないように努力してきたのです。
わたくしはそんな未来には負けません!
「わー! ここが貴族の通う学園なのねー!」
「!」
お兄様に案内され、渡り廊下を歩いていると……驚きの棒読み……失礼、台詞が聞こえてきました。
渡り廊下のど真ん中をくるくる回転して占拠しているあの方は──!
「なんだあれ、田舎から出てきたのか?」
「邪魔ですね」
「そうだな、はしゃぎ過ぎだな」
「!?」
え、ええー!?
皆さんゲームでは渡り廊下ではしゃぐヒロインに見惚れておられたではありませんかー!?
「え、えっと……」
は、反応が思っていたのと違います!
でも、間違いなくあのあからさまには回転し続けるのは『風鳴る大地』のヒロイン……ルナリーゼ・フォトン! ですわ!
ゲームと違って渡り廊下のど真ん中で何回も回っています。
ゲームでは渡り廊下を踊りながら、左右のお庭のお花を鑑賞しているイメージでしたが……実際はこんなにも明らかに攻略対象たちの目の前に現れていたのですね!
ルナリーゼの可憐な姿に攻略対象のアストルとマクシミリアン、レインお兄様は一瞬で見惚れてしまう。
そして、代表してアストルが「入学式に間に合わなくなるぞ」と声をかける。
「?」
あら?
今更だけどわたくし、ヒロインと攻略対象との出会いの時、一緒にはいなかったような……?
「…………ぐっ!」
そして回転し続けた事でさすがに目が回ったのか柱に寄りかかりました!
ですよね!
そんなに回ってたら目が回りますよね!
なにしてるんですか!
「行こう」
「ええ、行きましょう」
「そうだな! 今のうちに行こう!」
「え、ええっ!? み、皆様、あの方にお声がけしませんの!?」
「する必要がなかろう?」
え、えええー!?
攻略対象たち、ヒロインをスルー!?
「…………、……大丈夫ですか? お加減は?」
そんな事出来ないですわ。
いくらわたくしを破滅に導くヒロインとはいえ、具合を悪くしている人を無視なんて……。
ハンカチを手に駆け寄り、声をかけて背中をさする。
後ろからアストルたちが「アンリは優しいな〜」なんで言っていますが、これ、本来はあなた方のお仕事なのでは……!?
「きゃ!」
「アンリ!」
でも、さすっていたらその手を弾かれました。
思わず尻餅をついてしまいます。
見ればルナリーゼにはすごい敵意のこもった眼差しで睨まれていました。
あ、あら?
ルナリーゼはこんな顔をするような性格では、なかったような……?
「大丈夫か、アンリ!」
「貴様! アンリは親切心から声をかけたんだぞ! 突き飛ばすとは何事だ!」
「怪我はないか? アンリ」
「は、はい、大丈夫です……」
アストルに抱き起こされ、お兄様が落としたハンカチを拾ってくださる。
マクシミリアンがルナリーゼにあまりにも大声で叫ぶのでわたくしが背中を叩くが、口から出た言葉は戻りません。
攻略対象とはいえ、大柄な男性に怒鳴られては怖かったのでは……。
心配したけれど、彼女はわたくしの想像を遥かに超えてたくましかった。
「なんだが具合が悪いみたいで……あの、助けてください」
なんて可憐で健気な姿なのでしょう!
これにはアストルたちもきっと庇護欲をそそられて──!
「さ、行きましょう。入学式に遅れます」
「そうだな! 行くぞアンリ! こんな不審者に構う必要はない!」
「そうだそうだ! まったくなんて非常識な!」
「あ、あるぇええぇ!?」
え、ええええっ!?
無視、継続!?
それどころか、アストルたちには尻餅をついた事を心配されてしまいます。
医務室に行った方がいいのではないか?
制服にまだ汚れがついているぞ。
お兄様には、新しいハンカチを手渡されてしまいました。
「???」
なにが、ど、どうなっているのでしょう?
ヒロインと攻略対象たちの出会いという、とても重要なシーンだったはずですのに?
なぜ、な、なぜ!?
「なんでだーーー!?」
ヒロインが後ろで叫んでおりますのー!?
『ヒロイン、追放される』へ、続く。
今日もわたしは元気ですぅ!!(キレ気味)〜転生悪役令嬢に逆ざまぁされた転生ヒロインは、祝福しか能がなかったので宝石祝福師に転身しました〜【WEB版】 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi
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