第五話 取っ組み合いの喧嘩
姉様は自らを蚕に例え、蘇りの儀式をするようにと僕に命じました。僕はそれに従い、一人目の生贄を捧げました。姉様はそれを見てよしとされ、その体は繭に包まれ始めたのです。
ですがどうして蚕なのでしょう。僕はどうしてもそれが気になって、姉様に尋ねてみることにしたのです。
「何故って、蚕は無力だろう?」
僕が尋ねると、姉様はそうやって切り出しました。僕は蚕の姿を思い浮かべてみました。白くて細かく蠢くことしかできないあのぶよぶよの虫です。確かに蚕は無力に思えました。
「私は無力な死体だからちょうどいいと思ってね」
僕は姉様をばっと見上げました。どうしてそんなことを言うのでしょう。姉様が無力だなんてそんなことあるはずないのに。
「蚕は無力だ。蚕の一生は無意味だ。蚕は糸を作るだけの哀れな生き物だ」
嘲るように愛おしむように姉様は言葉を重ねます。僕は姉様の前に正座してその言葉を拝聴しました。
「飼い殺される蚕が何も語れないように、死体も何も語らない」
何か妙なことを言われた気がして、僕は首を傾げます。姉様はそんな僕に言い聞かせるように繰り返しました。
「死体は、何も語らないのだよ」
「……でも姉様は喋ってますよ?」
僕が矛盾を指摘すると、姉様は含み笑いをした気がしました。
「それは――君がただ妄想しているだけかもしれないよ?」
「……え?」
僕の困惑をよそに姉様はとある可能性を僕に提示しました。
「君が私の助言だと思っているのは、私の持っていた手帳から手に入れた情報なのかもしれない」
僕はびくりと肩を震わせます。
「殺人計画は全て君の立案なのかもしれない」
姉様は僕の目をぼんやりと見て問いかけました。
「君はそれを否定できるかな?」
僕は急に恐ろしくなって姉様に向かって叫びました。
「そ、そんなはずない! 僕はあなたに仕え、あなたの望む通りに行動しているんです!」
しかし姉様はそんな僕を重ねて否定するのです。
「君以外に私の声は聞こえないのに?」
それは恐ろしい推測でした。彼女の口から出てはいけない恐ろしい言葉でした。僕はおののきながら姉様に尋ねました。
「なんでそんな、僕を試すようなことを言うんです?」
姉様は答えません。
「僕はあなたをこんなにも信仰しているっていうのに」
姉様は答えません。僕は姉様の足下に額を付けました。
「ああ、姉様、僕のかみさま、どうか声を聞かせてください、どうか……」
「……なあ、おい」
肩を揺さぶられて目を開けると、そこにはこちらを覗き込んでくる雪斗の顔がありました。
「なんでこんなところで寝てるんだ」
言われて体を起こしてみると、僕は姉様の前でうずくまっていたようなのです。多分僕は泣き疲れて眠ってしまっていたのでしょう。
僕は寝てしまう前にあった出来事を雪斗に話しました。とはいっても、寝起きで回らない頭でしたので、支離滅裂な言になってしまったかもしれません。
僕の話を聞いた雪斗は少し考えてから言いました。
「ということは羽化した彼女は蚕のような無力で非力な存在になるのか?」
論点が完全にずれた、しかし興味をそそることを言い出され、僕は一気にそちらの話題に気持ちが移りました。
「そんな非力なものを蘇らせてお前は何がしたいんだ?」
重ねて問われ、僕は沈黙します。そういえばそうだ。僕は姉様を蘇らせて何をしたいんだろう。いや、姉様は僕の神様で、姉様の望みを叶えるのが僕の望みだから――
「お前、もしかして彼女を飼いたいの?」
その言葉に、僕は目を丸くして雪斗を見ました。その考え方はありませんでした。彼女を飼う。僕の神様を飼って、お世話をする。なんて良い響きでしょう。
「そうだね、そうかもしれない」
