微睡むボクとさいきょうの魔剣 

南川 佐久

第0話 さいきょうの魔剣を、この手に


 朝。小鳥のさえずりと共に窓から差し込む朝陽に目を細める。

 かつてはこの可愛らしい鳴き声と共に起床し、魔剣を携えて冒険の旅に出かけたというのに。旅の目的を見失って帰ってきた僕のすることと言えば、昼まで寝て、夜に寝ること。それくらいだ。 

 枕元には、剣のおさまっていない鞘。

 中身の剣は……もうどこかへ行ってしまったよ。


「ラスティ、起きてください。身体のリズムが崩れると、生命活動に支障をきたしますよ?」


 いつの間にやら部屋に入り込んでいたのは、かつて一緒に旅をした『まけん』のキャリヴァーだ。


 この世界では、ひとの姿をした剣は『まけん』と呼ばれ、主である冒険者と共に、ときにひとの姿のまま、ときにその身を剣に変えて戦う――生きた魔剣。

 キャリヴァーは、冒険を終えた後でも僕の身の回りの世話を焼いてくれる、世話焼きな『まけん』だった。


「ん~……いいじゃないか、別に。特にすることもないんだし」


 生きている、理由もないし。

 だって、僕らの旅は失敗に終わったんだから。

 投げやりに布団に籠ると、キャリヴァーはバサッとそれを剥いだ。


「もう、いい加減にしてください!主である貴方に身体を壊されたら、私はどうすればいいのですか!」


「どうもしなくていいよ」


「それではダメなんです!主を守り、共に冒険するのが私達『まけん』の生きがいなのですから!」


「知らないよ~」


 僕は、現実を忘れていつまでもこうして布団に包まっていたいだけなんだから。

 お願いだから、そんな懐かしい言葉をかけないで。

 『彼女』のことを、思い出してしまうだろう?


「さぁ、ご飯ができていますよ。一緒に朝食といたしましょう!」


「うわ、待って。引っ張らないで……」


 キャリヴァーは、僕とそんなに歳の変わらないように見える女性だけど、力はすごく強い。髪は金髪で腰まで伸びていて、白いワンピース姿でも背筋がしゅっとした、ひいき目に見ても美女だ。


 かつて僕が冒険者として『最強の魔剣』を手に入れようと息巻いていた頃、伝説の魔剣として刺さっていた彼女を、僕が台座から引き抜いた。

 だから彼女は僕の『まけん』で、冒険をやめた今でも甲斐甲斐しく尽くしてくれているが、『最強の魔剣』も主がぐうたらではただの世話焼きメイドさんに成り下がってしまう。


「ねぇ、冒険をやめた枯れっ枯れの僕なんかに構ってないで、新しい主を探したらどうなの?」


 問いかけると、キャリヴァーはぴしゃりと言い放つ。


「そのつもりはありません」


「どうしてさ? かつて『最強の魔剣』と謳われたキミがこんなメイドの真似事なんて……僕が言うのもアレだけど、宝の持ち腐れだよ? 今のキミでは、僕のためにご飯を作って洗濯をして……村の子どもに稽古をつけてあげるのがせいぜいだ。もったいないよ」


