え? 本当に死ぬんだけど?(番外1)

 うちの吹奏楽部の後輩である粕谷かすや未瑠みるが新種のオオカミを捕獲したあと……最近、住宅街の中にてそれをよく見るようになった。


 黒くくすんだ色をした大きめの身体に、逆立った大きなたてがみ。赤く光る不気味な瞳。

 見ただけで分かる。明らかにヤバい。いくら超高速拘束術を持っているとはいえ、よく未瑠は一切ひるまずに捕獲できたなあ……。

 幸いあたしが遭遇するときは遠くから発見することが常に出来ていたため、それとなく大回りして回避してきた。とはいえ、いつもそうやることが出来るなんて保証はどこにもないから……正直、登下校の道が怖かった。


 しかも、オオカミ関連の表立ったニュースはそれからぱたりと途切れている。未瑠が捕獲したオオカミは大学の研究機関? みたいなところに回されて厳重なケージの中に管理されていたけれど、一日経つと逃げた痕もなく、ただ消えていた――という話を未瑠から聞いたきりだった。


 というか、このオオカミと遭遇するときは決まってあたし一人のときで、しかも周囲にまったく人気のないとき。

 つまり……このことを話しても、多分誰も信じてくれない。いや、実際に遭遇している未瑠なら信じてくれそうだけど。


 今日も今日とて、家に帰る直前に不気味な赤い光を物陰から確認して、遠回りをせざるをえなくなった。

 オオカミに発見されることなく、なんとか無事に帰宅する。


「……あ、更新されてる」


 スマホのカクヨムアプリをチェック。『チーかま』の最新話が投稿されている。

 しかも、あたしの推しである蓮司れんじくんが主役を張る回。

 制服から着替えるのも忘れて、さっそくベッドに寝転んで読み始める。


「……はー……最高……」


 死んだ。かっこよすぎて死んだ。

 いや、内容は決してかっこいいものじゃないけどかっこいい。なんで。

 ……ずるい。ずるいずるい。ずるいずるいずるい!


 ずるすぎてあたしは過呼吸になってベッドを転げまわった。


「いたっ」


 床に落ちた。けれど立ち上がる気力はない。全部蓮司くんに吸い取られた。

 ……いや、吸い取るのは芙蓉ふようなんだけど。でも今日は蓮司くんが吸い取る側だったわけで。


「ふへへへへへへ……」


 と、まあ。床にいながらあたしは天国にいたんだけど……。


 ぴーんぽーん。インターホンが鳴る。

 今日は両親もいないし、姉もいない。つまりあたし一人だけだから、あたしが出なければならない。

 蓮司くんにめちゃくちゃにされて余韻に浸ってる時間を邪魔されて嫌な気持ちにはなったけれども……仕方なく、あたしはふらりと立ち上がって階段を降り、玄関口に向かった。


 ……やたら背の高い人が来たな。不審に思いながらもあたしはドアを開ける。


「はー……ぃ……」


 目の前にいたのは。


「あ、どうも。かおるさん。鬼です」


 赤黒い体色。頭から生える、短くも鋭そうな二本の角。

 そして2mに迫るくらいの巨体、はちきれんばかりの筋肉の量。


 ……今日更新された『チーかま』に出てきた敵も、そういえばオーガだった。

 それとこれが偶然だとはあたしには思えなかったけれども……。


 なぜか目の前の鬼は、リクルートスーツをびしっと決めて丁寧に名刺を差し出しているのだ。


「あ……はい……」


 あたしの顔くらいある大きな手で差し出された名刺を、あたしは戸惑いながら受け取る。名刺の柄は虎柄で、名前には『赤尾あかお二郎にろう』と立派な明朝体で書かれてあった。

