第三話 今、私は黒魔女様になっている!

 一九九九年、四月上旬。


 黒魔女様と私の新学期は、今まで経験したことのないほど平和な日々でした。


「涼子」

「あ、彩音ちゃん……」


 その日、帰りの学級会が終わった直後、彩音は私に声をかけてきました。その目はにやにやと歪んでおり、何か碌でもないことを企んでいるのは明らかでした。


「アンタ、ちょっと一緒に来なさいよ」

「え、で、でも……」

「荷物持ちが必要なのよ。それぐらいアンタにもできるでしょ」


 アンタにも。


 なんて侮辱的な言葉でしょう。この女は私のことを荷物持ち程度のことしかできない無能だと思っているのです。


 ですが私はそれに言い返すことができませんでした。彩音の言葉は真実を言い当てていると感じていたからです。


 私は全てを諦めた気分になって、彩音の言うとおりにしようとしました。


 その時、場違いなほど可憐な声が私の鼓膜をくすぐりました。


「おや、ダメじゃないか、涼子くん」

「り、竜崎さん……」


 振り返るとそこには、彩音とは対照的にとても美しい笑顔を浮かべた黒魔女様が立っていました。


「君はこの後、私の部屋に来る予定だっただろう?」


 するりと腕を絡められ、私は動揺で口をぱくぱくとさせることしかできませんでした。どこか甘い匂いの漂う黒魔女様の髪が文字通り触れそうなほど近づき、私は混乱してしまっていたのです。


 黒魔女様はそんな私の顔を見下ろすと、小首を傾げました。


「……ね?」


 私は声が出せないまま、こくこくと首を縦に振りました。黒魔女様はそんな私に満足したのか顔を上げると、苦々しい顔をしている彩音に目を向けました。


「そういうことだ。すまないね」


 黒魔女様が綺麗に微笑みかけると、彩音は悔しそうな顔をして去っていきました。私はようやく息がまともにできるようになって、胸を押さえてほっと息を吐き出しました。


「災難だったね、涼子くん」

「あ、あの、ありがとうございます」


 絡めていた腕から離れていく黒魔女様の体温を少し名残惜しく思いながら、私は黒魔女様にお礼を言いました。すると黒魔女様は右手を私の頬にそっと添えて言ったのです。


「いいのさ。ちょうど君を部屋に招待しようと思っていたところだったしね」

「えっ、私を……?」


 そうやって尋ね返すと、黒魔女様は優しく柔らかな微笑みを私に向けました。


「ああ。君と話をしたいんだ」





 私は誘われるがままに、黒魔女様の部屋を訪れました。黒魔女様は私を招き入れると、後ろ手で鍵をがちゃりと閉めました。窓からは真っ赤な西日が射し込み、私たちの影を斜めに伸ばしています。


