第28話 龍の皇帝

「な、何だこりゃー?! すっげー!」

 船の中に入ったホークスは驚きの声を上げた。まるでSF映画に出てくる宇宙基地のような通路を抜けて、艦橋に向かう道中。既に期待と不安が入り混じる。

 しかしウララには今一つこの凄さが分かっていなかった。

「何この通路。狭いわね」

「船の中だからなーって、お前ついてきたのか?!」

「はいそうですけど」

「そうですけどって……」

 出入口は既に閉められており、とりあえず同行してきたのはウララだけだったようだ。

「ったく、しょうがねえ――っ!!」

 その時だった。外から聞こえてきた轟音と共に船体が激しく揺れて通路の壁に思わずもたれかかる。

「うわぁ! ウララ、大丈夫か?!」

「え、ええ。何とかね」

「間違いない、魔王がこの船狙って攻撃してきてやがるんだ」

 ホークスは後ろから着いてくる闇夜の監視者マルーノ・ク・ザーヴァントに向かって話かけた。

「なあリーノちゃん」

「なんだい?」

「この船ってリーノちゃんが作ったんだろ? 大丈夫なんだろうな。さっきも魔王の攻撃防いでたみたいだけど」

「心外だねえ。」

「この前杖を預けてから数か月は経ったけど、こんなの作れるとか……リーノちゃんっていったい何者?」

「あっはっは。ただの学校の先生だよ」

「いや、その説明は無理がある」

 そして再び攻撃を食らう船体。しかしただ揺れるだけでどこかが破損したような音も振動も伝わってこない。しかしいつまでもこうしていられないのも事実だろう。リーノが少し焦り始めた。

「どうやらぐずぐずしてられないみたいだね。

 あ、その通路の突き当りに立って。扉が自動で開く仕掛けにしてあるんだ」

 ホークスはリーノ教授に言われるがまま突き当りの壁の前に立った。

 すると壁が開かれ、人が数名入れる昇降機が出現するとホークスは自然と中へ入っていく。

「あれ? 驚かないんだね」

「自動ドアに機械仕掛けのエレベーター……ワープして空に浮かぶ船作れる時点で、この程度じゃ驚かないよ」

「ワープ……? 良く分からないけど、そっか。残念」

 やがて上昇し、最上階へとたどり着くと背後の扉が開く。

「あ、こっちか――?!」

 振り返ったホークスとウララは絶句する。巨大な船とは裏腹に三畳程度の広さしかない真っ暗な部屋。その真ん中にドラゴニックカイザーが仰々しい器具に固定されて突き立てられている。逆にそれ以外は何もない部屋。

「お、俺のドラゴニックカイザーが……リーノちゃん、これって……」

「詳細は省くけど、そこはその船の艦橋にして操舵席。とりあえず、目の前の棒を握れば分かるよ」

「へいへい」

 と、ホークスが相棒に手をかざした瞬間。真っ暗だった部屋が急に光ったかと思うと周囲全域の三百六十度。球体状に外の景色が映し出される。そして今まさに、魔王が再三の攻撃を放ってくる所だった。

「うわぁっ!」

「きゃあ!」

 悲鳴を上げて思わず身をかがめてしまう二人。しかしやはり船体が揺れるだけでビクともしていない様子だ。

「……ほ、本当に何ともないのか?」

 リーノが答える。

「ああ、君の杖を元に作ったんだ。分子構成から何から何までほぼ同じ。いわばその船は兄弟みたいなもんさ。未だに何の金属で作られてるのか皆目見当もつかないけど、ちょっとやそっとで傷一つ付けられるもんか」

「す、すげえ……」

 そしてホークスが杖だった相棒を握ると、この船に関する情報が脳内に入ってきた。

「り、リーノちゃん、これって……?!」

「どうやら気が付いたみたいだね。その船は君のモノだ。思いっきり暴れてやりな!」

「おう!」

 二人だけが意思疎通しており、完全に置いて行かれているウララ。

「え、え、え、何よ? 何が「おう!」なのよ!」

「こういう事だよ!

