幾つもの終着点のうちのひとつ

夕空心月

第1話

受験は人生の終着点じゃない。


なんてとんでもない嘘だ。


受験は紛れもなく、人生の終着点だった。その先は断崖絶壁だった。カレンダーも時計も、そこで終わっていた。


その頃少女は、常にひどく肩が凝っていた。親からの重圧だとか先生からの期待だとか、黒々とした粘度の強いものが、両肩にのしかかっていた。けれど、夢だとか希望だとか、見かけによらず重いものが一番厄介だった。下ろすにも下ろせず、がちがちに固まった肩に、参考書やら過去問やらを詰めた重い鞄を背負って、毎日歩いていた。


努力すれば報われると信じていたかった。人知れず流した涙はいつか笑顔に変わるなんていうどこかの歌を、何も疑わずに信じていたかった。信じていないと壊れてしまいそうだった。


学校までの片道二十分、友人と話す時間が少女の救いだった。単語帳に落書きをして笑った。先生の物真似をして笑った。昨日何もやらずに寝ちゃったんだよね、そう言って笑う友人の目の下には、いつもクマがあった。私も、と答える少女も、何日も寝ていなかった。何も言わずとも、お互いに闘っているのがわかった。大事なものを、時に厄介なものを抱えて、一人で闘っている。だからこそ、少女たちは一人ではなかった。一人だけれど、一人ではなかった。


親と話す度に、自分には後がないと感じて眠れなくなった。赤本を開けなくなった。食べるとストレスが緩和されると謳うチョコレートと、食べても脂肪にならないと謳うチョコレートが少女の栄養源だった。


フランスで革命が起きようが、評論家が何を考えて文章を書こうが、トムがメアリーに告白した結果がどうなろうが、ほんとはどうでもよかった。人生に解なし、QED、そんな答案を出して、好きなあの人の元へ走っていきたかった。少女は人生の終着点にたどり着きたかった。願わくば、自分の望む終着点へ。


受験は人生の終着点だった。ひとつの。


けれど人生はそう簡単には終わって呉れない。終着点は幾つも現れる。



次の終着点は何処だろう。

自分は誰と、其処へ行くのだろう。


望んでいた場所が荒れ地かもしれない。

崖下には案外綺麗な花が咲いているかもしれない。


そんな言葉、今日は響かなくていい。今日は。


これはすべての受験生へ、そして

三年前の私へ、私たちへ贈る、


誰でもない少女の、何でもない回想録だ。




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