第24話 ヒロイン、カボチャに悶絶する


「あ、雪……」


 魔石に『祝福』を施し終わり、『祝石ルーナ』にした頃……ついに『冬の後期』となっていた。

『ベルクレス共王国』にもまた、雪が降り始める。

 魔石はお城の人が持っていき、これから『八獣王』たちがなにに使うかを検討する会議にかけるそうだ。

 そして、わたしへの褒賞の日はまだ決まっていない。

 最近ますます邪樹の発生スピードが上がっていて、会う時間もないのだ。

 だが、それも仕方のない事だろう。

 もうすぐ——いや、もしかしたら次の瞬間にも……『大災禍樹』が発見された、と報告があるかもしれない。

『冬の後期』はゲームの最後の季節。

 ラスボス『大災禍樹』を倒し、ヒロイン……ローゼンリーゼはその功績で攻略対象との関係を確実なものとする……はずだった。


「…………さむ……」


 この時期の宝石の洗浄は堪えるなぁ。

 しんしんと降り始めた雪が、灰色の空にたくさん見える。

 息が真っ白。

 水はキンキンに冷えているし、手は真っ赤になる。

 ああ、このぼんやりとした空……まるで今のわたしの心の中のようだ。

 こんなゲームの終わり方になるなんて——。


「ルナリーゼ! 今日の洗浄は家の中でやりなさいな! ほら、お湯沸かしておいたから!」

「あ! ありがとうございます! ミールームさん!」


 ありがたーい!

 水に入っていた宝石を拾い、たったかカボチャの中へと戻る。

 ……定期的に現実を見るんだけど、なんでこの建物カボチャで出来ているんだろう……なんでカボチャなんだろう……このカボチャ、なんで腐らないんだろう……というか……この大きさのカボチャ……これは、本当に、カボチャ……?

 連なる巨大カボチャをくり抜いて、どうしてわざわざ?


「はい、お湯! 冬はこの中で洗った方がいいわ」

「ありがとうございます! あったかーい!」

「雪も降ってきたし、これからますます寒くなるわよ。お城の中は吹き抜けが多いからクソ寒いけど、この家の中は大丈夫!」

「?」

「そういえば話していなかったわね。このカボチャはビックホットカボチャっていう種類のカボチャで、ここまで大きくなるのに十年かかるの」

「……じゅ、十年!」


 それはなんかものすごいカボチャだったのね!

 ……しかしなぜ突然カボチャの話に?

 いや、ずっと気にはなってたけど……。

 まさかついに明かされる……!?

 カボチャの建物の、謎!


「アツマーは人間だったから、この国に来たばかりの頃、この国の城の構造で毎日『寒い寒い』と言ってたのよ。人間は毛皮がないから、お城が寒くて仕方なかったみたい。仕事にならないから、当時の王様がビッグホットカボチャを買い取って、ここにカボチャの自宅兼作業場を作ったのよ。アタシは当時まだ赤ちゃんで、アツマーのバディをしてた父や母と一緒にビッグホットカボチャの中身を食べて育ったわ」

「…………」


 最初はとてもなるほど、なんだけど……あれ、なんか後半、ドユコト……?

 カボチャの中身は、ミールームさんご一家の、食事? は?


「なので、アタシが来年結婚して子どもを産んだら、ここにもう一つビッグホットカボチャを追加してくれないかしら!」

「すいません、なんの話になってるんですか? 今」

「もちろん、家の機能性拡張とアタシの家族の食糧の話よ!」

「…………。ミールームさん、結婚するんですか?」

「ええ!」

「今初めて聞きましたけどおおおぉ!?」


 なにドヤァ! って胸を叩いているんですかぁぁぁっ!

 可愛いけど! 可愛いけど!

 聞いて、なーーーーい!


「『豊穣感謝祭』でプロポーズされたのよぉ〜! 来年の春にお休みもらって子作りしてくるわ!」

「くっ!」


 確かに春は盛りの季節ってミールームさんが言ってたーあ!


「貴女も来年は陛下と子作りするんでしょ?」

「しませんよ!? 気が早すぎませんか! まだ結婚もしてませんし!」

「あら、陛下とは来年結婚するんでしょ?」

「え! いや、それは、え? ど、ど、どうなんですかね? 具体的な日取りとかは一切まだ……」

「あらぁ。……そうなの? ああ、でも今年は『邪樹じゃき』がとにかくたくさん出てるものね〜」

「…………」


 嬉しい、恥ずかしい、浮かれた気持ち。

邪樹じゃき』……その一言で、不安が膨れ上がる。


「……ミールームさんの旦那さん、会ってみたいです」


 ちょっと強引すぎたかな?

