第25話 ヒロイン、ラスボス戦に参加する


 ローゼンリーゼは、どうなるんだろう?

 戦闘レベルに関して、最低レベル80あれば足りるとアンリは言っていたけれど……。

 図書館で会った時に聞いたローゼンリーゼの戦闘レベルは54。

 前半サボっていたのがかなり効いている。

 これは、多分他の王たちの魔剣を揃えなければクリア……いや、勝利は難しいだろう。

 クロエ様の魔剣だけでも、ローゼンリーゼだけでも……きっと、無理だ。


「……光の女神よ、かの者に祝福を」


 不安が押し寄せる。

 ローゼンリーゼが、死ぬ。

 それはそれでとても目覚めが悪い。

 でも、わたしに出来る事は……『祝福』する事だけ。

『祝福』ならばローゼンリーゼも使えるはずだ。

 なら、わたしは……わたしに他に出来る事は?


「お願い……クロエ様を守って」


 魔剣の中にある些細な靄も消していく。

 魔石は他の宝石より靄が溜まりやすい。

 戦闘がある度に『調整』に来てくれるのはありがたい。


「! そうだ……わたしも行こう!」


 戦場に『宝石祝福師』がいれば、戦いながら魔剣の『浄化』と『祝福』が出来る!

 常に万全の状態で戦い続けられれば、王たちもきっと……!


「クロエ様! 終わりました!」

「さすがだな。では——」

「はい、わたしも連れて行ってください!」

「…………。んん!?」

「ル、ルナリーゼ!? なにを言ってるの!?」


 驚いた声のミールームさん。

 でも、わたし……もう、決めた!


「わたしが戦場でも魔剣を『調整』をします」

「!」

「だから、連れて行ってください。冒険者だったので自分の身は最低限守れますから!」

「……ルナ……しかし……」

「他の王たちも行くんですよね? なら、他の王たちの魔剣もわたしが現地で『調整』し続けます。そうすれば、みんな常に万全の状態で魔剣を振るう事が出来るはず。クロエ様……今度の相手は……『大災禍樹』なんでしょう?」

「! 『大災禍樹』……!?」


 クロエ様はミールームさんにまだ話してなかったのか。

 でも、険しい表情がそれを肯定している。


「わたしも行きます、クロエ様」

「…………」

「お側にいます。お願いします」

「………………これ以上、お前に与える褒賞はないぞ」

「はい、構いません。わたしにとってクロエ様のお側にいられるのが、一番のご褒美ですから!」

「……致し方のない……」


 そう言う割には、とても優しく微笑まれた。

 作業台から魔剣を持ち上げ、出来栄えを確認してからまた柔らかく笑む。

 ああ、ずるいなぁ。

 カッコ良すぎでしょ。


「完璧だ。……いいんだな?」

「はい」

「では、行こう」

「はい!」


 その手を取る。

 さあ、いよいよ正念場だ。

 本当はわたし、関係なかったはずだけどね!

 でも、わたしは知ってしまった。

 人を好きになるって苦しくてとても幸せな事。

 攻略対象たちを『キャラクター』だと思っていた。

 そんな意識じゃ、そりゃ……好きになってもらう事も、好きになる事も出来なかったはずだよね。

 人の手を取るのは、意外と勇気がいる事。

 相手を信じる事も、勇気がいる。

 好きという気持ちが、その勇気を後押ししてくれた。

 わたしはクロエ様を信じる。

 この先も、この人は……王らしく、わたしを守ってくれるだろう。

 だから、わたしもわたしに出来る事を命懸けでしてみせる。

 わたしだって、この先もずっとクロエ様と一緒にいたいから……!


「!? クロエ様! この先は——!」

「そうだ、『大災禍樹』が現れたのは、城の中!」

「っ!」


 城の中へと進む。

 さすがに変だと思ったら、まさかの城の中!

 城の中心……ダンスホールに『大災禍樹』は生えてきたのだという!

 確かにアンリも「一番すぐ側に現れます」って言ってたけど!

 城の兵は、もはや種族関係なく大集合。

 魔力の高い魔法が使える留学生たちがダンスホールを囲い、バリアのようなものを発している。

『大災禍樹』は生えたらすぐに瘴気を出すというから、きっとそれ対策だ。

 でも、こんなにがちがちに封じられていたらどうやって中に入って戦うのだろう?