僕がそうやって答えると雪斗は少し意外そうな顔をしました。
「そうなったらすごくすてきだね」
雪斗はそれには答えませんでした。だけど、その沈黙は僕には肯定の意味に思えたのです。
*
七月二十五日、日曜日。
夏休みに入っても、雪斗は家に帰らなかった。家族に不審に思われるかもしれないとも思ったが、あらかじめ連絡をしておいたところ何の疑いもなくオーケーが出た。少し寂しくも思ったが、そんなものだろう。
雪斗が学校に残った理由は分かり切っている。彼女の死体の経過を観察するためだ。
彼女の死体はようやくゆっくりと腐敗していった。後頭部の傷を皮切りに、地面に接している背中の一部、暴行のあとが残る腹から順番に、皮膚が黒ずみ、破け、蛆が集るようになっていった。
だけどまだまだ彼女の死体は美しかった。
雪斗は同時に蜂谷ゆきの死体のもとにも通っていた。日に日に崩れていくあの醜い死体だ。
梯子を伝って穴の底に降り立ち、雪斗はゆきの死体と向き合う。ゆきの死体にはもう顔中にうじがわいてしまっていて、その上腐敗が進んで死体全体が膨れてしまっているので、たとえ元の写真を見ても判別できないだろうといった有様だった。
一日目、二日目、三日目。
日を追うごとに腐り落ちていくゆきの死体を見て、雪斗は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
どうしてだろう。俺が好きなのはあの美しい彼女の死体のはずなのに、こちらの醜い死体には最初はそれほど興奮していなかったはずなのに、どうしてこんなにも心が揺さぶられるんだろう。
雪斗はゆきの死体のそばにうずくまる。死体の下には肌がはじけて漏れ出てしまった体液が広がり、すっかり弛緩した腕を持ち上げてみれば、集っていた蠅が一斉に飛び立った。
何故かそのどれもが雪斗の胸をときめかせた。雪斗は死体の腕を持ち上げたまま、うんと考えて、やがて一つの結論に達した。
ああ、もしかしたら、俺は彼女の腐敗した様が好きなのではなく――ただ死体が腐敗していく様が好きなのかもしれない。
もっと知ってみたい。もっと観察してみたい。
そう自覚してしまえばあとは早く、雪斗の胸中には次々とそんな欲望が浮かび上がってきた。そしてその欲望を満たすための方法も、雪斗は与えられていた。
雪斗は穴の底に放置された雨合羽と大振りのハサミを取り上げた。雨合羽に袖を通し、しっかりと前を閉め、ハサミを持ってゆきの前に立つ。
手は震えていた。踏み越えてはいけない一線を踏み越えようとしているのを雪斗は自覚していた。だけどそれを止めようとは思わなかった。こんなにも楽しそうな「玩具」を無視できるほど、雪斗の精神は大人ではなかった。
死体の前に膝をついて、まずは服を脱がせることにした。スカーフを解き、制服の前のホックを外す。現れた下着の脱がせ方は分からなかったので、ハサミで切ることにした。
じゃきん、じゃきん。
家庭科の授業でよく聞く布を裁つ音が穴の底に響く。ハサミを動かすごとに下着の前は開いていき、残されたブラジャーも真ん中にハサミを差し込んで力を込めればパチンと切れた。
その内側にあったのは黒い斑点の浮かび上がった死体の肌だった。斑模様のその肌の下には何が隠されているのか。雪斗は気を急かせながら、ハサミをゆきの乳房にあてがった。
じゃきん。
腐っていたせいか、思ったよりも力を込めなくても雪斗のハサミはゆきの肌に傷をつけることができた。その瞬間、強烈なアンモニア臭が死体から吹き出て、雪斗は袖で鼻を覆った。だがここで止めるという考えは浮かばなかった。雪斗はできた傷跡にハサミの先をねじ込むと、腹の方をめがけてハサミを動かし始めた。