 いくぜ! ドラゴニックカイザー、発進!!」


 ホークスの言葉と共に動き出す船、新生ドラゴニックカイザー。

 下で魔族たちと戦うフォルターがそれを見上げる。

「ふっ、正直半信半疑だったが、本当にあんな船が動くとはな……

 後は頼んだぞ、ホークス・フォウ・ベリンバー!」

 ドラゴニックカイザーは更なる魔王からの執拗な電撃を受けながらも、装甲でそれを弾き飛ばし突き進む。やがて速度が乗った頃には魔王とすれ違いざまに至近距離で交わし、相手をよろけさせた。

「お、おのれ人間風情が! 妙な船をこさえおって!」

 船は弧を描くように上昇し、艦橋ではホークスが完全に調子に乗っていた。

「はっはー! どんなもんよ!」

 対してウララは気が気ではなかった。

「あ、危ないじゃない! ぶつかる所だったわ!」

「ふん。フライトシミュレーターで鍛えた俺の腕前を信じなさい!」

「こ、こいつ……ここに来てまたゲームの話……見直して損したわ」

「何とでも言え。さあ、ここからがこいつの真骨頂だ。そうだよな?! リーノちゃん!」

「その通り! やったれ、ホークス君!」

「おう! ドラゴニックカイザー、俺とお前の力を見せてやろうぜ!」

 そんな通じ合っているホークスとリーノ教授にどこか納得いっていないウララ。

「何をするつもりだって言うのよ……安全運転なんでしょうね?」

「さあな、そいつは保証出来ない。なんせ、「変形」だからな!」

「……へ?」

 聞き慣れない単語に脳内の処理が追い付かないウララをよそに、巨大な船がガシャガシャと音を立てて姿形を変えていく。

 その様子を見ていた者は、人でも魔族でも例外なく驚いていた。

 ドラゴンの頭を胸に付けた、二足歩行の巨大ロボが顕現する。両手の拳を力強く握りしめ、ポーズを取ると同時にホークスが叫ぶ。

「ドラゴニック、カイザアァァァァァ!!」

 そんな情景にリーノ教授が感極まる。

「いいねえ! ホークス君、分かってるじゃないか!」

「まあな!」

 しかしそんなお約束の流れもウララには分からず仕舞いだった。

「な、何よいきなり杖の名前叫んで……怖いんですけど」

「え、いや、様式美というか何と言うか、変形したら叫ぶのがお約束というか……」

「やだこの人、ちょっと何言ってるか分からない……気持ち悪。近寄らないでください」

「ああもう! お前はそこで魔王を倒すかっこいい俺を大人しく黙って見てろ!」

 多少の罵詈雑言の類は慣れているとは言え、やはり気分は良くないものだった。半ばヤケになって魔王と戦おうとするホークス。しかし、そんなホークスに対して次にウララが言った言葉は完全に意外な一言だった。

「……うん、それは期待してる」

「……お、おう。……なんか調子狂うんだよなあ」

「何か言った?」

「いや別に!」

 そう返事をするホークスの顔は、どことなく嬉しそうだった。

 魔王の猛攻を潜り抜け、時には拳で魔法を跳ね返しながら上空から飛来するドラゴニックカイザー。しかし二百メートル越えの巨体が街中で戦うわけにもいかず、あろうことかホークスは魔王を抱えて首都の外へと飛び立って行く。

「何をする! ええい、放せ。放さんか!」

 暴れる魔王だったが、ドラゴニックカイザーの力の前にはビクともせずあっという間に郊外の荒野へと連れていかれてしまう。上空で分かれた二体は少し距離を置いてほぼ同時に着地する。

「ふう、これで心置きなく戦えるってもんだぜ」

「そんな事の為に我をわざわざ運んだと言うのか。そんな機械仕掛けの人形で、我を倒せると本気で思っておるのか。

 魔光旋風ディア・ドラガーノ!!」

 開幕の合図などなく、いきなり電撃の魔法を放ってくる魔王ベイトル・イヴァイル。

 しかしドラゴニックカイザーは片手を広げて前に向けるとこれを簡単に防いでしまう。

 だがそれで終わらず、電撃をまるで手綱のように掴んで握り締めると、魔王を勢いよく引き寄せて頭突きをお見舞いした。

「ぐはぁっ! な、何だと?!」

「お前の攻撃なんてもう通用するものか。今度はこっちから行くぜ!」

 そう言うと電撃の綱を放り出して再び拳を握り締める。だが魔王も負けてはいない。

「攻撃が通用しないだと? それはこっちのセリフだ! 魔障壁ディア・ブルバリオ!!」

 そう魔法を叫ぶと同時に分厚い暗黒のバリアが展開される。しかし……

「これは、街を壊されたオリエルの人たちの分!」

 と、拳一発でバリアを破壊。突破して魔王の右頬に一撃を叩きこむ。

「な、なにぃ?!」

 だがそれで終わりではない。

「これは傷つけられた仲間や皆の分!」

 もう一撃を反対の左の頬に。

「そしれこれは、お前たち魔族がこれまで殺めてきた人たちの分だぁっ!!」

 最後の一撃は拳ではなく腹部目掛けた蹴りだった。

「ぐはぁっ!」

 魔王の巨体が見事に吹っ飛び、山の斜面に背中から叩きつけられる。

「ば、バカな……人間など、群れなければ何も出来ん下等な劣等種のはず……!」

 杖にすがりながら、よろけながらも起き上がる魔王。体表を覆っている殻の所々にヒビが入っており、痛々しさと同時にドラゴニックカイザーの力の強さが物語っている。

 それは魔王にとっては心底面白くない出来事だ。魔力が体躯の大きさを決定付けるこの世界に於いて、自分と同等の相手が目の前に現れたのである。

「我は魔王、ベイトル・イヴァイルぞ! ここで負けるなど、あってはならぬのだ!