「どうやって入るんですか?」

「二階に回り込んで上から攻撃するのだ。瘴気は下に溜まる性質がある」

「なるほど……」


 そうなんだ。

 となると、二階があるダンスホールに生えてくれたのはラッキー?

 いや、こちらに多少は有利でないと、戦えないよね。


「遅いぞ、クロエリード!」

「ん? その娘は……」


 魔剣を持った王たちが勢揃い。

 けど、王たちが見ていたのはわたしではなかった。

 ハッとして振り返ると、そこにはローゼンリーゼ。

 剣を持って、真剣な……いや、覚悟を決めた表情。

 この子、なんだかんだ強い。

 自分の命が懸ってるのに、逃げずに来たんだ……。

 その後ろにはリルちゃんまで!


「学生は外で待て!」


 クロエ様が叫ぶ。

 けれど、それをわたしが制した。


「ルナ!?」

「彼女にも『祝福』が使えます。わたしとローゼンリーゼで王たちの魔剣を調整します! リルちゃんは、わたしたちが『祝石ルーナ』の調整をしている間の護衛をお願い!」

「! うん!」

「あんた……」

「クロエ様、大丈夫です!」


 やり方は簡単だから、教えてあげればいい。

 クロエ様を真っ直ぐに見る。

 わたしから、クロエ様は目を逸らした事はない。

 だからわたしも……。


「……どうか信じてください」

「…………分かった、信じよう」


 その言葉で胸が張り裂けそうなほどの喜びを感じた。

 嬉しいのに、痛い。

 不思議な感覚だ。

 わたしはそれほどまでに人に『信じられる事』もなく生きてきたのだろう。

 これまで優しくしてくれた人たちをただの『登場人物』や『モブ』としてしか見てなかった。

 でも、この世界の人たちはみんな生きている。

 心がある。


「……ありがとうございますっ」


 だから涙が出るほど嬉しいの。

 クロエ様に信じてもらえた事が。

 クロエ様を信じられる事が!

 少しでも力になりたい。

『大災禍樹』から溢れ始めた魔物の中から空を飛ぶものが現れる。

 それは、わたしの世界で『ドラゴン』と呼ばれるものだった。


『ギャオオオオオオオオオオオオォォ!!』

「……っ!」


 ものすごい咆哮。

 翼をはためかせると、瘴気が舞い上がってくる。

 饐えたような匂い。

 気持ち悪い……でも!


「光の女神よ、かの者に祝福を!」

「……!?」


 王たちに少しでも力を!

 お願い!

 ささやかなバフしか付加出来ないけれど!

 わたしに出来る事を、するんだ。

 そのためについてきた!


「私も——光の女神よ、かの者に祝福を!」


 ローゼンリーゼの『祝福』。

 そうね、二人で、みんなを……どうか、みんなを守ってください。

 光の女神様。

 そう祈る。

 祈る事で『祝福』が他者へ与えられる。

 なら、わたしは祈るわ。

 光の女神よ、どうか……王たちを、クロエ様を……守って——!


「…………力が、あふれる……」

「なんだ、これは、普通の『祝福』では、ない!」

「ああ、我にも分かるぞ。これは、まさか!」

『ギィャオオオオオオオォ!!!!』


 先程より格段に大きな声がした。

 瘴気の匂い。

 でも、慣れていくせいかあまり気にならなくなる。

 今は祈る。

 目を閉じて集中した。


「?」


 あれ、これ……黒い靄?

 宝石や魔石に触れているわけでもないのに……なんで?

 でも、靄が見えるなら消さないと。

 靄はきっと宝石の『穢れ』。

 こうして、触れれば消えるのだ。


「!」

「魔物や瘴気が消えていく……!?」


 誰の声だろう?

 遠くに聴こえる。

 まるで幕を張った向こう側で人が話しているみたい。

 だからよく聞こえない……いいや、あとでも。

 とにかく今は目の前の『仕事』をするわよ!


「どうなっている……!」

「集中しろ、ジルレオン! 目の前にいるのはドラゴンだぞ!」

「っ! 分かっている! 指図するなクロエリード!」


 クロエ様や王様たちが頑張っているんだ。

 わたしは『祝福』しか能がないから、わたしに出来る事を頑張るしかない。

 こうして『祝福』で靄を取る。

 ちょっとでもクロエ様たちの力になりたい。

 わたしを信じてくれた、クロエ様……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る