流石にまっすぐとはいかず、じぐざくに肌を切り開き、雪斗は徐々に腹の中身と対面していった。一本傷跡を入れただけでは当然肌がめくれるはずもなく、雪斗は縦線の傷跡から何本も横に切り込みを入れていった。そうして見えてきた内臓は既に腐り切っており、鮮やかな色などどこにも残ってはいなかった。だけど原型は残っていたそれをなんとか取りだそうとして、雪斗はハサミを死体に突っ込んで悪戦苦闘した。
ぱちゃぱちゃと死体の中で体液がかき混ぜられる。雪斗はまるで童心に返って泥遊びをしているような気分になって、だんだんと楽しくなってきていた。
太陽が中天をすぎ、西に傾きかけても、雪斗は時間を忘れてその遊びにふけり続けた。
しかし、死体をすっかりばらばらにしてしまった後、雪斗は雨合羽で覆われた全身を血塗れにしながら、虚無感に包まれて空を見上げていた。足下の死体はもはや原型がないほど腹がかき混ぜられ、首や顔の方にまで至った傷から頭の中身も覗いている。
雪斗はぼんやりと、足りない、と思った。
*
八月一日、日曜日。二つ目の死体ができあがる日。
段取りはもうすっかり済んでいます。高校部の学生寮に手紙を届けにいくのは骨でしたが、姉様の助言と魔法円の力をもってすれば容易いことでした。
夜の八時過ぎ、寮を抜け出した僕たちは、校舎の裏手にある飼育小屋の前にやってきていました。
「雪斗くん、鶏を捕まえるよ!」
「はぁ?」
僕の宣言に雪斗は面倒そうに聞き返してきました。僕はそんな雪斗に家庭科室から持ってきたハサミを差し出しました。
「生贄に必要なんだ。手伝ってくれるよね?」
最初僕はきっと雪斗は受け取ってくれないだろうと思いました。だって彼は人殺しに乗り気ではないのですから。しかし雪斗は何故か、僕の差し出したハサミを素直に受け取ったのです。
「……仕方ないな」
その言葉に僕が驚いていると、雪斗は僕に念押しをしてきました。
「手伝ったら新しい死体をくれるんだよな」
その目は今までの彼とは決定的に何かが違っていました。それはきっと僕たちには、僕と姉様にとっては望ましい変化で、僕は嬉しくなって笑顔で頷きました。
「うん、勿論!」
彼はきっと自分の力でこちら側に渡ってきたのです。僕と姉様がいるこの幸せな世界に。
「そっち行ったよ、雪斗くん!」
飼育小屋の中で黒い鶏を追いかけ回し、二人でなんとかして捕まえようとします。鶏の方もこちらが何か恐ろしいことをしようとしているのに気づいているのか必死に逃げ回っていました。しかし所詮は小動物の考えることです。二人で挟み撃ちをしてみれば、あっという間に鶏は僕たちの手に落ちたのでした。
「じゃあ、首を切ろうか」
「ああ」
地面に押さえ込まれてすっかりおとなしくなった鶏の首に雪斗はハサミをあてがって、なんのためらいもなく切りつけました。
流石に一回では切り落とせず、雪斗は何度もハサミを動かし、丁寧に首を胴体から切り離していきました。その手つきは手慣れていて、彼に与えた死体で彼は随分と練習を積んだのだということを窺わせました。
僕たちは持ってきておいたランドセルの中に鶏の死骸を入れると、山の上にあるあの小屋を目指して歩き始めました。
大きな月に照らされながら行くその道中は、なんだか遠足のようで楽しいものでした。ランドセルの中で死骸が揺れるたびに、僕はどんどん楽しくなり、自然と有名なアニメの歌を口ずさんでいました。雪斗もそれを咎めませんでしたし、むしろ少し楽しそうな顔をしていたので、僕と同じ心境だったのかもしれません。
僕たちがその場所に辿りついた時、予想していた通り、そこには水橋健一郎の死体がぶら下がっていました。僕たちは顔を見合わせると、彼の死体の足下に、鶏の死骸と魔法円を置きました。
