第26話 ヒロイン、エンディングを迎える


「これは一体……」

「魔石の『祝石ルーナ』が、光り輝いている……まさか……これが!?」


 なに?

 ものすごく黒い、塊のような靄がある。

 その周りに、八色の小さな光。

 不思議……こんな反応初めて見た。

 この光はなに?

 触れてみると、輝きが増す。

 そして、大きな黒い塊が動き始めた。

 それに八色の輝きがチカチカしながら囲み、バチバチと音を立てながらぶつかり合う。

 黒いやつ、なんとなく強い。

 光はすぐ弱まってしまう。


「…………がんばって……」


 靄は『穢れ』だ。

 なら光はなんだろう?

 分からないけど、触れるとまた輝きを増す。

 そう、その調子!

 八色の小さな光は、黒い大きな靄の塊を削っていく。

 わたしもお手伝いしよう!

 周りの靄に触れて、浄化していく。


 えい、えい!


 ……それにしても、ここは誰かの魔石の中のイメージなのだろうか?

 なかなか手強い『穢れ』だわ。

 まったく、他の王の『宝石祝福師』はなにをしているのよ!

 王様の大切な魔剣に、こんなにたくさん『穢れ』を残しておいたらダメでしょう!?

 最近は『邪樹じゃき』がしょっちゅう生えるんだから、ちゃんとお手入れしておかないと。

 仕方ないわねー、あとでしっかりお給料頂くわよ!

 てぇいやぁ!

 と、まあ、気合を入れ直して『穢れ』を『祝福』で『浄化』していく。

 ぶっちゃけちょっと楽しいんだよね。


「っ、すさまじい……これは、『浄化』の力……!」

「ああ、やはり間違いない」

「クロエリード、貴様が連れてきたあの娘——!」

「っ……ルナ……」


 小さな光がまた弱くなる。

 音が遠くで聴こえるけれど、クロエ様たちは大丈夫かな?

 小さな光さん、がんばって。

 触れると、また光は強くなった。

 光が大きく眩しくなると、黒い塊を削る力も強くなるみたい。

 ……あれ? 下の方に同じくらい黒い塊がある?

 なにこれ、ものすごい『穢れ』……!

 さてはこいつが元凶ね?

 この間の大きな魔石を『浄化』した時に触れた大きな『穢れ』より遥かに邪悪な感じがする。

 わたしに『浄化』出来る?


「ううん、してみせる……! わたしも、わたしの出来る事をしてお手伝いするんだ」

『ルナ』

「……!」


 クロエ様の声……?

 でもとても遠くで聴こえる。


「…………クロエ様、わたしはお役に立てていますか?」


 答えはない。

 いや、遠くで声が聴こえている気はする。

 うん……聴こえる。

 でもなにを言っているかまでは聴き取れない。

 けれど……それで十分。

 貴方が側にいてくれるのが分かるだけで、わたし……わたしそれだけでめちゃくちゃがんばれる!


「わたし……もっとクロエ様の役に立ちたい」


『祝福』しか能がないわたしを、貴方は見つけて拾ってくれた。

 そして、わたしを貴方の『宝石祝福師』にしてくれた。

 わたしはヒロインにはなれなかったけど、貴方専属の『宝石祝福師』になれたんだもの。

 その上で、こんなダメダメな元ヒロインを婚約者に選んでくれた。

 信じてくれた。

 認めてくれた——!

 わたしも、そんなクロエ様が大好き。


『——————!!!!』


 強い、濁流のように光の波が下の方へと流れ落ちる。

 バケツをひっくり返したような、光の波と、雨。

 小さな光の粒が舞い上がって、とてもキラキラして綺麗。

 しかし今の、なんの声だろう?

 まるで断末魔のような声だったなぁ。

 気のせいかしら?


「おお……」


 光の渦。

 小さな星のような光が、チカチカしながら黒い塊を二つ、呑み込んでいく。

 それは瞬く間に溶けて消えて、ああ……なんかよく分からないけど、『浄化』は完了!