 ……名前、まんまじゃん。


 というか、一体何が起きてるんだこれ。


「えっとですね。わたくし、どうやらここに迷い込んでしまったみたいで」

「……はい」


 とりあえず訪問販売の類ではなくて安心した。

 ……というか鬼の訪問販売って何売るんだろう? パンツ? 金棒? 豆……は天敵だよね。うん。


 なんて、ふざけた考えがよぎった直後。


「それで……なんか、この家に住む方を殺せば元の場所に戻れると天啓を受けまして」

「え……」


 そんな馬鹿なことを考えている余裕なんて一切合切なかった。


「なので……僭越ながら、あなたを殺させていただきます」


 先ほどまで物腰が柔らかかった鬼から『殺気』が放たれた。

 それはまごうことなく……鬼、そのものだった。


 え……何、これ……鬼はあたしに一切触れていないのにも関わらず、あたしは全く身動きができない。


 そのまま声も発せずに後ろにしりもちをついてしまう。身体の震えが止まらない。

 その恐怖はお化け屋敷とかで味わったものとは全く比にならないもの。

 とにかく、怖くて怖くて……精神が押しつぶされそうで、気を失ってしまいそうなくらいに、狂ってしまいそうなほどに怖くて……!


 怖い、助けて……! でも、一切の声が出せなくって、のどにつっかえた感じになってて……!!


 しかもここは自宅。逃げ場はない。

 目の前には巨体。あたしは普通の女子中学生。


 無理だ。死ぬしかない。


 やだ……嫌だ! 死にたくない! あたしにはお母さんもお父さんも、あやねえも、恵里菜えりなも……そして、吹奏楽部のみんなだって、学校のみんなだっているのに……!!

 なんで、こんな! なんでこんな理不尽な死に方をしなきゃいけないの!!


「……申し訳ございません」

「っ……!!」


 鬼の重低音の声が頭を激しく揺らす。痛い……怖い……!


「ですが……私にだって、仲間がいるのです。帰るべき場所に、帰らねばならないのです」


 何を言っているのか一切頭に入ってこない。あたしの頭は全てを拒絶する。

 それが精一杯の抵抗だった。……逃げたり、叫んだり、反撃したりなんて……できなかった。


「許せ……!」


 あたしの頭ぐらいある両手がバチンと組み合わされる。黒く気味の悪いもやもやとしたオーラが手を包み込んだ。

 そして、その組んだ手を頭上に持っていき――遠慮なく、あたしの頭に振り下ろされる。


 ……ごめん……恵里菜……っ……。


 あたしは目をぎゅっと閉じて、唐突に訪れた最期を待ち構えた。





 しかし……いつまで経っても、その衝撃は来なかった。


「……間に合った!」


 息を切らせて玄関前に一人、女性が立っている。

 やたら長いツインテール。この、姿は……見慣れている。

 いつも、あたしの家で見かけている。


「……あや姉……?」


 もしかして、あたし……助かった……の……?


「ケガはない!? 大丈夫!? 生きてる、あんた!?」


 どさっと温かく柔らかい感触があたしの身体を包み込んだ。

 何が起こっているのか分からない。けれども……。


「あや姉……怖かった……」

「かおる……」

「怖かった! 怖かったよおおお……っ!!」


 今まで味わったことのない恐怖から解放されたあたしは、まるで小さい子供みたいに思い切りあや姉に泣きついた。



--※--



「あたし、大学で『架空間かくうかん横展開よこてんかいシステム』の研究をしてるんだ。今まで言ってなかったけどさ」

「『架空間横展開システム』……え、それって『カクヨム』のこと?」

「そう。……これ、ただの小説投稿サイトに見えるでしょ」


 あや姉はスマホを取り出して、カクヨムのアプリの画面を見せた。


「でも……そうじゃない。このシステムは、架空の空間同士を橋のようなもので架けて、それを横展開……つまり、本来一緒に存在しえないようなモノ同士を同時に存在させることができるシステム。

 簡単に言っちゃえば、他作品同士の無茶なコラボを実現するために存在するシステムなんだ」

「……え?」


 一体何を言ってるのか分からない。というか、結構メタ入っている気がする。


「ここに投稿された小説は、架空の空間として顕現するようになるんだよね。言い換えれば異世界として存在するようになる。あたしたちの知らない、どこか別次元の空間でね?

