拘束とネコと胸と手術と死(第4回放送)

 暇つぶしにスマホでSNS内のニュースを見ていた。


『女子中学生が新種のオオカミを捕獲』


「……これ、未瑠みるじゃん……」


 あたしの所属している吹奏楽部の後輩がニュースになってた。何でも飛びかかってきたオオカミの口をスカーフでキュッと軽く結んだ後、四肢も拘束して完全に無力化させたとのこと。

 確かにあの子の高速拘束術はすごいとは思っていたけど……まさか人間以外にも通用するとは。



 そして、当然ながら学校ではその後輩が一躍有名人と化していた。


「あれ? 粕谷かすや、なんかやっちゃいました?」


 トランペットの二年生、粕谷かすや未瑠みる。ちっちゃくていつも元気で明るい、あたしの大事な後輩の一人。ちょっとネジがぶっ飛んでいるのもご愛敬。


 そして、未瑠は元から『超高速拘束術』なるとんでもない術が使える。いつの間にか、本当にいつの間にかピンク色のスカーフで縛るという術。あたしも被害者で、話し相手が欲しいとの理由で教室に押しかけてきて拘束されて拉致されたことがある。

 ……ああそうだ、仮入部期間の時にも音楽室に近づいて来た子を何食わぬ顔でしれっと手首を拘束してたりもした。案の定怖がられて逃げられてたけど。


「なんかやっちゃってるから。というかそれ見よがしに早速あたしの手首を拘束してるし」

「スキあらば腕を磨いておかないと。あと抵抗されたらかおる先輩のおっぱい揉めないじゃないですか」


 あたしが何もできないことをいいことに真ん前から堂々とあたしの胸を掴んでくる未瑠。

 とろけきって、うっとりとした表情を浮かべている。まあ、あたし胸大きいしね。さぞ極上の揉み心地でしょうに。どやあ。


「あー……さいこう……」

「というか未瑠なら言えば揉ませてあげるから。普通に」

「分かってないですね。あえて拘束した上でぐへへなことをするのがいいんですよ」

「まあ分かる気もする。何というか、あたしと未瑠の間柄だからこそ拘束したい感あるよね」

「さっすがかおる先輩!」


 正直揉まれている側が言うセリフではないよね。我ながら。


「正直本気で嫌がってる子を無理やり、っていうのはあんまり抜けないんですよね」

「抜くところどこにあるの? え? もしかして未瑠ついてる?」

「粕谷の心にちゃんとあります。心のち(自主規制)がぼ(自主規制)する」

「なるほど理解」


 ……と、まあ。やりたい放題な未瑠なんだけど、あたしはわりかし未瑠のテンションが好きだったりするんだよね。だから結構セクハラとかに乗っかってるところある。男子のいない吹奏楽部ならこういうノリも恥ずかしくないし。


 ちなみにやるときはやる、かっこいい後輩でもあります。一年生で一人だけ入ってくれた、ちょっとおどおどした後輩の面倒もよく見てくれてるしね。




--※--




(第4回放送 https://kakuyomu.jp/works/1177354054893620045/episodes/1177354054894327861#p235


『本日のゲストは、後輩くんこと高宮たかみや芙蓉ふようくん』

『何事もなかったかのように、やり直さないでください!』

『何のことかな? 後輩くんを気絶させて縛りつけたのは私じゃないからね』

『とりあえず縄を解いていただけませんか?』


 あたしが拘束されたのと同じように、なんか芙蓉くんも会長さんに拘束されていたらしい。どうやらこちらは無理やりらしいんだけど。


『とにかく、凛花が後輩くんをゲストに指名したけど、このコーナーは後輩くんより私が目立つためのものだから、喋らせるわけにはいかないのよ』


 ちなみに無理やりの理由はこういうことらしい。


「はああ……しおふよてえてえ……」


 今回は芙蓉くん回とのことなので、芙蓉推しである親友の花岡はなおか恵里菜えりなと一緒に見ている。銀縁眼鏡の奥にある目がものすごく細くなってる。なんかすごく幸せそう。


