第29話 戦いの後
魔王ベイトル・イヴァイルを倒したホークスが凱旋し、一夜明けたその日。エクスレントの首都、オリエルは朝から活気づいていた。
鼓笛隊が軽快な音楽を奏でながら街道を縦断し、沿道にはどこにこんなに大勢の人たちがいたのかと驚くくらい大勢の人々で埋め尽くされている。巨大な亀のような生き物の背中には煌びやかな神輿がくくりつけられ、フォルターを始めエマやファルなど戦いで活躍した者たちそこに立ち、手を振って民衆の歓声に応えていた。だが、最大の功労者であったはずのホークスの姿は無い。
フォルターがエマに愚痴をこぼす。
「まったく、ホークスの奴め。直前になって怖気づいてしまうとは情けない。魔王を打ち破ったんだぞ? 今からでもここに引っぱり出して来るか……」
「同感です。神輿に乗るまでは良かったんですけどね……まさか出発した途端緊張のあまりお腹を下すとは」
エマの言う通り、ホークスは絶賛トイレでおのれの腹の具合と格闘中だった。
「それに王子。彼は決して英雄になりたいのではありません」
「何だと?! ではこれだけの活躍をして一体何になりたいと?」
「ハーレムの王だそうです」
「……は?」
フォルターにとっては思いもよらない回答を聞かされ、目が点になる。
「活躍して色んな女性のハートを射止めて、やがてハーレムを築くのが彼の夢なんだそうです」
「……あいつらしい、と言えばそうなのか……
あ、いや、ちょっと待て。ひょ、ひょっとしてそのハーレムの中にウララさんも?!」
「さあ、仲は良いですがどうなんでしょう? まあ、一緒に帰ってきた時の彼女の顔もまんざらでは無さそうでしたから、ある程度ホークスさんの実力は認めているんじゃないでしょう……か?」
ふと横を見ると、引きつった笑顔でぎこちなく手を振るフォルターの姿が。そればかりかわなわなと震え始めていた。
「フォルター王子?」
「許さん……許さんぞホークス・フォウ・ベリンバー……あの純情可憐なウララさんを、よりにもよってハーレムに入れて他の女性と十把一絡げに扱うなど!!
……そうだ、帰国したら処刑しよう。うむ、それが良い」
「いやいやいやいやいや! 全然良くないですよ!」
「心配するな。俺様直々に裁きを下してくれる」
「えー……」
エマは「ああ、この人そう言えば頭がどこかおかしかったな」と思いながら、民衆に手を振るのに専念することにした。対してフォルターはブツブツと独り言を言い始める。
「う~ん、打ち首はこの前失敗したし、同じことをやってもつまらんからなあ。水攻めにするか、それとも火あぶりか……いや、とりあえず市中引き回してからあらゆる拷問のフルコースを体験させて……ふふ……ふふふふふ……」
「(聞かなかったことにしよう……)」
一方、神輿の出て行った後の倉庫の片隅に備え付けられていたトイレから、腹部をさすりつつ出てきたホークス。頬は痩せ、目からも精気は消えていた。
「あー、何とか収まった……やっぱこういうのガラじゃないよなあ。人前に立つのとか緊張しかしないよ……ん?」
と、その時どこからともなくシロが飛んできた。
「きゅいー」
「シロ! 良かった、戦いの中でどっか行っちゃったかと思って心配して――って、いててて!」
「きゅいきゅい!」
感動の再開が嬉しかったのか、頭の上で思いっきり足踏みをするシロ。と、そこに聞き覚えのある女性の笑いが聞こえてきた。
「フフフ。仲が良いのだな」
ホークスが声の方を振り返ると、そこには女王アンドロ・サン・オリエルの姿が。
「アンドロ……良いのか? 今は式典の真っ最中なんじゃ。ていうかこんな所に護衛も無しに」
「問題ない。その為にそちは戦ってくれたのではないのか?」
「いや、まあ」
「それに直接礼を言っていなかったと思うてな。此度の件、国を代表して礼を言わせて欲しい。
感謝などしてもしきれぬが、ご苦労であったなホークス。ありがとう」
「アンドロ……あ、そう言えばあの報酬の件って」
「無論、忘れてなどおらぬよ。だが今すぐという訳にはいかん。我にはまだこの国を復興させるという仕事が残っておる。民をないがしろにするわけには……だからそれが終わるまでは……」
「ああ、分かってる。こっちこそ約束果たそうとしてくれてありがとうな。……それと、ごめん」
「何を謝る?」
ホークスは目の前に広がる倒壊した建物の数々を見て言う。
「結局、こんなに被害が出ちまった。もっと抑えられる戦い方だって出来たはずなのに……」
「ふっ、自惚れるでない。北の方の大地ではそれこそいくつもの国を滅ぼしてきた魔王軍を討伐できたのだ。それがたった一つの軍勢であったとしても、むしろこの程度の被害で済んだのは幸運と言って良い。建物など魔法でいくらでも直すことが出来る。もっとも、人々の心のケアとなると時間はかかるがな」
「そっか……」
「しっかしデタラメな奴よのう。魔道具で表の様子は伺っておったが、まさかあのような巨大な船を呼び寄せるとは」
