第11話 エピローグ その声をおぼえている

「連くーん。艦砲射撃、始めるわよ」

 もし仮に戦争中だったら、とても士気が下がるであろう遠隔通信を聞いた。

 潤一司令官に対して返事をすることもなく船上で僕は、軍艦が放った砲弾が巨大な水柱を上げるのをじっと見ていた。何回も繰り返して慣れたと言っても、潮の香りはどこか苦手なままで揺れる船の上にあってはなおさらだった。

「隊長殿。あ、あれがシ魔でありますか」

 対あやかし部隊の軍服に身を包んだ期待の新人の少年は、僕の横で初めて見る巨大なあやかしに目を奪われていた。

「そうだ」

「実際に見ると巨大でありますな。まさに島のごとし」

 見た目はまだあどけなさが残る少年なのだけれど、どうにもしゃべり方は堅苦しい。

 初めてみるシ魔に怯えているのかと思ったけれど、そんなことはなく鋭い眼差しで切り込む姿を想像しているかのようだった。

 黒豹のようなその姿は頼もしいと思いながらも、まだ無理はさせられないなと思ったので今日は黙ってみているように指示を出した。

「イリーナ。準備はいいか?」

「いつでもどうぞ」

 マストの上の見張り台に、いかにも魔道士らしいローブや杖を持ってイリーナは陣取っていた。

「よし、はじめるぞ」

 僕の言葉にイリーナは呪文を唱え始める。

「あ、あれが魔法使い殿でありますか、初めて実物を見るであります」

 新人の興奮は、イリーナが放った炎の玉を見た瞬間に最高潮に達した。

「す、すごい。そ、そして……美しいでありますな」

 なかなか新人は余裕なようで、ますます頼もしかった。

「連君。効いたみたいよ。今がチャンスなんじゃないかしら」

 杖を持った魔法使いは、ゆっくりと甲板に降りてきた。ふわりとローブが広がって太ももがあらわになる姿は新人君には刺激的すぎるようだった。真っ赤になってもじもじとしてしばらくうつむいていた。

「ここでは隊長と呼べ」

「はいはーい。隊長殿」

 いつもの僕らの会話だったけれど、新人君はこの美しい魔法使いと隊長の関係を測りかねているように交互に僕らの姿をみた。

「よし、船ごと突っ込むぞ。アヘッド、全力だ」

「え」

 豪胆な新人君もさすがに、あの巨大で何やらうごめく黒い靄に船ごと突っ込んでいくことには驚いていた。目の前に巨大な黒い靄の姿しか見えないあやかしのものが迫ってくると緊張した面持ちで正面から目を離さなかった。

「斬りかかれ!」

「はっ」

「了解」

 僕の指示で、村重さんと真琴が勢い良く飛び出していった。

 黒い靄を二人の刀が切り裂くと、その裂け目から中身が見えていた。

「ひえ」

 船と同じくらいの目玉が、裂け目からじろりと僕らの方を見るとさすがの新人君ものけぞって怖がっていた。

 僕は銃を構えると走りだすと裂け目に入って右手と左手の両方に構えた銃をぶっ放した。二発では効かなかった。結局僕は、黒い触手のようなものを避けながら飛び乗って、巨大な目玉にご挨拶をした。

「こんにちは。そして死を」

 目玉に接射して連射をする。血ではない謎の体液が跳ねるのは何度やっても嫌な気持ちだった。

「おお、沈んでいく……」

 僕は船に戻ると、船を後退させた。

 新人は腰を抜かしながら、その異様な光景に目を奪われているようだった。話は聞いているはずなのだけれど、実際に体験してみると違うものなのだ。

「連君。じゃなかった。隊長! 無茶しすぎです」

 真琴が戻ってきて、隊長が結局目玉に突っ込んでいって倒したことを説教していた。これもここ数ヶ月のいつもどおりの光景だった。


「まあ、大体こんな感じだ」

「はっ、勉強になりました!」

 直立不動で敬礼をした新人君を大げさだなと思ったけれど、はじめてシ魔を見たりすればそう思うのかもしれなかった。

「反攻作戦は始まったばかりだからね。これからは君にも役に立ってもらう」

「はっ、必ずや期待に応えてみせます」

「まだ七百匹くらいいるらしいから。このペースだとあと七年くらいかかるな」

 一年で百体もかなり過酷な日程だった。このままでは、僕らも持たない気がするのでこの新人君に期待するところは大きかった。

「早く妻を助けてあげないといけないんだけどね」

「はっ? え? 隊長殿には奥さんが?」

 戸惑っていたけれど、別にシ魔に捕まっているわけじゃないよと言って下がらせた。

「連殿。……覚えているのですか?」

 新人以上に驚いていたのは、僕の後ろに立っていた村重さんだった。どんなあやかし相手だろうが、眉一つ動かさないこの化け物で紳士なこの人が慌てふためいている姿は新鮮だった。

「うーん。いや、頭で覚えているわけじゃないんだけどね。体が覚えている。そして声もかな」

「声?」

 僕は、胸ポケットから丸い玉を取り出した。

「それは、録音玉?」

「さすが村重さん、知っているんだ」

 村重さんは、『そんな手があったのか』と言いたそうな難しい表情をしたあとで、大きく笑っていた。

 僕は手のひらの上の玉を軽く指でつついた。

 それは僕の知らない人。でも、僕の体が覚えている気がする愛した人の声が海の上の風に飛ばされて再生される。



『絶対にそんなお勤め。不要にさせてみせます!』

『……ありがとう』

『いつか……』

『うん……いつか連君が、私が祈る必要なんてない世界にしてくれるのを待っています』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その声をおぼえている 風親 @kazechika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