第27話 魔王ベイトル・イヴァイル
ついに現れた魔王・イヴァイルを見上げながらホークスが呟く。
「ウララ……恨んじゃうぜこのやろう。さすがにこんなのどうしろってんだよ」
そして幹部らの配下が迫ろうとする中、彼らの背後から無数の閃光が迸り次々と一刀両断していく。それは剣を携えた数十名の魔法剣士。ツァントの弟子たちだった。
「師匠、他のエリアに展開していた魔族は大方倒し助太刀に参りました!」
「上出来じゃ」
「つつつ……あれ、みんな……」
目を覚ましたファルはゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡して状況を何となく理解する。駆け寄るホークス達。
「ファル! 良かった、無事だったんだな」
「なるほど、大方ホークスがあの幹部共を倒したら魔王が出てきたってわけか」
「良いところで目を覚ましてくれたよ」
「気絶してた方が幸せだったかもな」
そんなホークス達を魔王が見つけると、低くくぐもった声で語り掛けてきた。
「我が側近共を葬り、かどわかしたのは貴様か、人間」
「あ、あはは……そうかな、そうかも」
「ロウネット、魔族を裏切ってタダで済むとは思っておるまい?」
するといつの間にか人間サイズに戻ってホークスの陰に隠れていたロウネットがヒョコっと姿を現す。
「や、やだなあ魔王様! そんなわけないじゃないですかー。何言ってるんですかもう」
前進から冷や汗をだらっだらと垂らしながら弁明するが、ベイトル・イヴァイルには何一つとして届いていなかった。
「消えよ、目障りだ」
そう言うと杖を振るい、容赦なく黒い電撃の魔法を繰り出す。
巨体に見合った大きさの電撃はその辺の建物なら余裕で飲み込めるほどの威力と大きさだ。
しかし、それはホークスがいなければの話だった。
「
ロウネットを含めこの場の誰よりも前に出ると防御魔法を発動し、大きな傘のようなバリアを前方に展開して攻撃を防いだ。
だが威力を軽減出来ているだけで勢いまで相殺できるものでは無い。
ぶつかった瞬間に電撃によって押し返され、一同がまるで箒で掃われる
その証拠にバリアから弾かれた電撃の片割れたちが周囲の建物の屋根をはぎ取り、塀を薙ぎ倒し、支柱を根こそぎ打ち貫いていく。少しでも触れれば即アウトである。
そんな中でもアマスはアマスで防御魔法を張り、ミリアを庇っていた。
「さすがアマスさんだな……
けどなんて威力だよ。
あいつちょっと杖振っただけだぞ? くっそー!」
悪態をつくホークスの背を、庇われたロウネットが見上げている。
「な、何で私を庇ったの?」
「はぁ?! んだよ、今忙しいんだけど!」
「私は魔族よ? しかも幹部! 」
「それがどうした。お前には魔王様を倒した俺に優しくするっていう約束があるだろ。だからこんな所で死んでもらうわけにはいかないんだよ!」
「そ、そそそそんな約束してないし! 勝手に決めないでよね!」
「なら、今すぐ俺を殺せよ」
「え……?」
「ほらどうした、背中はがら空き隙だらけだ。やるなら今を置いて他にないんじゃないのか?」
「いや、でも……」
そうこうしている間に魔王の攻撃は止み、ホークスも一度バリアを解除する。
するとそこへ体制を整えなおしたファルたちもやってくる。
「すまなかったなホークス。大丈夫だったか?」
「ああ、運が良かったよ」
「運ねえ。まあそういう事にしておいてやるよ。
おいお前たち、ツァントの門下生としてよそ者のホークスに後れを取るわけにはいかねえ。
俺たちもいくぞ!」
ファルの号令に「おー!」と揃って掛け声で返した弟子たちは、ファルを先頭にして魔王に向かって飛び立って行く。
その横でアマスはミリアに何やら小瓶を渡していた。蓋を開け、一気に飲み干す。そしてアマスはホークスにも投げて渡した。
「ホークス君も消耗しているでしょ。飲んでおいてください」
「アマスさん、これは?」
「魔力を回復してくれる薬です」
「なるほど、栄養ドリンクみたいな物か。ありがたく貰っておくよ」
すると飲み干したミリアが力強く声をかける。
「ホークス君、それは応急処置ということをお忘れなく。くれぐれも無茶はしないように!