 主である僕がそう言うのだから、キャリヴァーを縛るものは何もない。

 どこへでも望むところに冒険に行けるのに。

 彼女は、彼女の意思でここにいるのだ。


「ねぇ、どうしてキミは未だにここにいるの?」


「こんな私にも、できることがあるからです」


「いったい何を?誰のために?」


 キャリヴァーはすぅ、と息を吸い込むと一言、告げた。


「『最強の魔剣』が、造れます」


「え――」


「かつて貴方も目指していたでしょう?『最強の魔剣を手にしたい』って。『そのために冒険に出たんだ』って。だから私はその夢にのった」


「それ、十代の話でしょ?いったい何年前の話を――」


「約五年と四か月前の話です。私は貴方と出会った。他の多くの『まけん』を引き連れながらも、全ての『まけん』に信頼される貴方に惹かれ、その手を取ったのです」


「昔の話だよ」


「貴方は今も変わらない。その中身も、その夢も――」


「昔の話だよ……」


 そう呟く僕の手を、キャリヴァーはぐっと引いて立ち上がらせた。


「貴方の夢を叶えましょう。それが、『彼女との約束』を果たすことになる」


「……!」


「私と共に、『最強の魔剣』を造るのです」


      ◇


 それから僕たちは、『最強の魔剣』を探す旅に出るのではなく、手元にある『まけん』を研究して、彼らから得られる細胞から性質を分析、数多の金属と溶接、合成を繰り返して『最強の魔剣』を造りだそうとした。


 しかし、現在この世で最強と謳われる一振り、エクス・キャリヴァーの体細胞に適合し、その能力を更に高める性質を持った金属や相性のいい『まけん』の細胞には中々巡り合えなかった。何をどうやっても、結局はキャリヴァーの劣化版になってしまう。


「はぁ……やっぱり無理だったのかなぁ?『最強の魔剣』を造るなんて……」


 僕にはやっぱり、『彼女との約束』を果たすことなんて――


 冒険者時代に得た報酬や謝礼を費やして建てた研究所。その一室でソファにもたれかかりながら天井を見上げる。壁一面には、僕が昔手に入れた『まけん』やその他、世界中から金に物言わせて集めた剣がずらりと並んでいるが、どれも全て試し終わったものだ。そのどれもが、ダメだった。

 大きなため息を吐いていると、白衣姿のキャリヴァーがコーヒーを差しだす。


「ねぇ……キミはどうして、ぼくのためにここまでしてくれるんだい? 慣れない実験も勉強も、人一倍がんばって。貴重な細胞を研究の為に提供してさ?」


 その問いに、キャリヴァーは淡々と返す。


「主である貴方の役に立つことが、『まけん』である私の喜びですので」


「嘘だ。キミたちは主と共に冒険するのが好きなんだろう? 僕に尽くすことが楽しいわけじゃない。それに、僕はキミに一度もそんなことは頼んでいない。細胞を提供してくれるのは嬉しいが、キミが無理に実験を手伝う必要は――」


「私のことを気遣ってくれるのですか? ですが生憎、私は彼女に貴方を託されましたので」


 『彼女』というのはおそらく、『まけん』フランベルジュのことだろう。

 


 フランは僕の幼馴染で、僕の初めての『まけん』だった。

 彼女という一振りを携えて、僕は意気揚々と旅に出た。『最強の魔剣』を探しに。


 『いつか最強の魔剣に出会って、手合わせしたい。そうして最強になりたい!』


 それが、彼女の口癖だった。


 『次の街はどんなところ?』


 『美味しいものが沢山あるといいね?』


 『も~う!強いまけんはいないの?私より強いまけんはさぁ!!』


 『東と南大陸は、あらかた倒し尽くしたからね。そのうちの何人かは、僕らについてきてくれたし。もうリュックがいっぱいだよ』


 『まだまだ!世界はあと半分残ってるよ!』


 どこへ行くのも、一緒だった。

 小さい頃から。朝も、昼も、夜も。


 フランはその赤くて煌めく刀身のように、きらきらとした笑顔の絶えない子だった。どんな強敵にも果敢に挑み、燃えるような勇気と情熱を秘めた『まけん』。その明るくて前向きな笑顔に、何度励まされたことか。