 でも、この話は、邪樹の話は、していたくない。


「あ、そうね! これから一緒に住むんだし! 予定を確認して連れてくるわ!」

「んん?」


 一緒に住む? 一緒に住むぅ!?

 ミールームさんはすでにカボチャに住んでるけど、え? 旦那さんも!?


「カボチャが増えるんだから、いいでしょう?」

「え、待ってください。カボチャが増えるってなんですか」

「もちろん部屋を増やすのよ。一緒に住むんだから!」

「いや、それは今聞きましたし、構いませんけどカボチャが増えるっていうのがですね!」

「大丈夫よ、ビッグホットカボチャはアタシたちが五年くらい食べてもなかなかなくならないの! その頃には子どもたちも大きくなって独り立ちしているわ!」

「あれー! おかしいなミールームさんと会話が絶妙にすれ違ってるぅー!?」


 こんな事、初めてええええっ!

 来年のカボチャ、じゃない我が家兼作業場、一体どうなってしまうのおおぉ〜〜〜!?



***



 まあ、そんなわけで……若干「どんなわけだ!」と突っ込み入れたい気がしないでもないが……二日後、マジで三メートル近くあるカボチャが運ばれてきた。

 そして、我がカボチャ家にくっけられましたとさ。

 いやいやいやいや。


「中身のと外側の部分をくり抜いて、そのあとくっつけるのよ」

「計画的に食べていくんですね」

「そうよ!」


 お菓子の家ならぬカボチャの家の完成である。

 まあつまり、ミールームさんのようなアライグマ族……正確にはコアライグマ族というんだって……は、雑食で好物はカボチャ。

 食おうと思えばカボチャの皮までバクバク食べるそうだ。

 来年結婚して子どもが三匹、いや、失礼……三人から多くて八人と、子沢山で生まれるのでこのくらいはあっという間だとか。

 そして、部屋が多ければ減らせばいい……つまり食えばいい、らしい。

 そういう問題じゃない気がするんだけどねええぇっ!


「さ、新居の準備も整った事だし! あとは『聖冬祭』の準備ね」

「えーと……」


『聖冬祭』……は、ラスボス後のエンディングイベント。

 その年を労い、新しい年を祝う。

 まあ、要するに年越しイベントだ。

 たくさん食べて飲んで騒ぐ。

 それだけのイベントらしい。

 なので準備といっても、わたしの場合は途中で抜けて寝られるように……そして新年から春はほとんど休みとなるので、今のうちに大量の保存食などが必要になる……!

 そう、盛りの季節!

 ……あれ、じゃあもしかして、クロエ様も……?

 い、いやいやいやいやいやいやいやいや!?


「ルナ、いるか」

「ぎゃーーー!」

「ぬ? なにか不都合だったか? だがすまん、少々急ぎの用だ」


 今! まさに! 考えていた人が現れればそりゃ変な声も出ます!

 ……でも、遠慮なくカボチャの中に入ってくるクロエ様。

 その手には魔剣。


「調整、ですか?」

「ああ。早めに頼む」

「…………」


 魔剣は大変重いので作業場まで運んでくれるクロエ様だが、この間調整したばかり。

 急ぎ……この時期に……という事は、きっと——!


「…………出たんですか」


 クロエ様の穏やかさ。

 でも、その手は微かに震えていた。

 真正面から、見上げる。

 金の瞳が見開かれ……細められた。


「……ああ」

「!」

「え? な、なにがですか?」


 やはり。

 ミールームさんはわたしたちの会話の意味が分からないみたいだけれど……わたしには、分かる。

 分かってしまった。

 わたしに不安を与えないように、気を遣って穏やかに接してくれたクロエ様の優しさ。

 けれど、残念ながらわたしには分かってしまった。

 クロエ様は、これから最後の戦いに行くのだ。


「……すぐやります」

「すまん」

「いえ……」


 そう、ついに現れたのだ。

 乙女ゲーム『風鳴る大地〜八つの種族の国王様〜』のラスボス——『大災禍樹たいさいかじゅ』が!

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