さあアマス、私たちも行くわよ。これ以上被害を出させるわけにはいかないわ!」
「はい、会長!」
そして生徒会コンビは高々とジャンプすると、忍者のように倒壊した建物の上を飛び跳ねながら魔王の元へと向かって行った。
「やれやれ、血の気の多い若者たちばかりじゃな」
一連の流れを見届けながらツァントもやってくる。
「ツァントの爺さん、こいつの事見ててもらっていいか?」
ホークスはロウネットに一度視線を移して尋ねた。
「ああ、構わんよ。と言いたいところじゃが……
弟子たちばかりを戦わせて引き下がっておるわけにもいかんのでな。
例えこの剣が届かなくとも、ここでやらねば示しがつかん。
お主も自分で蒔いた種は自分で何とかするんじゃ」
そう言い捨ててツァントも飛び立って行く。
取り残されたホークスとロウネットの二人。
「ったく、忙しい連中だな。
それでどうする、俺の首を取って魔王の所に戻るか?」
「そ、そんな気分になれるわけないじゃない!」
「……そうかい。なら、一つ頼まれてくれないか?」
「頼み事?」
「この戦いが終わるまでどこかに避難しててくれ」
「わ、私に逃げろって言うの?!」
「お前の強さは恐らく大勢いた部下たちによる数の力だ。でもその部下たちももういない。だから――」
「な、舐めるんじゃないわよ! 私を誰だと思ってるの?
魔王ベイトル軍が幹部のロウネットよ?!」
「元、だろ」
「うぐっ……」
「今のお前は俺に優しくすることを約束されただけの、ただの魔族だ。
仮に俺が魔王に負けたとして、あの魔王の口ぶりじゃ裏切り者はそう簡単に許さない。
許さない結果、どうなるんだ?」
「……無数の部下を解き放って探し出し、捉えた挙句手足の自由を奪って一つづつ感覚を削ぎ落し、最長千年間の拷問の後死罪」
それを聞いてホークスがビビる。
「え……」
思わず声を詰まらせ、しばらくの間ファルたちが繰り出す剣戟と魔王の攻撃魔法の音だけが鳴り響く。
「……そ、そんなに?」
「そうよ? なに、ビビったの?」
「びびび、ビビッてなんてねえし?! ていうか、俺が倒せば済む話だし?!」
「……あんた、変わってるね」
「そうかもな。さあ、話は以上だ。そうと分かれば――」
話を切り上げて本格的に魔王退治の策を練ろうとしたその時だった。
再び上空に無数の魔法陣が出現する。
「まだ来るのかよ?!」
「そりゃそうよ。ギアピオンとビガンティスが倒されたから予定より早く魔王様が出てきただけで、幹部以下だけど戦力はまだまだいる。それでも倒すって言うの?」
「……ああ、言うよ。俺は、何が何でも倒さなきゃいけないんだ!」
「どうしてそこまで」
「魔王は勿論、大魔王も倒してハーレム王になる為だ!」
「……はあ?」
これまでの話は何だったのかと、本気で呆気に取られるロウネット。
そんな彼女をよそに、ホークスは足元に転がっている魔法道具店の看板に気が付く。今立っている場所は元々魔法道具を売っていた店があった場所のようだった。
半壊した棚の前に座り込み、何やら漁り始める。
「あんた、ホークスって言ったっけ? 本気で言ってるの?」
と、ホークスは手直にあった杖を手に取って立ち上がる。杖に着いていた値札のタグを見て呟く。
「安っ! 子供用の玩具か……でもこの際、無いよりマシかな」
「ねえってば!」
質問に答えて貰おうと食い下がるロウネットに、ホークスは一度舌を出してから言った。
「本気で何が悪い? じゃあな、また後で!」
「え、ちょ……」
「
魔法を唱え飛んでいくホークスと、見送るしか出来なかったロウネット。
「ったく、勝手な男なんだから……ホークス、か」
その頃、シェルターの中に避難していたウララ達は怯えていた。
結構な広さが有るであろうシェルターの中も今は避難してきた人たちでごった返しており、少し暑いくらいだ。
外から聞こえてくる轟音や地響きによって生きた心地がしない。傍らではネーテがニアの傷を癒している。エマが心配そうな顔を覗き込ませた。
「治りそうですか?」
「ええ、出血も思ったより少ないので。ただ、本当に危ない状態だったと思いますわ。あと少し遅ければわたくしの魔法では治らなかったかもしれません」
「良かった……」
するとマルネが尋ねてきた。
「エマさん、外の様子はどうだったんです? ホークスは?」
「今は幹部が現れ、戦っています。ひょっとしたらもう倒したかもしれませんね」