*
八月二日、月曜日。雪斗は、穴に投げ込まれた水橋の死体の前に立っていた。無惨な有様になったゆきの死体の上に落とされた水橋の死体は、ゆきの時と同様に頭から落とされたようで、首がおかしな方向へと折れてしまっていた。
雪斗は血に汚れた雨合羽を着込み、家庭科室から盗んできた新しいハサミを手にしていた。前回少し服の袖を汚してしまった反省として、袖には輪ゴムを何重にも巻いてある。顔にも給食当番用のマスクをしてその行為をする準備は万端にできあがっていた。
大きく息を吸い、吐き出す。腐敗臭が鼻に引っかかり噎せてしまいそうになるが、ぐっとこらえて死体を見た。
ゆきの死体を解体したとき感じた物足りなさは何だったのか。雪斗はいまだにその正体を掴めずにいた。
最初、雪斗は姉様の死体が腐敗するところを見たいのだと思っていた。だけどゆきの死体が腐敗するところを見ても気持ちが高揚して、だからきっと死体ならば誰でもいいから腐っていくのを見てみたいだけなのだと思った。それなのにゆきを解体してみても心は満たされなかった。
一体何が足りなかったのか。もしかしていっそ腐敗していない死体の方がいいのか。
雪斗は水橋の前に膝をつくと、彼が着ていたTシャツにハサミをかけた。
じゃきん、じゃきん。
小気味いい音を立てて布が裁ちきられていく。やがて現れたやせっぽちの男性の体には、まだ死斑すら浮かんでいなかった。
雪斗はハサミを構えると、前回と同じように胸から切り開いていこうとした。しかし、まだ瑞々しい肌にはうまく刺すことができず、雪斗は仕方なく水橋の首へとハサミを押し当てた。だがそれでも滑ってしまってなかなか肌は切れてくれない。雪斗は水橋の首の上にハサミの切っ先を置くと、思い切り足で踏みつけて体重をかけた。
ぐじゅ、と嫌な音がして、ようやくハサミの先が水橋の首に沈んでいく。返り血が飛び、雪斗の足下を汚した。
そこからは早かった。できあがった傷跡をとっかかりに雪斗はハサミで水橋をバラバラにしていった。
何か目的があって整然と解体していったわけではない。ただハサミが入る場所を見つけては傷をつけ、内臓を見つけては切り取ってみたり、まるで料理でもするかのように腹の中をかき回してみたり、そういった遊びのために雪斗は水橋の体を消費していった。そこにはもはや『医者としての興味』という言い訳はどこにも存在していなかった。
そうして気が済むまで雪斗は水橋の死体で遊び続け――数時間後、ぴたりと手を止めた。
「だめだ」
やっぱり何かが物足りなかった。雪斗の求めているものはこれではなかったのだ。
雪斗は立ち上がると頭上を見上げた。穴の外はまだ明るく、しかしもうそろそろ夕方にさしかかるだろうといった時間だった。雪斗は全身から血を滴らせながら、梯子を登っていった。
穴の外は、やはりまだ明るかった。こんな姿で外に出て誰かに見つかりでもしたら言い逃れはできない。そう分かってはいても、頭の中がぼんやりとしてしまって今の雪斗には歩みを止めることができなかった。
アブラゼミが鳴いている。むっと立ちこめる草いきれが全身を包んでくる。背の高い木々がたまに吹く風に揺れている。強い日差しが正面から照りつけてくる。
ふらふらと山を下り続けて、雪斗が辿りついたのはいつもの秘密基地だった。彼女の死体が待つ、秘密基地だった。
雪斗はゆっくりと穴の中に下りて、彼女の死体と向き合った。彼女は半分だけ目を開けて雪斗を見ていた。雪斗は全身に震えが走るのを感じた。
やっぱりこれだ。これじゃないとだめなんだ。
雪斗は野良犬のように浅ましく息をしながら、彼女に一歩近寄った。膝をつき、彼女の服に手を伸ばす。不格好に着せられたセーラー服の前を開ければ、下着が露わになる。彼女は抵抗をしない。
