第27話 幸せは文字の上に成る
去年の秋、僕は犯罪者として取り調べを受けていました。
突然ですが、これは紛れもない事実です。警察沙汰にはなっていませんが、不祥事に関わった共犯者として事情聴取を受け「お前、本当に厳しい状態にあるから全力を尽くせ」と現地法人の社長に言われて、感じたことのないストレスと不安を抱えて過ごしていました。
あまりにきつかったので、近況ノートに少しだけ愚痴りました。そして、決心しています。「浅はかな絶望に飛びついてはいけない」と(※1)。今は以前と変わらずのほほんと頭に花を咲かせていますので、あんしん安心、です。
○
短い人生の中でも中々に重大な転機になった事件だったのですが、二つの大切なことを身をもって学習しました。
一つは「人は一つのコミュニティだけに属していると弱いぞ」ということです。
仙人暮らしをする人以外は、集団に関わらないと生きてはいけません。至極当たり前の話ですが、属する共同体が少ないほどその共同体に対する依存度は高くなります。一つの共同体関係しかないなら100%依存。それが無くなったら共同体感覚はなくなります。
これは非常に怖いことです。そこに縋らないと生きていけないという強迫観念を生み、結果として自分にも他人にも酷く怯えて生きる人が誕生します。全力で生きているのに辛い、という何ともアイロニーに満ちた生活になる可能性が高くなってしまいます。
価値観や文化というものは共同体によって育まれ、その中で維持されます。そこで価値観が合わないと感じると不幸の始まり、途端に異質な存在となってしまいます。生物の免疫系と同様、共同体は自己免疫作用を持ち、異物を排除しようとする。
共同体内から見ると、外部こそ未知の世界であり、寄る辺がない深海のように感じられる。だから、排除されそうになっても不幸な状態を維持し続ける。そんな悪い循環が生まれてしまいます。(これは、各種変態が生き辛かった原因にも当てはまりましたが、今では各所に存在する変態がテクノロジーを介して変態コミュニティ(例:カクヨム)を構築することで回避され、変態も幾分過ごしやすい社会が到来しています)
複数の共同体に属することは、世界の広がりを知ることであり、一つの依存度を下げることです。その中で心地いい場所を見つけて、そこに多くのリソースを割けば良いのです。「ここで通用しなかったら、どこに行っても通用しない」なんてセリフがありますが、これは言葉足らずで「(特殊な価値観を持つ)ここで通用しなければ、(同じ特殊組織の)どこに行っても通用しない」が正解です。
共同体を変えること、増やすこと、これは逃げではありません。生きる場所を探しているだけです。必要であればどんどんやりましょう。
○
二つ目は、「言葉は人を救う」ということ。
何かを書いている間はそのことに没頭できます。実際、事件の渦中にいた数か月の間、土日は必ず何かを書いていました。物語のようにしてその時の心境を書く。ありえない理想の僕を書く。浮かんできた他愛の無い妄想を書く。旅行で感動したことを書く。先の見えない不安を書く。漠然とした希望を書く。
そうすることで現実逃避も出来ますし、距離を置いて物事を眺めることが出来ます。これは一人で出来るのでとても良い。海外で一人暮らし、家族は姉以外もういない。そんな状態だと頼れるものは言葉以外ないですから。「頼りない自分に頼る」なんて一番やっちゃだめだったので、僕は思う存分言葉に頼りました。
そして、僕の身体は横綱より重くなっていたでしょうが、見事に言葉は僕を支え切りました。頑強な言葉の柱は、倒れ込む僕のみぞおちに突き刺さり「ぐふぅっ」とむせましたが、折れはしませんでした。流石の強さです。
勝手にむせる僕を引き上げてくれたのも言葉です。誰にも話せない状況での、顔も知らない方のコメントにどれだけ救われたでしょうか。いや、顔も知らないからこそ、気が楽だった。事情を知らないからこそ、身体が軽くなった。
矢指 嘉津さん、鷲宮 なとりさん(既に退会されています)、切り株 ねむこさん、当時の近況ノートに反応頂いてありがとうございました。あの時、声をかけて頂けて僕は救われました。やっと、お礼が言えました。
その頃は前作「とりとめのない思いの随に」で「何故くじらは空を飛ぶのか」「メイド喫茶で飲む日本酒の趣き」「ポンコツエルフに萌える」などというエッセイを書いていましたが、シリアスとは全く関係のない話題で反応頂けるのが何より嬉しく、日々の支えになっていました。読んで頂いた方、コメント頂いた方、ありがとうございました。
エッセイが好きになったのは、こうした経験もあったからでしょう。書き始めていて本当に良かった。あの時に何もなければ、どうなっていただろうと今でも背筋が凍ります。
○
全てが終わった今、実感を伴って言えるのは「言葉は人を救う」ということです。
文字が書けるのは当たり前のことではない。
言葉がもつ作用は軽いものではない。
それを少しでも伝えたくて、僕は言葉を綴っています。
どれだけ拙くとも、どれだけひねくれていても、言葉にすることは大切なことです。どれほど辛かったか、どれほど嬉しかったか、どれほどおっぱいとお尻が好きか、どれほど世界平和を祈っているか、どれほど変態を待ち侘びていたか、どれほどこの気持ちが分かってもらいたかったか。
そうした文字の上に幸せは生まれるのだと、僕は本気で思っています。
※1 当時の近況ノート 何だか自己陶酔感強めですが、その時は大真面目でした(笑)
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