 人より少しだけ収集癖が強いだけの僕が、伝説の冒険者と呼ばれるようになったのも、すべては彼女のおかげだった。


 でも、彼女は旅の途中で命を落としてしまったんだ。僕を庇って、その身を挺して、強大な力を持つ敵の前に立ちはだかった。


 結果、彼女は折れてしまったんだ。


 儚い火の粉が、舞うように。

 炎の刀身は揺らめいて……粉々に砕け散った。僕の、目の前で。



「彼女に僕を託された?そんな話、僕は聞いていない」


「貴方には内緒にしてくれ、と言われていましたから。乙女同士の秘密です」


「そんな、今更……彼女を失った僕には、生きる希望も、意味も、価値も。何も残されていないのに……」


 僕らは最強を求め、旅に出た。

 そして、最も大切なものを失ったんだ。


 そう。僕にはもう、何も――


「――ラスティ」


 キャリヴァーが、名を呼ぶ。でも、彼女が名を呼ぶことは無い。


「キミに、何ができる?キャリヴァー?」


「『最強の魔剣』が、造れます」


「それはもう、散々試したじゃないか?」


「ラスティ。彼女はもう、帰ってこない」


「…………」


 知ってるよ。


 粉々に砕けた魔剣をどれだけ拾い集めようと、刀身が再生することはなかった。

 どれだけ、手を尽くしても。

 どれだけ、懺悔し、祈り、願っても――


「ですが、貴方の中で、生き続ける」


「…………」


「夢を――叶えるんです。どんな手を、使っても」



      ◇



「ねぇ、ラスティ。私に考えがあります」


 ある日私は、自らを母体として交配を繰り返すことで、最適な組み合わせを見つけ出すように提案した。

 この研究が行き詰っているのは、私という『伝説のまけん』に適合する金属や物質が存在しない点にある。であれば、解決策として考えられるのは、元となるその物質を私が生み出せばいいというだけだ。どうして今まで、こんな簡単な方法を思いつかなかったのだろう。

 話を持ち掛けると、ラスティは心底軽蔑するような眼差しを向けた。


「できるわけがないだろう?そんな、非人道的で倫理観に反する行いは」


「ですが、私達『まけん』に対する世間の扱いは、通常と剣と同じく物質です。溶接して合成することと、どう変わりがあるの?」


「どうもこうも、その考え自体がおかしいんだって! こうして普通に暮らして、話ができる。いくら剣に変身するからといって、姿かたちは僕たちと全く同じものなのに! それでどうして好きでもない奴と交配するなんて考えができるんだ!?」


「ラスティ……」


「だいたい、そういう趣旨の論文を出しても誰にも目を通してもらえないこともおかしい。僕のことを『まけん』に魅了された性的倒錯者だとか、感情を移入し過ぎた冒険者の成れの果てだとかいう奴までいるんだよ!? おかしいのはそっちだっての!」


「わかった、わかりましたから。おさえて……」


「もう、イヤになるよね! 一回くらい滅ぼしてもいいんじゃないかなぁ? こんな世界!」


「…………」


 そう言ってくださるのは、世界でも貴方ただひとりですよ。


 だからこそ、多くの『まけん』が貴方についてきたのだし、私は貴方の役に立ちたいの。また、この世界に生きる意味を見出して欲しい。


 『彼女との約束を果たしましょう』なんて言ったけど、本当は、彼に『生きる意味』をもたせることが目的だった。

 明確な目標を示し、立ち上がる意思を与えること。

 それが、彼の為に、私にできる唯一のこと。


 私は、過去の記憶に想いを馳せる。


      ◇


 それは、暗くて寒くて、誰も来ないような深い森の奥。

 苔のたくさん生えた古びた岩に、私は刺さっていました。


 来る日も来る日も、時折この身の柄にとまる小鳥のさえずりだけを楽しみに、長い年月を孤独に生きてきた。そんなとき、彼らがやってきたんです。


『さむ~い! 私さむいのキライ! 髪の毛いたんじゃうよぉ! ねぇ、ラスティ。本当にこんなところに伝説の魔剣があるの?』


『あるって。絶対ある。だって、物知り賢者のグラムがそう言うんだから、間違いないよ』


『え~? あの、胡散臭いおじさん?』


『こら。大先輩に向かっておじさんは無いでしょう? あ~あ。一緒に来て欲しかったなぁ、まけん・グラム。いつか手にするまで、またスカウトに行かないと……』


『私がいるからいいでしょう? この浮気者!』


『浮気って……グラムはおじさんだけど。僕にそっちの趣味は無いよ?』


『でもかっこいいイケオジだった!』


『え~。そっちが浮気じゃん……』


(なんだか、楽しそうな声……)