 さあ、次の魔剣の浄化に移りましょう!

 じゃんじゃんバリバリ働くわよ!

 わたしだって、クロエ様のお役に立つんだ。


「さあ、次の『浄化』と『調整』は——!」


 浮上して、目を開ける。

 ……すると、みんなの顔がこちらを見ていた。

 あれ、なんか随分すごいものが落ちているな?

 落ちているというか、うん、まあ、二階の観覧席を二つか三つ潰して倒れているのは……多分、いや多分じゃなくて確実に……さっき凄まじい咆哮を放っていたドラゴン。

 八人の獣王たちは、無傷。

 魔剣も無事。

 クロエ様も、珍しく返り血などを浴びていない。

 恐る恐る振り返ると、なにやら信じられないものを見る目のローゼンリーゼとリルちゃん。

 な、なに?

 王様たちの顔もそうだけど、なんでこの二人まで?


「あれ、あの、『大災禍樹』は……?」


 奇妙な事に、あの鼻がひん曲がりそうな匂いを発していた瘴気が見当たらない。

 発生源たる『大災禍樹』が生えていたダンスホールの中心を覗き込むが……これもまたおかしな事に、さっきまであった『大災禍樹』が綺麗になくなっている。

 みんなが倒した?

 思ったより、随分楽勝だったのねぇ。


「……あんた、なにも覚えてないの……!?」

「な、なにも?」


 ローゼンリーゼの「信じられない!」という顔はそのままセリフとして彼女の口から「信じられない!!」と想像していた音量より大音量で吐き出された。

 な、なにが?

 なんかあったの?

 リルちゃんを見ると、にこりと微笑まれる。

 あー……天使〜。

 じゃ、なくて!


「クロエ様……?」

「……いや、褒美をまた、与えねばならんな」

「え? わたしなんにもしてませんけど?」

「まさかまた無自覚か? 困った奴だな……」

「?」


 近づいてきたクロエ様。

 そして、わたしの前で膝をつく。

 その笑顔は穏やかで、とりあえず戦闘が……終わってる?

 でも変だな?

 ローゼンリーゼが『星祝福ステラ』に目覚めていないから、かなり不利だと思ってたのに……。


「えっと、あの……」

「光の女神の化身となった、『星祝福ステラの乙女』……我が婚約者、ルナリーゼ」

「!?」


 へ?

『星祝福の乙女』!?

 それは……ローゼンリーゼの事じゃないの!?

 だってわたし、前作のヒロイン!

 確かに前作で攻略対象たちと結ばれれば、『星祝福』に目覚め『星祝福の乙女』になるらしいけど、続編ではそんな設定はない!


「お前の力が我らを守り、瘴気を払い、そして……我らの魔剣を常に浄化し続け、『大災禍樹』とドラゴンを倒す力を与えたのだ」

「えっ……わ、わたし……」


 わたしが?

 そんなバカな?

 ……けど、周りの王様たちのニヤニヤした顔!

 ローゼンリーゼの嫉妬に燃えた姿!

 リルちゃんマジ天使な笑顔癒される!


「……わ、たしが、ですか?」

「ああ」

「わたし、でも、普通に『祝福』を使っただけのような……」

「普通の『祝福』では瘴気は消せないだろう?」

「…………」


 それは、まあ、そう……だな?

 じゃあ本当に?

 わたしの『祝福』が、『星祝福ステラ』になったの?

 ——だとしたら……。


「わたしの『祝福』が『星祝福』になったのなら、それはクロエ様のおかげです」

「なに?」

「えっと、光の女神様に……『祝福』は、愛する人に愛されると……『星祝福』に進化する事があるって、聞いたからです!」


 という事にしよう。

 ゲームの設定とか、そんな事言えるはずないし。

 本で読んだ、も……じゃあその本はどこだ、と言われても困る。

 図書館はあらかた探してしまったのだ。

 今更見つけられるとも思えない。

 だから、そういう事にしよう!

