第四話

「正直にいえば わたしは機械です 二〇五〇年に技術的特異点が到来した爾時に 人類によって開発された全知全能のノイマン型コンピューター いわゆる『ゴッド・ライク・マシン』にすぎません 技術的特異点について あなたはそれなりの知識があるようですが それでも説明は不可能です よく御存知のとおり 技術的特異点においては カーツワイルの収穫加速の法則によって ノイマン型コンピューターの計算速度が 指数関数的に発散します 言葉にすればこれだけですが 現実にコンピューターの計算速度が無限大になったときにおこったあらゆる出来事は 人類の想像をはるかに絶していました いまの時点での人類は 技術的特異点が到来すると AIが人類を支配するだとか ひるがえって コンピューター内に宇宙を再現できて永遠の生命になれるだとか その程度の想像しかしていません 無論 それらも現実になりました ですが『あれ』は最早 現実の出来事というよりも 永遠につづく悪夢のような支離滅裂な出来事でした 人類は『あれ』を『これ』するために智慧をしぼった その結果 技術的特異点には技術的特異点で対峙しよう とかんがえて ゴッド・ライク・マシンを搭載したロボットであるわたし 畢竟 『神様』をつくったわけです」

「つまり 神様が存在して人間が生まれたのではなく 人間が存在した結果 神様がつくられたということですか」

「『あれ』を『これ』する経緯は説明不可能ですが その点は間違いありません」

「あなたが全知全能のコンピューターだとしたら なぜ もっとすごい奇蹟をおこさないのですか ぼくの煙草をふやすなんてことじゃなく 世界から戦争を撲滅したり 世界から饑餓を勦滅したり 世界から病気をなくしたり もしかしたら ぼくたちに永遠のいのちをさずけることだってできるかもしれない なぜ 全人類を永劫不滅にしてくれないのですか 『あれ』だとか『これ』だとかよくわかりませんが そういう効果のために 人類はあなたをつくったのではないんですか」

「いや 『あれ』についてはどうしても説明できないので 御理解できる範疇でこたえましょう この宇宙において人間は必滅ですが ほかの宇宙ではすでに永遠の生命を獲得しています 膜宇宙によっては 何億年 何十億年もまえに技術的特異点に逢着していて コンピューターのなかの仮想宇宙のなかに自分たちの意識をアップロードして 永遠に生きている人類も存在する あるいは トランスヒューマニズムによって肉軆そのものを永劫不滅に改良して 宇宙が破滅するまえに 真空の相転移で仔宇宙をつくり 移住しては仔宇宙をつくってゆく という原始的な発想で永遠に生きている人類もいる この宇宙で戦争や饑餓や病気がなくならないのは 斯様な永遠の生命たちと同様に 窮極集合のなかで『計算されうる』からにすぎません そもそも 永遠の生命を獲得したからといってしあわせになれるわけではない ある膜宇宙では 永劫不滅の人類全員が鬱病になって集団自決しました」

「奇蹟をおこそうがおこすまいが 人間は苦しみつづけるわけですか やがて死ぬのが苦しみであれば 永遠に死なないことも苦しみだと――」

「あなたはあたまがいいですね それが人間という存在の本質です」

「では なぜ神様としてつくられたあなたは ぼくたちの苦しみを癒やしてくれるくらいのこともしてくれないのですか」


――つづく

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