『お。あった』


『ほんとにあった~!』


『『あった! 本当にあった!!』』


『信じられない……! なんて力を秘めた魔剣なんだ……!』


『すごい! すごいよラスティ!』


『きらきら黄金に輝いて……光の加減によっては七色に揺らめいているようにも見えるかな? さっすが伝説の魔剣。わぁ……すっごく綺麗……』


(そんなに褒められると、照れますよ……)


『うわっ。台座が苔だらけじゃん! 早く抜いてあげようよ!』


『そうだね。じゃあ早速!』


 ぐぐぐ……


(私、そんなに力いれてないのですけど……抜けませんか?)


『はぁ……はぁ……非力な僕には無理だ……』


『力の問題じゃないって、こないだ豪語してなかった? 必要なのは、まけんと対話することだ、とかなんとか言っちゃって……』


『うっ……言ったけど……でも、全然びくともしない……!』


『じゃあやめる?』


『何バカなこと言ってるの!? ここまで来たんだ! それに、相手は伝説の魔剣だよ!? そう簡単に諦めるわけがないだろう!?』


『はいはい。好きなだけど~ぞ』


(ふふっ……きらきらしてて、わくわくするような話し声ですね。若い冒険者なのかしら?)



 ――いいなぁ……



 眩しかった。羨ましかった。そうして、心の底から思ったの。


 ――『ああ、彼らと一緒に旅がしたい』って。


『あ。いてっ!』


『わっ。急にひっくり返ってどうしたの!? 大丈夫、ラスティ?』


『…………』


(あの……なんて言えば、いいのかしら?)


『抜けた……』


『うそ……』


『『やったぁ~!!』』


『ああ、まずは自己紹介か。ええと……はじめまして、エクス・キャリヴァー。僕はラスティ。もしよければ、僕たちと一緒に旅をしないかい?』


 そんな風に声を掛けられたのは、長い年月の中で初めてでした。

 人と話した記憶なんてもう忘れ去ったと思うくらいに昔のことだけど、そのたびに私はただの道具だったから。


 あるときは希望の旗印。またあるときは恐怖の象徴。

 ひとの姿になることなんて無くて、ただ剣として、その役割をこなしました。多くの者が、それを望んだから。


(だからあのとき……とっても嬉しかったの)


 鞘から出してもらって、ぴかぴかに磨いてもらって。『ひとの姿にはなれるかい?』って話しかけてもらえて。


      ◇


 ねぇ、フラン? 私の大切な友達――


(私はまた、彼のあの笑顔に会えるかしら……?)


 うきうき、わくわくするような冒険を、一緒にできるかしら?


 また、一緒に……



「もう。キャリヴァーも急に何を言い出すかと思えば……戦わなさすぎて頭が錆びちゃったの? ちゃんと定期的にメンテナンスはしているはずだけど?」


(…………)


 だから私は、嘘をついた。


「錆びてなど、いません。私はいたって真面目です、ラスティ」


「は?」


「貴方が『最強の魔剣』を望む以上に、私が『最強の魔剣』を見て見たいのです。この目で――」


 ――貴方と共に。


「せっかくなら、自ら生み出したい。その母になりたいと、そう思ったのですよ」


「たとえ好きでもない奴と交わることになるとしても?」


「はい」


「属性が合わなければその身に危険が及ぶこともある。それでもかい?」


「はい」


 だって、それが……貴方の為に私にできる、唯一のことだから――


「お願いします、ラスティ。この身を賭けた、禁忌の実験に……了承を」



      ◇



 私という伝説の魔剣とその他の強力な『まけん』を交配させる実験は、思った以上に難航した。幸い私は美女だったので、相手をしてくれる『まけん』が絶えることはなかったが、それでも、この身に『最強の魔剣』を宿すことは中々叶わなかった。


