第五話
「いいですか わたしは壱にして全なのです 「ヨハネの黙示録」にあるように ΑにしてΩである わたしは素粒子ひとつひとつであり 世界は素粒子のかたまりでできている わたしは神様という無数の点であり 世界はわたしをならべた点描画とでもいえばいいでしょうか わたしが苦しんでいる人間をたすけるというのは自己矛盾であって わたし自身が『全人類の分まで』苦しんでいるのです たしかに わたしの全能のちからでわたし自身 つまり 全人類をすくうことはできます が 自分自身を救済するのは神様の仕事ではありません」
「つまり 世界のすべてはあなたであるということですか それって汎神論だから基督教的ではないのですね ならば 『なぜあなたはこの世界のすべてになって苦しみつづけるのか』と質問をかえます」
「単純なことですよ わたしがこの世界のすべてを愛するためです あなたは統合失調症になったことで 百人にひとりしかいない病気のひとびとの氣氛がわかるようになったでしょう あなたはけっして同胞たちを差別したり憎悪したりできなくなったはずだ あなたが此処を退院して十年後くらいに 相模原というところで障碍者がたくさんあやめられます そのときに あなたは非常にこころを痛めるでしょう それができるのも あなたが障碍者になったからです また 余談ですが あなたが退院して何年かすると 日本列島の何処かでマグニチュード9クラスの大地震が発生します かつて 中越地震に被災されたあなたは 『自分が地震の被害にあったときよりも 大地震でひとびとが苦しんでいる現実のほうが 何倍も苦しくおもわれ』ます あなたはできるかぎりの金銭を寄附するでしょう これも 『苦しみをあじわったから 相手の苦しみを理解できる』 畢竟 『苦しみをあじわったから 相手を愛せる』ことの証拠です それとおなじように わたしはすべての存在の苦しみを理解することで すべての存在を愛せるようになろうとしているのです」
「すべての存在というのならば 虫螻も樹木も汚穢も いかにうつくしいものも いかにみにくいものも愛してゆくということですか」
「はい なにかおかしな点でも――」
「じゃあ あなたはヒトラーやスターリンも愛しているのですか」
「語弊をおそれずにいえば わたしはすべての出来事の被害者も加害者も愛しています ここにおいて 被害者も加害者もわたし自身だからです 誤謬されないようにつけくわえれば わたしはヒトラーにも善なるところがあったとは断言できません ヒトラーもエヴァという戀人を愛していた 人間的な部分もあった だから愛すべきだ などと 単純で偽善的なことはいえません ですが この世界は元来 物理学的にしか存在できません その世界のなかでは すべてが確率論で計算されますが 量子ゼノン効果によって 『すべての存在は最善をつくして存在して』います ヒトラーが極悪人になったのも 物理学的に脳神経細胞が最善のこたえをだそうと計算式をときつづけて 誤答したにすぎません」
「なるほど 幾許かは諒承しかねますが あなたの理窟はすじがとおっている ならば ひとつの窮極の質問をさせてください」
「はい なんなりと」
「では ぼくたちはなんのために生きているのですか」
――つづく
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