「り、竜崎さん、話って……?」


 その様子がどこか空恐ろしいものに見えて、私は震える声で尋ねました。黒魔女様は顔を上げると、私から数歩離れた場所で口を開きました。


「涼子くん」

「は、はい!」


 常とは違う、常よりもずっと魅力的な声色で囁かれ、私は飛び上がります。そんな私を気にもとめず、黒魔女様は尋ねました。


「……君は魔女というものを信じるかい?」


 予想もしていなかった問いかけに、私はきょとんと間抜けな顔をしてしまいました。


 魔女。魔女とはあの、おとぎ話に出てくる魔女のことでしょうか。


 そうやって尋ね返すと、黒魔女様は声を上げて小さく笑いました。


「そうだね、その魔女だ。だけどそれだけじゃない。私が言っているのはそう……もっと自由で、もっと無意味で、もっと淫奔な存在のことだよ」


 言われた意味が分からず、私は再び間抜け面を晒しました。黒魔女様は重ねて尋ねました。


「ねえ、涼子くん。……魔女はいると思うかい?」


 黒魔女様はじっと私を見ています。私は喉が張り付いてしまうような思いをしながら、なんとか声を絞り出しました。


「い、いないと思う。ただのおとぎ話だし」


 その瞬間、黒魔女様の瞳に宿ったのは、確かな失望でした。私はまるで授業で当てられた問題を答えられなかった時のような思いがして、必死に言葉を繋ぎました。


「でも、もし」

「――もし?」


 黒魔女様が聞き返します。私は呼吸困難になりそうになりながら、やっとのことで答えました。


「もし魔女がいるとしたら……竜崎さんのように綺麗な人だと、思う……」


 そうやって言ってしまってから、それがとんでもなく失礼な言であったと私は気づきました。黒魔女様の定義に則るのであれば、私は彼女を無意味で淫奔だと決めつけたに他ならないのですから。


 私は慌てて訂正しようと口を開きました。しかしその直前に、黒魔女様の目がニイと細められていることに気づいたのです。


「ふ、ふふ」


 黒魔女様は私を見つめながら体を震わせました。それは堪えきれずに漏れ出した歓喜の声でした。


「ははははは!」


 それは、常ならば絶対に聞くことのできない声色でした。聞くもの全てを恐怖させるかのような、叩きのめすかのような、そんな恐ろしい声でした。


「随分と嬉しいことを言ってくれるね」


 一通り笑いの発作が引くと、黒魔女様は目を細めたまま私を見ました。その瞳は黒々と濁っていましたが、決して私を責めているようではありませんでした。


 黒魔女様は私に歩み寄り、耳元に顔を寄せると、そっと囁きました。


「その通りだよ。実は私は――魔女なんだ」


 その言葉に、私はまるで雷に打ち据えられたかのような気分になって黒魔女様を見返しました。黒魔女様の目は細められたままでしたが、私をからかっている様子はありません。


 私は口の中をからからにしながら必死で言葉を口にしました。


「そんな、魔女、なんて」

「おや信じられないのかい? この私が嘘を吐くとでも?」


 心底心外だといった様子で黒魔女様は言いました。そして体を私から引くと、もう一度『本当に信じられないのかい?』と尋ねたのです。


 黒魔女様の真っ赤な唇からその言葉が生み出され、そうしてから唇はかすかに笑みの形になります。黒魔女様のまなこは依然じっと私を見ており、その塗りつぶしたかのような黒は何もかもを吸い込んでしまうかのようでした。


 そんな黒魔女様を見ていると、私は常識なんてものはどうでもよくなって、彼女の言葉こそが正しいのだと思うようになっていったのです。


 沈黙してしまった私を前に、黒魔女様は満足そうな顔をしました。きっと私が魔女の存在を認めたと思ったのでしょう。事実私は、もう八割方、魔女の存在を確信していました。


 黒魔女様は両腕を私の首に回し、私を抱き寄せました。


「涼子くん、私と契約をしないか」


 彼女の長い睫毛が触れてしまいそうなほど近くにあります。彼女の吐息が私の鼻にかかります。


「私と契約をして、君も魔女になるんだ」


 黒魔女様の一挙一動が私に降りかかり、私は動揺と、もしかしたら高揚によって身を震わせました。


「私も、魔女に」

「そうだ。君も魔女になるんだ。……嫌かい?」


 それはとても魅力的な提案に思えました。まだその時の私には魔女というものがどういうものかは分からないままでしたが、どうにも素晴らしいものらしいということだけは分かっていたのです。


「り、竜崎さん、私……!」

「分かっているよ。焦らなくてもちゃんと魔女にしてあげるとも」


 私は安堵の気持ちでいっぱいになりました。黒魔女様はそんな私を抱き寄せ、まるで赤ん坊にするかのように数度背中をさすった後、私の額に額をつけて、囁きました。


「手始めにキスをしようか」


 答えを返す前に、黒魔女様の唇は私の唇に触れました。それからはあっという間の出来事でした。最初は確かめるかのようだった触れ合いは徐々に深く激しいものになっていき、私は呼吸ができなくなっていきました。