しかしその時、これまでにない地響きと轟音がシェルターを襲う。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!」
「うわっ!」
思わず両手で頭を覆うマルネ。
「ひぃぃぃぃ、あっぶなー。今のは近かったわね。
ホークスの奴ちゃんとやってるのかしら? やられてなきゃ良いけど」
ウララも当然気が気ではない。そんな彼女を思いやり、エマは話す。
「ホークスさんなら大丈夫ですよ、きっと。なんせハーレム王になるんですよね?」
「ほんと、どこまで本気なんだか。おめでたいんだから――」
「
戦場の空にホークスの唱えた魔法が炸裂する。
周囲に巻き起こる風はその場にいた者たちを吹き飛ばす程の力だが、こと魔王相手となると直撃しているはずなのにまるで効いていない。
魔法で何とか魔王より上の位置を飛んでいたホークスだったが、特大魔法を放つと共に高度を落とし始めていた。爆炎の向こうから魔王が目を光らせて現れ、丁度真正面に来たところで目が合う。
「人間風情が味な真似を。だが、その程度でどうにかなると本気で思っていたのか?」
「う、嘘だろ……」
ベイトル・イヴァイルは四本の腕で幾重にも防御魔法を張り巡らせ、ホークスは勿論、ファルやミリア達、そして兵士らの攻撃からも鉄壁の防御を見せつけていた。
そして杖を天高く掲げて宣言する。
「我を甘く見たツケ、あの世で後悔する暇もなく払わせてやろう。
攻撃とはこうするのだ。その哀れな魂ごと消えて無くなるが良い。
その言葉と共に、杖を中心として現れた黒い雷を纏った竜巻は荒れ狂いながらも魔王によって制御され、ホークス目掛けて解き放たれる。
「
すると今度はホークスだけではなく、ツァントら一門全員で防御魔法を展開。ホークスを囲むように魔王から向かって円形に並んで剣を前に構え、何とか防いだ。
「みんな!」
「お前さんだけに良い思いはさせんよ」
と、ツァントはニヤリと笑うと力をこめ直して魔法を強化すると、魔王の攻撃を押し返し始めた。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
そんな師匠の姿を見て、ファルも看過される。
「こちらの力が通じぬ相手では無いはずだ! 我らも師匠に続け!!」
皆がツァントと同じように力をこめると、押し返す速度は少しだが更に上がった。
「どうじゃ魔王よ、これが我らの――」
しかしツァントの言葉を遮ってベイトル・イヴァイルが言った。
「何度も言わせるな。その程度でどうにかなると」
「何じゃと?」
「はぁっ!!」
魔王が掛け声と共に力をこめた瞬間、これまで閉じられていた頭部側面にある八つの目が開眼し、全部で十もの目が見開かれる。そして
魔王の攻撃はウララ達が避難しているシェルターの上にある大きな橋を掠めて飛んでいく。だがその力はたとえ掠めただけでも凄まじく、橋はきしみながら傾いていった――。
「ぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃ……」
シェルターの中にまで金属の橋がひしゃげる異音が響き渡り、次の瞬間……
「ズドォォォォォォォォォン!!!」
と、外が見えない中にいても分かるくらい大きな音と振動がして、橋が完全に落ちたのだと分かった。
各々がたまらず悲鳴を上げ、室内は一気に阿鼻叫喚と化してしまう。
全ては魔王が放ったたった一撃での出来事だった。だがそれをウララ達が知る由もなく、ただただ恐怖に駆り立てられる。
しばらくして悲鳴が収まり、静けさが訪れる。
気が付けば密閉されているはずのシェルターの中に風が吹いた。
屈みこんでいたウララが恐る恐る上を見上げると、そこには先ほどまで存在していた屋根も無くなっている。こそぎ取られたのである。
「……?」
差し込まれた日の光に眩しさを感じながら立ち上がって現状を確認するようにシェルターから這い出た。
周囲を見渡すと、目の前には橋の残骸が転がっており、変わり果てたその姿に絶句してしまう。
そしてふと街の方を振り返ると、そこには建物はおろか、地面すらえぐり取られたかのような凄惨な廃墟となった街並みが広がっていた。
濛々と立ち昇る煙の向こうに、山のように聳え立つ魔王ベイトル・イヴァイルが佇んでいる。
塔のように巨大な杖を降ろすのが見える。奴がこの惨状を引き起こしたのははっきりしていた。
「……そ、そんな……あれが魔王……?