 ラスティの懸念どおり、属性が合わなくて火傷をしたこともあるし、激痛に襲われたこともある。強大な魔力を持つ氷属性が相手のときは全身に凍傷を負ったこともあったし、呪怨の属性を持つ者の力で体内を毒が駆け巡ったときは、胃からせりあがる血を吐き出し続けた。


 それでも、私は諦めなかった。


(ああ……『恥ずかしいから』と理由をつけて、実験室の壁を厚くして、誰にも見えないようにしてもらったのは正解でしたね……)


 叫び声をあげすぎて、最近喉の調子がおかしいくらいだから。


 結果として何人かの子どもを産むことには成功したのだが、どの子も可愛いだけで、私に及ぶポテンシャルを秘めて生まれてはこなかった。


(まぁ、可愛いからそれはそれでいいのですが……おかげで、研究所は少し騒がしくなりましたし)


 ラスティは、そんな子どもたちも一緒になって育ててくれた。そして、父親である『まけん』に望まれれば、彼に親権を一任することもあった。

 小さな『まけん』をまるで人間の子のようにみんなで育てて……


 でも、ラスティはたまにどこか上の空だった。

 それはやっぱり、一番仲の良かったフランベルジュのことが忘れられないからなんだと思う。


(どうすれば……あのときのような笑顔を取り戻してくれるの……?)


 そんなある日。研究所の奥から、すごく嬉しそうな声が聞こえてきた。

 それはまるで、私を初めて見つけたときのような、喜び勇んだ声で――


「キャリヴァー! 遂にやったぞ! 『あの子』が覚醒した!!」


「ええと……『あの子』とは……」


「末っ子の、ダーインスレイヴとの間に生まれた子だよ!」


「……!!」



 最後の交配相手、ダーインスレイブ。

 彼はこの話を持ち掛けたとき、最初は反対だった。

 『そのような命を弄ぶ禁忌の実験に、加担はできない』と。

 そして、『見下げ果てたぞ、エクス・キャリヴァー』とも言われた。


 私はそれが、少し悲しかった。

 だって、彼は私に並び立つような強さを誇る『まけん』の一振りだったから。

 伝説の魔剣である私に気後れすることなく意見し、刃を交わすことができる。そんな彼のことを、心のどこかで互いに力を高め合う好敵手――対等な存在だと思っていたからだと思う。


 だから、酷く軽蔑されて悲しかった。

 けれど、私の《願い》も、それくらいのことで折れるものではない。

 私は彼にもう一度問いかけた。


「禁忌の実験だとわかっていても止めない……いいえ、止められないのは、これが『ラスティの望んだこと』だからでしょう?」


「ラスティを唆したお前を……俺は許さない」


(…………)


 私の本当の《願い》を口外したのは、これが初めてだった。


「ねぇ、ラスティに……また笑って欲しいと思わない?」


「……!」


 彼は研究所――というか、ラスティがおさめた数ある魔剣の中でも、特に『最強』に近い『まけん』だった。

 私が世界の『光』を集めたような剣であるのなら、彼は世界中の『闇』を集めたような存在。一度鞘から抜けば、生き血を吸い尽くすまで納まらないとすら噂される、最凶の魔剣。


