カミュの歌 ( the song of Camus )
日南田 ウヲ
第1話
少年の名前はカミュと言いました。彼は生まれつき声が出ませんでした。彼はそれがとても悲しくて毎晩夜空を見上げて泣いていました。
そんなある夜、夜空を見て泣いていると大きな星が自分に口の中に落ちてきたのです。すると突然少年に声がしました。
(カミュ、もう泣くのはおやめなさい。君に『声』が出る魔法をかけた。その声音は美しいから毎日人間だけでなく動物にも分け隔てなく歌ってあげなさい。但し、君は恋をしてはいけない。恋をすれば私がお前にかけた声が出る魔法が消えてしまうから。忘れないように)
驚いた少年は恐る恐る声を出すと、それはとても美しい声音でまるで音楽のようでした。
それから少年は毎朝海が見える丘から美しい声で歌いました。するとその声にひかれるように多くの人間や動物達がやって来てはいつも歌声を聴いていました。
ある日、南へ旅立つ旅鳥達の為にお別れの歌を歌っていると大きな赤い灯台が見えました。するとその灯台のところに美しい娘が立っているが見えました。少年はその娘があまりにも美しいので驚いて歌を歌うのを止めてしまいました。娘の黄金色の髪に太陽が反射して、白い服が潮風に揺れていました。心臓の張り裂けそうな鼓動が自分の耳に聞こえました。
(僕の声も美しいけれど、あの娘の美しさにはきっと敵わないだろう。しかし何という美しさだろう)
少年は暫く娘を見ていましたが、森の栗鼠達がやって来て歌を歌ってくれとせがまれたので歌を歌おうとしました。しかし張り裂けそうな鼓動の為か急に声が出なくなり少年は栗鼠達に謝って秋に集めていたどんぐりを渡して森に帰しました。
声が出なくなったことを不思議に思いましたが(まぁ二三日もすれば声は出るだろう)と思いました。
しかし、日にちが過ぎても声はでません。その代わり娘を思う気持ちがはちきれんばかりに自分の身体の中で日々膨張してゆき、娘の顔を思い出しては締め付けられるような苦しみが自分を襲いました。
そんな少年を心配して灯台に棲む海鳥のマホーニがやってきました。街の噂や海向うの国の伝説等沢山知っている物知り鳥でした。少年が灯台の娘を見てから声が出なくなったと聞いて心配してやって来たのでした。
「カミュ、どうしたの。急に声が出なくなったみたいだね」
マホーニの心配そうな声に少年は下をうつむいたままでした。少年に続けて言いました。
「赤い灯台に立つ娘を見たのかい?」
少年は急にはっとした顔になるとみるみる顔が紅色になりました。「あの少女を見たのだね。ところでカミュ、君は今年でいくつになったの?」
少年は指で言いました。
(僕は15歳になりました。それが何か?)
マホーニは少年の顔をじっと見つめると笑いました。
「人間は年頃になると恋をする。君はあの娘に恋をしたのだ」
(恋ですって!)
少年は立ち上がりました。
「恋すると急に胸の鼓動が高くなり締め付ける様な苦しみに苛まされるそうだ。思い当たるだろう?」
少年は驚きました。彼は幼い頃に言われたことを忘れていませんでした。少年は頭を抱えました。
(声を失ってしまった、どうすればいいのだろう!)
そんな少年を見てマホーニは言いました。
「恋は魔法だ。その魔法を解くには恋を失うか、または恋を叶えてその人と結ばれるしかない。そしてそれは自分で決めるしかない」
そう言うとマホーニは飛んで帰っていきました。
(恋を叶えるか・・失うか・・)
カミュは一人頭を抱えていましたが、あの娘に会うことを決めました。丘を下りて夜通し大きな街の石畳の道を抜け、やがて赤い灯台に着きました。灯台に着く頃は朝になっていて朝陽の降り注ぐ中、娘が初めて見た時と変わらない美しい姿で立っていました。
少年は少女の側まで行き身振り手振りで自分の事を伝えようとしました。彼女は少年に言いました。
「私は生まれてから耳が聞こえません。この世界のどんな音も聞こえないのです」
少年は驚きました。
「私は噂であの丘の上に美しい声で歌うカミュと言う少年が居ることを聞いています。自分が死ぬ前に一度でいいから彼の美しい声を聞いてみたいと思っているのです。でも時間がありません。私は今日天に召されるお告げを聞きました。天に召された後は夜空の星座となって永遠に輝くのです。それまでに一度でいいから彼の声が聞きたかった」
少年は少女が涙を流すのを見て心が震えました。
(こんな美しい人が天に召されるなんて!)
何とも言えない気持ちが溢れてきました。
少年は必至に身振り手振りで自分がカミュであることを伝えました。もう少年には初めて少女を見た時の張り裂けそうな気持は消え、今は自分がその少年だと言うことを伝えたかっただけでした。しかし彼は声が出ずくやしくて涙が溢れて来ました。
少年は空を見上げて思いました。
(せめて声が出ないのならば彼女の為に心で歌を歌おう)
少年は手を広げていつものように歌い始めました。少女は少年を黙って見ていました。
その時です。
少年の涙が喉に流れると胸が熱くなり声が出たのです。それはいつも以上に美しい声でした。
少女は驚きました。
「私の耳にあなたの声が聞こえます。何という美しい声でしょう。あなたがあの丘に住むカミュだったのですね。なんと素晴らしい歌声!」
少女は涙を流して少年に優しく口づけをしました。
「私の名前はアンドロメダ。私は天に召されますけど、夜空に輝く星座となってあなたをいつまで見守っています」
そういうと彼女はゆっくりと消えていきました。
少年は彼女が消えるのを見届けた後も空を見ていつまでも歌い続けました。
海の側で少年の形をした岩等を見るかもしれません。
それはいつまでも彼女を思って歌う少年カミュの変わり果てた姿と思えば、少しロマンを感じるのではないでしょうか。
カミュの歌 ( the song of Camus ) 日南田 ウヲ @hinatauwo
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