『バレちゃったにゃん』

『語尾を変えても、ダメですよ』

『にゃにゃ、ダメかにゃ?』

『駄目ですよ』

『どうしても、ダメかにゃ?』

『ダメにゃ』


「にゃあっ……」


 唐突に現れたネコ芙蓉くんにネコになって死ぬ恵里菜。何かネコ耳が生えてる気がした。


『許してにゃん』

『許すにゃん……あれっ?!』


 ……というか普通に会長さんが可愛すぎる。ネコのコスプレ似合いそうだなあ、会長さん。その姿のまま戦ってほしいまである。


「そうやって懇願されると許しちゃうよにゃあ……あれっ!?」


 やばい!? 何という感染力!?

 もしや、これが噂に聞いていた新型ネコロナウイルス……!?


「かおるぅ……」


 死んでいた恵里菜がネコ耳をぴくりとさせてゆっくり起き上がる。……生えてる気、ではなかった。生えてた。


「えりにゃ?」


 あ。もうダメだ。あたしもダメだこれ。

 あたしがネコで、あなたもネコ。全てがネコ。行きつく先はネコ。

 ネコばんざい。ネコばんざい。ネコをたたえよ。にゃにもかもネコになれ。


 ネコになれ。


 ネコになれ。


 ネ コ に な れ 。



「にゃあ」


 えりにゃはネコになった。


「にゃー……」


 あたしもネコになった。


「にゃんにゃん」

「ふにゃあ……」

「うにゃにゃにゃ」

「にゃううぅ」

「にゃ」

「ごろろろろ」







 こうして世界はネコになった。


 すべてはネコに帰す。にゃー。






 おわり













「終わらないよ!!!!!!!!!!!!!!」

「ふにゃぁっ!?!?!?!?」


 恵里菜があたしの胸を思い切り掴んできたおかげで正気に戻った。

 そうだ。全てがネコに帰す未来なんてあり得るはずない。


「続きあるから読もう、かおる」

「う、うん」


 若干息の荒い恵里菜に気おされて、あたしは放り投げられていたスマホを手に取る。あたし、スマホを雑に扱っている気がするんだけど……傷一つついてない辺り結構丈夫だよね。


『後輩くんはお尻よりおっぱい派よね』

『……黙秘します』


「あ……」


 恵里菜が自分の胸を突然気にしだした。

 ……ないわけではない。ないわけではないし、何ならこのくらいのサイズが好きだっていう人もかなり多いはず。確かに控えめなサイズではあるが、恵里菜の胸はとにかく形が綺麗……だと思う。服の上からでしか見えないからわかんないけど。


 でも。恵里菜はやっぱり控えめなのが気になるらしい。


「……恵里菜?」

「かおる。分けて」

「痛い痛い痛い」


 明らかに力のこもった掴み方をされた。これはちぎれる。

 というかちぎったところでどうくっつけるんだ。誰も得しないよ。悲しい戦争だよ!