「船って言うか、改造された俺の杖って言うか……ステイロ王立大学園の先生ですっごい人がいてさ。その人のデタラメっぷりに比べれば、俺なんて可愛いもんだよ」
「なるほど……して、今はどこに?」
「ん? 魔法で一時的に姿を隠して頭上に待機させてるけど」
ホークスが何も見えない晴れ渡っただけの気持ちの良い空を指さすと、それにつられてアンドロも一瞬空に視線を移す。
「そうであったか。ホークスよ、あまりアレは表には出さぬ方が賢明だぞ」
「え、どういうこと?」
「船であればまあ問題は無いやもしれぬ。しかし人型となった時の禍々しさときたら。
何と言うか……まるで魔王の如き畏怖を感じた」
「お、大袈裟だなあ……って待てよ? そう言えば変形した後の姿って見てないかも……え、何それ怖っ」
「ずっと乗っておったのだ、無理も無かろう」
「う~ん、そう言われると気になる……ええい! 顕現せよ、ドラゴニックカイザー!」
両手を大きく掲げたホークスの掛け声と共に、船体を覆っていた光の粒子がはがれて飛び散り、中からドラゴニックカイザーが姿を現す。
「あまり人前に出すなと言うておろう」
「まあまあ」
そう言いながらアンドロの手を取るホークスは、彼女が急な接触に戸惑う間もなく一緒に飛翔し、船より高い位置にまで上がる。
「ほ、ホークス?!」
ホークスは魔法の力で軽々とアンドロをお姫様抱っこすると、船を見降ろしながら命令する。
「よし、変形だ!」
そして魔王と戦った時と同様、人型となるドラゴニックカイザー。そしてその姿を改めて見て絶句する。
「……な、なんじゃこりゃああああ!」
ドラゴニックカイザーの変形した姿は人の形こそしているものの、雄々しく聳え立つ三つの角は良いとして左右に三つずつ、計六つの鋭い瞳を持ついかつい顔つき。背中にはドラゴンのような翼と刺々しい長い尻尾。手足には見事なかぎ爪を生やしており、胸には人相の悪いドラゴンの顔が備え付けられている。その姿はどこからどう見ても正義の味方のそれではなく……
「まるっきり悪役の乗るロボじゃねえか! リーノちゃんは何考えてこんなデザインにしたんだよ」
「呼んだー?」
と、そこへリーノ教授の操作する
「何だよこのデザイン! これじゃ悪い奴が乗ってるデザインじゃん!!」
「えー、そんな事言われてもなあ。デザインしたのはむしろキミの杖そのものさ。私は後押ししたに過ぎないよ。更に言うなら、杖がキミの魔力に呼応した結果かなって」
「え゛……」
戸惑うホークスにアンドロが声を掛ける。
「うむ、彼女の言う事も分からんでもない。ホークスよ、初めて会った時から、そちの魔力からはこの世ならざる力を感じていたのもまた事実。
あれだけ多くの者が苦しめられてきた魔王を倒した事と言い、何者なのだ?」
「……お、俺は、その……」
口ごもるホークス。そんな頃地上では突如現れたドラゴニックカイザーを一目見ようと、人々が集まり始めていた。
困っている様子のホークスを見て、アンドロは慈愛の目で見つめていた。
「だが、そちがどこの誰であろうとその身を挺してこの国を救ってくれたことに変わりはない。何よりこれだけの力を持ちながら、間違った使い方をしていない己をもっと誇るべきであるぞ?」
「え……」
「それでこそ、我の夫になるに相応しいというもの」
「アンドロ……ありがとうな」
「うむ。しかし、そちが話したくなったその時は遠慮なく申すが良い。
我はいつでも待っておるぞ」
「ああ、その時はいの一番に聞いてもらう事にするよ」
笑顔の戻ったホークスに、アンドロも安心する。
「さあ、下で民たちが待っておる! 降りて手の一つでも振ってやるがよい!」
「……」
そう聞いてホークスの顔から一気に血の気が引いていく。そして――。
「あ、あたたたた……は、腹が……また……」
再び腹痛を起こしてしまうホークスなのであった……
「きゅい~……」
しばらくの後、ホークスたちは船に戻ったドラゴニックカイザーに乗り込み、オリエルの人たちに見送られながら帰路に着いた。
そして寮に戻り、ゆっくりと寝た翌朝――。
やけにホークスの部屋の前が騒がしい事に気が付き、扉を開ける。
「何だよ、朝っぱらからうるさいな……今日は休日だろ? もう少し寝かせてくれ――」
と、そこに待ち構えていたのはネーテにニアをはじめとし、ウララ、ミリアにアマス、ネブロとファン。そんな女性陣ばかりが押し寄せていた。
「な、なんだなんだ? どうしたんだよ皆して」
「ホークス様!」
「お、おう?!」
元気いっぱいに手を握り締めてくるネーテ。対してニアはホークスの顎に人差し指を這わせながら誘惑するように囁く。
「さあ、無事に帰ってきた事だし、デートしましょ?」
「……え?」
スパチャ転生 皇魔ガトキ @theD
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