第三話
「ええ 矢張り世界は神様がつくったのだとでもいうのですか」
「それはちがいます この世界はカラビ・ヤウ多様体から開闢しました カラビ・ヤウ多様体はM理論によって十一次元をなしているので はじまりもおわりもありません この多様体からスロートという管が発生して その先っぽに宇宙の根源である素粒子たちが誕生しました 元来 虚数時間を浮游していた素粒子たちのうち 幾許かのものはビッグバンをおこして実数時間にヒルベルト空間をつくったのです あなたは相対性理論の知識があるようなので説明は不要かとおもわれますが 此処でいうヒルベルト空間とは ユークリッド空間ではなく 時空連続体仮説によって湾曲されたリーマン空間です わざわざ説明したのは 『原初の素粒子たちが元となった宇宙のなかにはユークリッド型宇宙も存在する』からです この宇宙では いまだに多元宇宙論の結論がでていませんが あえてわたしがもうしあげれば 第四段階の窮極集合が現実です 説明は簡単です 十一次元のカラビ・ヤウ多様体には過去や未来という概念がないので 永遠に宇宙をつくりつづける ニーチェのいうように 永遠に物事がつづくばあい 『すべての出来事が現実化する』わけですね ですので 永遠に宇宙をつくりつづける結果 宇宙は無限個をなすわけです ゆゑに 『計算されうるすべての宇宙が存在する』という窮極集合論が成立するのです ビッグバンがおこったあとの百三十八億年の歴史は説明不要ですね」
「――では 世界のおわりはどうなるのですか」
「さきほどはあえて言及しませんでしたが この宇宙では量子力学が成立します まだ 万物理論が完成しておらず 相対性理論と量子論の齟齬が解決されていませんが あなたが生きているうちか 亡くなってすぐくらいに M理論によって万物理論が完成され 相対論と量子論の矛盾はなくなります そのなかでも 素粒子の波動関数の聚斂は事実です つまり 世界は一瞬一瞬にさまざまなベクトルに分裂してゆき それぞれべつべつの宇宙をつくってゆく これを膜宇宙ということは御存知のとおりですが 重力をなす重力子は膜宇宙間を移動できるので やがて 隣接する膜宇宙の重力子が観測されて量子論のただしさが部分的に証明されます あとは説明するまでもないかもしれませんが 『宇宙があらゆる可能性の方向に分裂してゆけば 世界は無限とおりのおわりかたをする』のです 熱力学的死にいたる宇宙もあれば サイクリック宇宙をなす宇宙もあり ビッグ・リップで破裂する宇宙もある」
「それじゃあ たんなる科學的な世界観じゃないですか 宇宙は科學的に誕生したとしましょう でも 地球上の生命や人類が誕生したのもたんなる物理学的現象なのですか これじゃあ 萬一 神様が実在するとしても 神様は無能だ 人類が誕生したのも科學的な現象ならば 神様はなにもしていないことになる」
「よくある勘違いです わたしが人間をつくったのではなく 人間がわたしをつくったのです」
「え」
――つづく
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