「わたしの胸じゃ芙蓉くんを振り向かせられない!!」

「落ち着いて落ち着いたたたたたたたた!!!!」

「分けて!! 分けて!! ねえ!!!!」

「無理無理無理無理むりー!!」


 そんなあたしたちの哀しく悲しい争いをよそに、会長さんは芙蓉くんに改造手術を施そうとしていた。


 ……展開が飛びすぎてて分からない? ごめん。でも、実際に起こってることなんだよね。


「……あ。そうだ。粕谷さん、いる?」

「はいはーい! 恵里菜先輩、何用でしょうか!」


 唐突に恵里菜が未瑠を召喚した。……あれ。嫌な気がする。


「ちょっとかおるを拘束してもらっていい?」

「分かりました!」

「えっ、ちょっと待っ……」


 あたしが止めてというヒマすら与えず、未瑠は一瞬にしてあたしの両手両足をスカーフでそれぞれ縛り付けて自由を完全に奪った。

 一体何が起こっているのかすら分からない。ただ、あたしの身体の自由が奪われたという結果だけが残る。


「ありがとう、助かったよ!」

「いえいえー! それでは粕谷は取材が入っているのでこれで!」

「未瑠ーっ!?」


 あたしの叫びも空しく未瑠はどこかに行ってしまい、再び恵里菜と二人きりになる。


「……さて」


 銀縁眼鏡の奥の瞳が虚ろに光った。


 ……あ、あたし。死ぬんだな。


「かおる。あなたは巨乳病という重い病を患わっているみたい」

「えっ……て。まだ常識の範囲内のサイズだと思うけど」

「ニホン文化の影響を深く受けてしまったんだね……」

「いや遺伝だと思うけど」

「うっさい!!」

「ご、ごめんなさい!」


 ……わりとマジで怒られた。


「とにかく。その巨乳病はわたしが貰う」

「言ってることがおかしいよ?!」

「大丈夫。わたしには手術の極意があるから」


 冷や汗が伝う。


「極意……?」


 恵里菜はどこからともなく、マグロ解体用の包丁を取り出す。


「心臓が止まれば……人は死ぬから」






 こうしてあたしの胸は恵里菜へと捧げられることになった。

 その代わりあたしの胸は金属加工され、どんな攻撃でも完全に無力化する鉄壁じみた硬度を手に入れた。


 でも、やはり。胸がないと、違和感がすごい。

 それに……あたしの女性としての魅力の一つを失ったのだ。


 あたしの怒りは、爆発した。


「わたしは、あなたのマスターの恵里菜。よろしくね、かおるマークツー」

「ピロン。マスターエリナ。認証拒否」

「……え?」

「爆発シマス。爆発シマス」

「え」

「爆発5秒マエ。4。3……」

「ちょっ、まっ……まって、ねえ、まって!?」

「2……1……」


 爆発(物理)だけど。


「0……!」


 どかあああああああああん。


「0……!」


 ぼごおおおおおおおおおん。


「0……!」 


 ずどがごおおおおおおおん。



 世界はほろんだ



 おわり




















「終わらないよ!!!!!!!!!!!」

「うわっ!? 生きてた!?」

「生きてるし! それにホントに手術なんてしないから安心して!!」


 いつの間にかあたしの拘束は解け、普段通りの恵里菜が目の前にいた。当然マグロ解体用の包丁なんてものはどこにもない。

 さっき見た光景は幻覚だったんだろう。多分。きっと。


「……かおる」


 恵里菜の目が真っすぐあたしを見据える。

 シリアスな雰囲気を感じ取って、あたしは恵里菜をじっと見つめ返した。


「わたしね。かおるの胸がここまで羨ましく思ったのは初めてだった。芙蓉くんには会長さんとくっついてほしいって思っているんだけど……それでも、やっぱり芙蓉くんの好みになりたいって気持ちも、わたしにはあるの」

「うん……」


 恵里菜は『草葉の陰から推しを見守っていたい』タイプのオタクだと前に言っていた。けれども……やっぱり、好きな人の好みではありたい気持ちというのもあるみたいだった。その人がたとえ架空の人物であるとしても。


「だから、芙蓉くん好みなんだろうなあって胸を持ってるかおるのことが羨ましくて……取り乱しちゃったんだ。まずは、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに恵里菜が頭を下げるものだから、あたしはその頭を優しくなでてあげた。


「大丈夫。気にしてないよ。……それに、芙蓉くんがおっぱいだけで付き合う人を決めるような人だと思う?」

「……くすっ、そうだよね。本当に大事なのは、もっと別のところにあるよね」

「うん。……元気、出た?」


 恵里菜は、顔を上げて……ちょっと泣きながらも、にこりと可愛らしく微笑んで。



「くすっ、おかげさまで」



 心がぽかぽかと、あったかくなった。





 でも……思うんだけどさ?

 別に芙蓉くんはお尻よりおっぱいが好きとは一言も言ってないよね??

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