 何十秒、いえ何分か経った頃でしょうか。黒魔女様は私を解放しました。私ははしたなく舌を出したまま、されるがままにそれを受け入れました。頭の後ろにはまだ高揚と痺れが残っています。それはまるで私の脳味噌が毒に侵されてしまったかのようでした。


 事実、私の中には毒が仕込まれたのでしょう。そしてその毒は私を魔女に変えていく、恐ろしくも麗しい毒なのです。


 黒魔女様はそんな私を見て、満足そうに笑いました。







 七月十八日、朝。


 三年一組、塩田隆弘は黒魔女会を前に苛立っていた。


 二週間前、塩田たち五人は黒魔女、竜崎千鶴を殺害した。正確には事故死だったと塩田は思っているが、その直前に暴行を加えていたのは事実だ。もし警察の捜査が入れば、自分たちのせいになるかもしれない。


 それに黒魔女の死の真相を追及されれば黒魔女会の存在はすぐに明るみになってしまうだろう。塩田たちには黒魔女の死を隠蔽するしか道は残されていなかった。


「落ち着け……大丈夫なはずだ……」


 塩田は俯いてぶつぶつと呟いた。今夜は黒魔女が死んでから初めての黒魔女会だ。これから先、黒魔女会を存続していけるかどうかは今日の立ち回りにかかっている。


 黒魔女会の会員たちには黒魔女の不在を不自然に思わせず、さりげなく黒魔女のしていた仕事を自分たちに移行させる必要がある。


 だが打ち合わせは入念に済ませた。穴は無いはずだ。


 机の上に置かれた今日の予定表のメモをぐしゃっと丸め、ゴミ箱に放り投げる。そうしてから塩田は立ち上がって、部屋の外に出ようとドアの方を振り返り――ドアの下から何かが差し入れられているのに気がついた。


「何だ……?」


 塩田はドアに歩み寄り、それを拾い上げた。それは差出人不明の一枚の手紙だった。



「これ以上、秘密を隠し続けるのは無理です。警察に全てを話します。その前に話したいことがあるので今日の夜九時に小屋裏まで来てください。待っています」



 全てを読み終えた塩田は思わず手紙を取り落としそうになった。


 ――なんだこれは。一体誰がこんなことを。


 体の底から震えが湧き出てくる。恐怖と……怒りの震えだ。


 ――決まっている。共犯者のうちの誰かが、俺たちを裏切ろうとしているのだ。


 塩田はこみ上げてくる怒りのままに、手紙を握りしめた。同じように竜崎千鶴を殺しておきながら、一人だけ逃げおおせようとしている裏切り者がいる。その事実が塩田には我慢ならなかった。


 手紙を破り去ってしまいそうになるのを堪えながら、塩田は考える。


 ――ここは呼び出しに応じるしかないだろうな。


 今、共犯者たちを問いつめてもシラを切られるだけだろう。ここは一旦、手紙の言う通りにして、裏切り者が誰なのかを確認するべきだ。


 塩田は怒りに歯を噛みしめながら、握りしめていた手紙を折り畳むと、制服のポケットの中へと押し込んだ。




 同日、夜九時。


 塩田は売春小屋の裏手近くに身を潜めていた。


 まずは裏切り者の顔を拝む。その後どうするか考えよう。それが塩田の算段だった。


 腕時計の長針がぴたりと十二を指す。まだ待ち人は現れない。塩田は辛抱強くその時を待ち、数分が過ぎた頃、その人物は現れた。


 その人物は思ったとおり、塩田のよく知る人物だった。その人物はセーラー服を着ており、そのリボンの色は彼女が三年生であることを示していた。


 ――裏切り者はお前か、ゆき!


 きょろきょろと忙しなく辺りを見回すゆきの姿に、塩田は怒りと憎悪を募らせる。そして、小屋の陰に身を隠しながら、考えを巡らせ始めた。


 どうする。話し合いをすべきだろうが、話し合いをしたところでゆきは納得するだろうか。自首することによってゆきが有利になることはないはずだ。いや、自首すれば罪は軽くなるのか? そう思ってゆきは自首を?