あんなのどうしろって言うのよ……」
すると絶望に打ちひしがれる彼女の後ろから聞き慣れた声がした。
「いててて。なんっつー力だよ……さすが魔王だな。っと、さすがに玩具の杖じゃもたないか」
ボキボキに折れた杖を放り投げるホークス。
「ホークス?!」
「お、ウララじゃん。ごめんな、シェルター壊れちゃったみたいで。
ケガしなかったか? いやあ、あいつ滅茶苦茶強くってさ」
よっこらせと立ち上がろうとするホークスだが、流石にここまで蓄積されてきたダメージが大きいのかよろけてしまう。
「ホークス!」
と、駆け寄ったウララに支えられて転ぶのは防がれる。
「おっと、悪い悪い」
「悪いじゃないわよ、バカ! 全身傷だらけじゃないの!」
「かすり傷だって」
「そうかもしれないけど……」
ホークスはウララの手を離れて一人で立つと、先ほどアマスに貰っていた小瓶の薬を飲み干す。
「ぷはあ……まっず。なんだこれ……こんなんで本当に魔力回復するのか――」
「ねえ、どうして?」
「ん?」
「私の選択は……私がこれまでやってきたことは、間違ってたの?
鈴木たかしという一人の人間の命を奪ってまでやってきたのに……こんなの聞いてない……どうしようもないよ……」
「ウララ……さん?」
ホークスもさすがにウララの異変に気が付く。見れば目にはうっすらと涙を浮かべていた。
「あの時俺が推したお前は、こんなことで笑顔を失う奴じゃない。
あの時俺を簡単に転生させたお前は、こんなことで泣いてていいやつじゃない。
そうだろ?」
「……」
ホークスはハンカチを差し出すと、ウララはこれを受け取り涙を拭う。
「なにより、だ。
お前が選んだ俺は正しい。お前が俺を選んだのは正しいんだよ。
何も間違ってない」
「何よそれ……」
「良いか? スパチャってのはな、心でやるもんだ。
だから俺たちは出会う事ができたんだ。
なら、今度はお前が俺にスパチャしろ。
俺はハーレム王になる男だ、損はさせない。
魔王に勝つことができたら、お前も俺のハーレムに加えてやる。
その為なら俺は勝つ! 誰も死なせない。誰も泣かせない。
だから絶対に、俺はこんな所で負けてられねえんだよ!!」
「ホークス……ううん、たかし。あなた……」
だが、大声を上げたことで魔王に生存を知らせる事となってしまった。
「ほう、あれを食らってまだ生きていたか。だがもう次は無い。
これで終わりだ」
再び杖を掲げる魔王ベイトル・イヴァイル。
しかしそこにはもう引きこもりで長年ニートをしていた青年の姿は無かった。
「見せてやる、この世界は、この俺はまだ終わらないってことをな!」
高々と手を掲げると叫ぶ。
「神焔のゴッドバロンが命じる。
来い、ドラゴニックカイザー!!」
「
再び放たれる魔王の攻撃。
王都からここまでかなりの距離がある。いくら杖が早く飛翔したとしても魔王の攻撃に間に合うはずがない。だが「ソレ」は光を纏って現れて魔王の攻撃を正面から受け止めて四散させる。
「ドラゴニック……カイザー……さん?」
杖はもう杖の形をしていなかった。そればかりか大きさがまるで違う。龍のような頭部を先端に備えた鋼鉄の空飛ぶ船。それが今のドラゴニックカイザーの姿だった。
「な、何だあれは?!」
魔王と同じくらいの大きさを誇るその船を見て魔王自身も驚く。
そして船の船首、龍の頭の上から声がした。
「遅かったな、ホークス・フォウ・ベリンバー!」
「その声は……」
「とう!」
勇ましい掛け声と共に飛び降りてきたのはあのフォルターだ。
「フォルター……」
「お久しぶりです、ウララさん!」
「ど、どうも……でもどうして?」
「助けに来ました。一国の危機は我らの危機。今は助け合う時ですから」
そしてフォルターは「パチン!」と指を鳴らすと地面に魔法陣を展開させ、中からジュヴェーロ王国の兵士たちが百名ほど姿を現す。
「ホークス、雑兵はこちらで引き受ける。お前は早くあれを使って魔王を打ち倒して来い!」
「えっと、あの……どういうこと?」
話が読めないホークス。そこに
「久しぶりだね、ホークス君」
「リーノちゃん?! あの、この船っていったい……」
「男が細かい事気にしちゃダメだって。詳しい話は後後!
さあ、そこから乗ってくれたまえ!」
と、船が少し前進すると船底の一部が開き搭乗口が現れる。
顔を見合わせるホークスとウララ。その後ろからエマたちも姿を現してきた。
「ウララさん、外の様子はどうなんですか――って、何ですかこれは?!」
「さ、さあ……」
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