 そして、この架空の空間……まあ、言ってしまえばあたしやかおるたちが生きている『限界リスナーになりた~い』の世界のことね。そんでこの世界に『カクヨム』が本格的に導入されることになってさ、ウチの大学で研究プロジェクトが立ち上がったの」

「んんん……?」


 理解が追い付かない……。


「で、今少し『チーかま』の要素をこっちに横展開しようと企画をしているんだけど……なぜか魔物だけしかコピーできないし、それもちょっと様子が元の世界と比べて変みたいだし」

「うん……?」

「だって、さっきいた鬼。『チーかま』だとスーツなんて着てないし、そもそも喋ったりしない。それに細かいことを言えば、ちょっと体格が向こうに出てきたやつと比べて小さいし、あと黒いオーラをまとう描写は向こうだとなかったんだよね」

「まあ、そうだけど……?」


「それに、新種のオオカミ。最近あんた、よく遭遇してるでしょ?」

「え? あや姉、知ってるの?」

「まあ、一応あたしは研究員だしね? 異変は知っておかないと」


 一体いつあたしのことを見ているのか。ちょっと怖い。


「で、そのオオカミ。黒じゃなくてグレーって向こうで描写があるし、赤い瞳をしているなんて描写はないんだよね。多分

「え、そうだったの?」

「そうそう。まあ、それはシステムの早とちりというか、誤転送というか。そのくらいはまあ、よくあることではあるんだけど……今回の鬼のような、思いっきり別物のキャラになっちゃうのはちょっと大ごとでね?」


 まあ……明らかにおかしかった。笑えるくらいに。

 その後笑えない展開になったわけだけどさ。


「それに、かおるに危険が及んだのは非常にやばかった。慌てて消したよ、慌ててね」

「え、消したの?」

「うん。あれ、一応機械をつかってコピーして生み出した存在だしね。万が一の事があれば機械をいじって消すことが出来るようにしてるんだよ」


 ……すごいテクノロジーだな……。

 でも、ちょっとあの鬼が気の毒に思えてくる。あの鬼がなんて言っていたかは怖くて怖くて全く思い出せないけど……なんか、無理やり呼び出されて、消されて……可哀そうだな、とも思ってしまう。


「……あや姉はさ。この研究を、続けたいと思ってるの?」

「続けたい」


 即答だった。


「なんで?」

由樹よしきに会いたいから」


 あや姉は『チーかま』の登場人物である由樹推しだ。つまり、由樹のコピーを生み出したい、ということなのだろうか。

 にしても……あたしを死ぬかもしれない状況にまで巻き込んでまで、それを続けるの……?


 あの鬼みたいな、望まれずにコピーされて消える存在を生み出し続けてまで、研究を続けるの……?


「……それに。この研究は、あたしが由樹に会いたいと思わなくても手を出していたと思う」

「え……」

「だって、この研究は……あたしたちの未来を掴むのに必要な研究だから。あたしたちが、強くなるために。戦えるために」


 未来を掴むのに必要?

 ……なんで、強くなる必要が……戦う必要が出てくる?


「この研究はね、上手く行けば異世界の設定ごとコピーすることができるんだ。つまり……異能力だったり魔法だったりを使えるようになるかもしれない」

「でも、それって必要なの……?」

「あたしは、力を異世界から取り込んで……強くなりたい。将来来るであろう未知の侵略からこの国を守って……あたしたちの未来を掴みたい」


 一体、あたしの姉は……何を、言ってるんだ。

 頭がおかしくなってしまったのか。

 この国を守る? 未知の侵略? ……なんで……?


 がちゃり、と鍵が開く。母と父が一緒に帰ってきたのだ。

 この話はここで一旦お開きになったが……あたしは今日、あや姉に対する疑念が一気に膨らむことになったのだった。

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かおるんるんの限界リスナーになりた~い NkY @nky_teninu

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