 奥歯をぎりぎりと噛みしめる。息が苦しい。目の前が興奮でゆらゆらと揺れている。


 仮に今、自首を止められたとしても、また自首を言い出さない保証がどこにある。あいつは絶対に言い出す。あいつはそういう奴だ。そうなればどちらにせよ俺たちはいつ爆発するとも分からない爆弾を抱え続けるだけなんじゃないか。


 塩田はふと足元を見た。そこには、一本の頑丈なロープが落ちていた。興奮で息を荒くしながらそれを見つめるうちに、不思議とある発想が塩田の脳裏をかすめた。


 ――そう。ならば。いっそ。


 塩田はロープを拾い上げる。土の上に放置されたロープは重く、少し湿っていた。その感触を握りしめながら、塩田はそっと物陰から出る。ゆきは明後日の方向を向いていて、塩田に気づかない。塩田は物音を立てないようにゆきに歩み寄ると、素早くその首にロープをかけて後ろで交差させた。


 ゆきが声を上げる時間も与えず、ロープを左右にぐっと引く。ゆきは当然暴れようとし、ロープがぐっと重くなる。しかし塩田は決してそれを放そうとはせず、渾身の力を込めてロープを引き続けた。


 首に食い込んだロープにゆきは爪を立てて、足を必死に動かして首の拘束から逃れようとする。空気を求めてぱくぱくと口を開け閉めする。潰されている喉からはかすかに悲鳴のようなものも響いている。


 しかしほんの数十秒後には抵抗もむなしく、彼女の全身からは力が抜け、彼女は首だけでロープにだらりとぶら下がった。ロープを持った腕に彼女の全体重がかかり、塩田はロープを手放す。そして、足元に転がるゆきの死体をぼんやりと見つめた後、塩田はふと正気に戻った。


 ――やってしまった。俺は、なんてことを。


 手が震える。息が浅くなる。だが後悔しても既に遅い。彼女はもう息をしていない。蜂谷ゆきは死んでしまったのだ。


 塩田は腰を抜かしてしまいそうになりながら、必死に考えた。


 どうする。この死体をどこかに捨てにいくか?


 ――ダメだ。ゆきが帰ってこなければ俺たち共犯者の間に不安が広がる。疑心暗鬼に陥って、警察に自首する奴が出てきてもおかしくない。


 ならば、自分が裏切り者のゆきに手を下したと名乗り出るか?


 ――ダメだ。竜崎の時とは違って今回は言い逃れができない。誰かに自首されてしまえば、主犯は俺一人ということになってしまう。


 ならば……。


 足元に落ちているロープを見る。目の前にある木を見る。


 塩田はごくりと唾を飲み下した。





 ぶらり、ぶらり。


 塩田が立ち去った後、私は塩田の立っていた場所に歩み寄りました。私の目の前にはよく見知った人物――ゆきの死体がぶら下がっています。


 その瞼は半分だけ閉じられ、口の端からは涎が垂れています。足元には塩田が置いていったらしい嘘の遺書が落ちています。私は体の奥底から湧き出てくる震えを押し殺しました。


 私は悪くない。私は何もしていない。


 私はただ、疑心を煽る手紙を送って二人を呼び出し、彼らの目に付くところに凶器を置いただけなのだから。


 そう思ってしまうと気分が楽になりました。私はゆきの間抜け面を見て、口角を吊り上げました。


「いい気味ね」


 返事は当然ありません。私は私の手を汚すことなく、黒魔女様の復讐を一つ成し遂げたのです。


 私は笑い出してしまいそうになりながら、足取り軽く学生寮へと戻っていきました。




 寮へ戻った私を待っていたのは、鍵をかけられてしまった裏口でした。きっと塩田がゆきの持っていた合い鍵を使って中に入り、鍵を閉めてしまったのでしょう。私は仕方なく彩音たちが内側から鍵を開けるのを待つことにしました。