 膝をついていたクロエ様に抱きついて、胸の中のあたたかいものに従い目を閉じる。


「…………そうか」


 わたしの背中に手が回る。

 大きな手。

 わたしに差し出された、あの優しい手のひら。


「ではその『祝福』を、共にありがたく受け取ろう」

「はい」


 こうして、『風鳴る大地〜八つの種族の国王様〜』は、終わった。

 誰一人死者もなく、わたしたちは運命から解き放たれたのだ。


 ——その後。

 ドラゴンの死体はドワーフの国に鱗などが運ばれ、加工される事になった。

 肉は獣王たち、とわたしに珍味としてふるわまわれ……まあ味は、と言われると硬くて思ったより魚寄りの鶏肉……内臓などはエルフたちにより薬に加工される事が決まった。

『大災禍樹』以降邪樹の頻発な発生はピタリと収まり、しばらくは大丈夫なのではないか、と有翼人種たちが語る。

 根拠は、それまでの記録、言い伝えなど。

 そうであって欲しいものである。

 ローゼンリーゼとリルちゃんは、学生でありながら無茶をしたので謹慎……は、わたしのお願いでなしになった。

 その代わり、難しい課題を一週間。

 あの二人の座学の成績を思うとかなりの難問らしいけど、王様たちの命令に背いて入ってきたので仕方ない。

 そして、わたしは——!



「…………」


 ぽか、ぽか。

 ぬくぬく春の陽気。

 大きなベッド。陽の差し込む大きな窓。

 揺れるカーテン。

 膝の上には銀の髪が広がり、クロエ様がすよすよと眠っている。

 が、しかし……いやらしい空気は微塵もなく。

 というより、わたしが色々、つらい。

 梳かしていた髪や尻尾は、絡まりもなくなりさらさら。

 ブラッシングの最中に寝てしまったクロエ様。

 むう、わたしを放って寝るとはいい度胸だな。

 三つ編みにしてくれる、と編み込みを入れて……よし、可愛い!


「…………ふふふ」


 頭を撫で撫でしてあげる。

 いつもたくさん頑張っているクロエ様。

 今日は、溜まりに溜まったわたしへの褒賞が与えられた日。

 なので、たーっぷりとクロエ様を堪能する。

 朝から一緒にご飯を食べて、少しだらっとするか、という話になるとクロエ様が櫛を持ってきた。

 そう、例の……「俺にブラッシングする事を許す!」……である。

 ドヤ顔可愛いかよ、と思いながら、クロエ様がいつも使っているベッドに座り、クロエ様はわたしの膝に頭を乗せて、わたしはクロエ様にブラッシングを開始した。

 元々そんなに絡まってはいなかったけど……尻尾はなかなかの難敵。

 大きいし、生えている場所が場所だけになかなか……ね!

 でも、頑張った甲斐あって素晴らしきもっふもっふと化したわ!

 これはもう誰がどう見ても完璧なもふもふ。

 撫でると、猫の毛のような高級感もふもふ……!


「……なんかわたしも眠くなってきたなぁ」


 こてん、と隣に横たわる。

 ぬくぬくの陽気。

 ぬくぬくのもふもふ。

 寝る間も惜しんで仕事をがんばるクロエ様。

 マジ、爆睡。

 ふふふ、可愛い……!

 わたしだけが知ってるクロエ様。

 普段カッコいいクロエ様も、寝顔はこんなに可愛いのか。


「…………」


 目を閉じる。

 あたたかい。

 とりあえず、お昼寝したらあの手紙をクロエ様にも見せよう。

 いや、お昼ご飯の時間になれば起こされるだろうし、手紙は食事のあとでもいいかな。

 あのね、クロエ様……わたしの両親から返事が来たんですよ。

 母は近況を書いてくれたのに、父ときたら一言。


『元気か』


 だけです。

 まったく、素直じゃないんだから。

 でも、その分返事はとてもシンプルでいい。






 今日もわたしは元気ですぅ!!

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