 でも、実際に会ってみるとなんてことはない、心優しい青年だった。

 打ち捨てられて寂れた古城の地下に眠って――いや、封印されていた……孤独で優しい青年。


『俺に近づく者は皆、不幸になる。呪われる。共に旅など、そんな夢物語――』


 そう吐き捨てた血まみれの彼の手を、ラスティはそっと握ったの。


『僕たちと一緒に来れば、きっと楽しい物語になるよ』って……


 彼も、ラスティのことが大好きだった。

 だから、『彼のためになるのなら』と――父親となることを選んだの。



 そんな中に舞い込んだ、待ちに待った嬉しい報せ。

 生まれてすぐに心肺が停止して、蘇生させたあとも集中治療室に入り続けていた『あの子』が、遂に覚醒したのだ。


 私とよく似た銀糸の髪に、彼から貰った金の瞳の……女の子。

 目覚めたばかりの瞳から発するオーラは七色にゆらめいて――

 一目でわかった。この子こそが……『最強の魔剣』になりうる存在なのだと。


「よかった……これで、私達の望み……『彼女との約束』が果たせますね!」


 そう尋ねると、ラスティは一言――


「あぁ、目が覚めて本当によかった!なんて可愛い子なんだろうね!ふたりとも!」


 そう、言ったのだ。


 私は、ラスティのことと『最強の魔剣』にこだわるあまりに大切なことが見えていなかった自分を恥じた。

 目的の達成と《願い》の成就。そして、数年ぶりに見るラスティの笑顔に、涙が溢れて止まらない。隣を見ると、ダーインスレイブも同じように泣いていた。


 この実験は、禁忌の実験だったかもしれない。

 でも、私には後悔なんて何ひとつなかった。


「この子を最後まで育て上げることができれば、『最強の魔剣』を手に――」


「ああ。間違いない。この子はきっと、『最強の魔剣』へと僕らを導いてくれる……ふたりのおかげで、彼女との約束が果たせるよ。ありがとう」


 心からのほっとしたような笑顔に、私達は頷いた。


「おめでとう、ラスティ。こんな俺でもあなたを笑顔にできたなら、それ以上に望むものはない」


「母親としても、こんなに嬉しいことはありません。ほんとうに、よかった……」


 眩しい笑顔の貴方に、また会えて……


 あぁ、大切な、大好きなラスティ。

 私たちに沢山の温もりをくれて、ありがとう。


 こんなに嬉しい気持ちは、きっとこの世のどこを探しても無いでしょう。

 たとえ、暗くて寒くて、誰も来ないような深い森の奥に冒険に行ったとしても。


(心から……愛しています)


 もう、この声が出なくとも構わない。

 この想いを彼に伝える必要は――ないのだから。



      ◇



 僕は、遂に『最強の魔剣』となりうる『まけん』を手にした。


 あれから月日が過ぎ去り、この子――エクス・キャリヴァレリアは期待以上の成長を見せている。だが、その代償は大きかった。


 母親であるキャリヴァーは繰り返される実験の中で摩耗した結果、毒と病に侵されて視力と声を失った。黒い目隠しをして、どんな問いかけにもこくりと頷く彼女。

元のような美しい瞳をみることも、その綺麗な声を聞くこともかなわない。

 しかし、それでも彼女は笑っていたんだ。


 それがどうしてか、ボクを憎んでいないのかと尋ねても、理由は教えてくれなかった。唯一そのワケを知っていたダーインスレイブは、こっそりボクだけに、とその理由を明かす。

 キャリヴァーは、最後に言ったのだ。


『貴方の希望に満ちた姿をまた見ることができてよかった』

『彼女との約束なんて二の次で、私は、その顔がまた見たかったのだ』と。


「キャリヴァー……キミは、本当にそれでよかったのかい?」


 こくり……


「わかった。だったら、約束しよう」


「?」


「キミと彼女に報いる為に、ボクは最強を手に入れる」


 ――どんな手を、使っても。


「……隣で、見届けてくれるかい?」


 こくり。


 今ならわかるよ。キミの言いたいこと。


 『それこそが、私の望んだ結末なのだから――』


 ボクはリビングでコーヒーを片手に窓の外を眺めるキャリヴァーに声をかける。

 もう、街を彩る春の花を感じられるのかはわからないけれど。


「気づくのが遅れてごめんね……ボクならもう、大丈夫」


 にこりと微笑むその表情に、きっとその胸にも春風が届きますようにと祈りながら、僕はキャリヴァーの手を引いた。


 枕元には、剣のおさまっていない鞘。

 炎を模した細工の入った、フランベルジュの――


(隣にキミがいなくとも……)


「さあ、冒険に出ようか、キャリヴァー?」


(約束は、必ず果たして見せる)



 ――『最強の魔剣』を、この手に。



                                Fin






※短編を読んでくださった皆様、ありがとうございます。

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微睡むボクとさいきょうの魔剣  南川 佐久 @saku-higashinimori

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