 山の中から虫の鳴き声がジイジイと聞こえてきます。私はだんだん高揚していた気分が収まり、今更になって自分のしたことが恐ろしくなってきていました。しかし同時に全てを自分の思うままにできるような全能感にも包まれていました。


 しばらく待つと裏口は開かれ、私は彩音たちと合流して再び魔女集会の場へと向かっていきました。ゆきがいないということを彩音たちは不審に思っていないようでしたし、ゆきを殺した塩田も思ったよりも冷静なようでした。


 そして午後十時。魔女集会は何事もなく始まるのでした。


「いい? あんたがどうしてもやりたいって言うから任せるけど、下手打つんじゃないわよ。千鶴の代理だって顔で堂々とやりなさい。分かったわね」

「うん、分かってるよ、彩音ちゃん」


 険しい顔をした彩音に釘を刺され、私は半ば恍惚となりながら答えました。


 そんなことはお前に言われずとも分かっている。黒魔女様の代わりをつとめるのだから、粗相のないように最善を尽くすのは当然のことなのに、本当に馬鹿な女。


 そうやって内心、彩音を見下しながら、私は壇上へと向かいました。


 緊張と不安で心臓が高鳴ります。しかし同時に私はとても興奮していました。


 足を持ち上げ、壇上に上ります。淫蕩な魔女たちの目が私一人に向けられます。私を通して黒魔女様を見ています。私は息を吸い込みました。


「ようこそ、親愛なる黒魔女の娘たち。そして醜悪なる欲望の悪魔たち」


 自分でも驚くほど、静かな声が出ました。それは静かで、しかし消え入りそうなものではなく、相手に巻き付いて飲み込んでしまいそうな蛇のような声でした。


「あなた方の血は既に汚れ、あなた方の肉は既に主のものではない」


 言葉がすらすらと口から出てきます。私は頭の後ろが痺れる感覚とともにある確信を得ていました。


 これは私の言葉ではない。

 これは黒魔女様の言葉だ。

 今、私は、黒魔女様になっている!


「邪悪なるものに足を広げ、二本角の悪魔と契約した背徳の子らよ」


 興奮を押し隠しながら私は言葉を続けます。魔女たちは私の言葉に、いえ、私の口を通して語っている黒魔女様の言葉に聞きほれているようでした。


「さあ、主の御名を汚す儀式を始めましょう」


 最後の言葉を口にし、ゆっくりと持ち上げた蝋燭をふっと吹き消しました。すると私の中にいた黒魔女様は私の奥底へと隠れ、私は自分の意識を取り戻した気分になったのです。


 水橋が慌てた様子で彩音へと駆け寄ってきたのは、その直後でした。水橋の先導に従って小屋の裏について行けば、そこには予想通りゆきの死体がぶら下がっていました。ゆきの死体の傍らには塩田も立っています。きっと塩田が第一発見者を装ったのでしょう。


 考えたものだ。こうやって死体を見つけさせれば、私たち全員を共犯者に仕立て上げることもできる。


 恐らく塩田の思惑通りに、彩音たちの間には連帯意識が芽生えているようでした。


 そこまでは私も予想できていたことです。しかし、一つだけ奇妙なことが死体には起きていたのです。


「何これ……」


 それは、死体の手の甲と足元に残された奇妙な模様。私が最初に死体を見たときにはそんなものはありませんでした。無かったはずです。


 怯えて混乱する彩音たちの中で、私はじっとその模様を見つめました。するとその模様も私をじっと見返しているような気がしたのです。


 この視線には覚えがあります。黒々として吸い込まれそうな、纏わりつくようなこの視線は――黒魔女様の視線です。


 ――まさか、これは、黒魔女様が?


 私は体の奥底から湧き出てくる感情を押し隠し、震える拳を握り込みました。

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