ハサミを下着に差し入れて、力を込める。しかし、今まで散々肉を切ってきたハサミではうまく布を裁つことができず、雪斗は苛立たしげに何度もハサミを動かした。ほんの僅かにできた傷に両手をかけ、無理矢理に下着を引きちぎる。彼女の、姉様の控えめな乳房がその下から現れた。
雪斗は彼女の胸に手を這わせた。冷たく温度のない、しかし何故かぐずぐずに腐り落ちても、乾いてしまってもいない肌の感触が手の平に吸いついてくる。真っ白な胸と対照的に下腹部は黒く腐り始めていた。そのどちらもを愛おしげに撫でると、雪斗は衝動的に彼女の首筋に顔を埋めた。
仄かに甘い香りが鼻孔をくすぐる。雪斗は彼女の肩に舌を這わせて、それから勢いよく噛みついた。
口の中が彼女の味でいっぱいになる。まだ弾力のある肌に歯が突き刺さり、ほんの少しだけ彼女の体液が肌から漏れ出る。雪斗は目を閉じてしばらくそれを堪能した後、ゆっくりと肩から口を離した。唾液が糸を引き、彼女の肩に、胸に、落ちていく。
血塗れの姿のまま抱きついていたものだから、彼女の白い肌にはべったりと血のあとが残ってしまっていた。雪斗は生唾を改めて飲み込むと、取り落としていたハサミを拾い上げ、彼女の腹の上に突き立てようと振り上げて――
「何してるの」
穴の上から降ってきた声に、雪斗は咄嗟に手を止めた。ばっと見上げるとそこには黒々とした目でこちらを見下ろす達也の姿があった。達也は穴の入口から飛び降りてくると、彼女の死体を――彼女の死体の有様を視界に入れた。
「お前っ、お前お前ええあああ!」
何が起きたのか理解したのだろう。ほとんど悲鳴のような叫び声を上げて、達也は雪斗につかみかかってきた。
「わああああああ!」
どこにそんな力があったのかと言いたくなるほど強烈な力で殴られ、雪斗は地面に倒れ込む。達也はそんな雪斗に馬乗りになると、悲痛な雄叫びを上げながら雪斗の顔を何度も殴りつけた。
雪斗はそれに抵抗しなかった。抵抗しないまま、倒れ込んだちょうど傍らにあった彼女の顔を見つめていた。何度も何度も殴られ、ぼんやりとしてくる頭で、彼女の顔だけが目の前に浮かび上がって見えた。
きれいだ。でも腐ってる。すてきだ。いいなあ。俺もこんな風に――
雪斗ははっと気づいた。決定的な間違いをしていたことに気がついた。
そうか、俺は死体をどうこうしたかったわけじゃないんだ。俺が、俺自身が彼女の――
一際強く殴られ、雪斗の意識は現実に戻ってくる。見上げると、馬乗りになっている達也は肩で息をしながら涙を流していた。その時になってようやく自分のしたことの非常識さに気がついた雪斗は、達也を見上げて謝った。
「……ごめん」
口の中には血の味が広がっている。だけどこれは受けてしかるべき罰だと雪斗は感じていた。あの神聖な彼女の死体を汚したのだから、当然の罰なのだと感じていた。
「俺が悪かった。どうかしてた」
すると達也も一気に冷静になったのか、肩を落としてぼそぼそと囁いた。
「……僕もごめん。殴ったりして」
雪斗の体の上から下りた達也は、雪斗に手を差し出した。
「本当にごめんね、頭に血が上っちゃって」
「いや、俺のせいだ。ごめん、あと、止めてくれてありがとう」
あと少しで取り返しのつかないところだった。俺の本当の欲求はそんなことじゃないのに。
礼を言われた達也は面食らった顔をして、雪斗の顔をじっと見た。そして、ふふっと吹き出すと、照れくさそうに小さく笑い出した。雪斗もそんな彼を見ているうちに恥ずかしい気分になってきて、一緒になって笑い始めた。
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