 虚空の彼方へ消え去るが良い。超魔重黒雷砲トランディア・ズィグラリーオ!!!」

 それはこれまでに無い強力な魔法だった。ベイトル・イヴァイルよりも二回りほど巨大な、幾重にも重なった黒い稲妻。それが激しくうねり大地を、山をえぐりながらドラゴニックカイザーに襲い掛かる。

「ホ、ホークス?! やばい、やばいって! ホークスさーん!!」

 逃げ場のない艦橋で体を小さくしながら恐れおののくウララ。しかし当のドラゴニックカイザーは避けようとしない。

「あんな攻撃、効くもんかあっ!!」

 ドラゴニックカイザーの胸の龍の口が開いたかと思うと、ホークスの気合い同様の咆哮を発し、その威圧で魔王が放った渾身の魔法を打ち消していく。

「……ブレスだけで消しちゃった……」

 ぽかんとするウララをよそに、ホークスが仕上げに入ろうとする。

「これで終わりだ。ドラゴニックカリバー!」

 すると龍の口が光り、中から剣の柄が現れる。

 それを手に取り引き抜くと同時に光の粒子が収束。刃となった。

「魔王ベイトル・イヴァイル。覚悟おぉぉぉっ!!」

 ホークスが叫び声をあげ、大地を蹴ったドラゴニックカイザーは背中や脚部に備えつけられた噴射口を一斉にふかして一気に間合いを詰める。すると刀身から炎が発生し、これを大きく振りかぶった。

「ゴッドフレイムゥゥゥゥ……スラアァァァァァァッシュ!!!!」

「お、おのれぇぇぇぇぇ!!!」

 そして放たれた渾身の一撃は見事に魔王の体を一刀両断。

 しばらくの後に爆散させ、完全なる勝利をその手中に収めたのだった――。

「や、やった……勝てた! 勝ったのよホークス!

 あなたが、魔王の一人を倒したの!!」

 信じられないものを見ているかのような、不思議な感覚がするウララ。魔王を倒したのだって夢なのではないかと錯覚する程だった。目の前で湧きたつ爆炎を見て、確かな手応えを噛みしめる。

「ねえホークス。あなた本当に――」

 その時だった。ホークスの体が糸の切れた操り人形のように力なく倒れ込んでしまう。

「ホークス?!」

 思わず駆け寄って抱き寄せるウララ。

「ホークス、ホークス! しっかりしてよ! ねえ、目を開けて!!」

 だがホークスの体はピクリとも動かない。

「そんな……どうして……」

 目に涙を貯めるウララの隣に飛んでくる闇夜の監視者マルーノ・ク・ザーヴァント

「古代の杖は命を吸って力に変える杖だったというわけかな……」

「そんな……」


「ぐぅぅぅぅ……すぴぃぃぃぃぃ……」


「ん?」

 ふと聞こえてきた寝息。そう、ホークスによる物だった。

「……な……何なのよ! 気絶して寝てんじゃないわよ!」

「なるほど、元々ドラゴニックカイザーは杖である以上、当然その動力源はホークス君の魔力依存だ。そして結果、魔力を使いすぎちゃったわけだね」

「……紛らわしい……あーもう! 心配して損しちゃったじゃないの!」

「まあまあ、今はそっとしておいてあげなよ。どのみち彼じゃないとそいつは動かせないんだ。しばし、勝利の余韻に浸っていなさい」

 リーノ教授はそう言うと、扉を開けて闇夜の監視者マルーノ・ク・ザーヴァントを外に出した。

「教授? どこに行くの?」

「うん、オリエルに戻って魔王討伐の報告をしてくるよ。ウララ君は彼の魔力が戻ったら一緒に帰っておいで。あ、後方のデッキに居住スペースもあるから自由に使っていいよ。それじゃ」

 そしてウララの返答も待たずに出て行ってしまう。

「ったく、勝手なんだから。

 ……けど、大魔王に匹敵するくらいの魔力量の持ち主なのよ? この男は。

 それがこの短時間で使い切るってどれだけ燃費悪いのよ……

 今回はたまたま何とかなったけど、まだまだ前途多難ね」

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