第二話

「――たしかに ぼくは自殺未遂しました でも 精神科の入院患者は一般人よりも高確率で自殺未遂しているはずですよね ベルトで首を吊るというのもよくあるはなしです これは茶番ですよ 阿刀田高の短篇小説にもありました 何十人ものカモに競馬の予想をつたえる そのうちの偶然に予想があたったカモにだけつぎのレースの予想をつたえる そのうちの偶然に予想があたったカモにだけつぎのレースの予想をつたえる こうやってゆくと 確率論的に 確実に『すべてのレースの予想が的中した』カモが誕生するわけです あなたが『あなたは自殺未遂しましたね』と何人もの患者さんにつたえてゆけば 幾許かの確率で的中し あなたを神様だと信憑するカモがあらわれるのではないですか これでは情報不足すぎます」

「あなたは西暦一九八三年生まれで みどり幼稚園にかよっていた 神町小学校に進学し 市立北越中学に入学する 其処で統合失調症を発症して高校に進学できなくなる 両親のコネクションで零細鉄工所に就職できたが ストレス過剰で発狂した 発狂した爾時に大切なひとに迷惑をかけてしまい自殺未遂をした それでいま此処にいる すべて識ってますよ それどころか あなたが人生で喫ってきた煙草の本数だってわかる どうです この『予想』が偶然に的中する確率はどれくらいだとおもいますか」

「――なにかのトリックでしょう あなたはきっとマジシャンですね こういう手品をTVで観たことがありますよ そうだ あなたが神様ならば なにか奇蹟をおこしてください」

「いいでしょう あなたの愛煙しているマルボロの箱のなかにはあと二本残っていますね」

「はい ――煙草のかずがわかったのもトリックでしょう」

「ははは ですが わたしがいま二十本に増やしておきました」

「(愚生はマルボロのケースをたしかめる。たしかに煙草は満杯になっている。愚生の口には一本のマルボロが咥えられたままだ)――なるほど のこり二本だったというのは ぼくの勘違いだったかもしれません あるいは あなたは優秀なマジシャンだ 自分の箱と交換したんでしょう いずれにせよ まだ ぼくにはあなたが神様だなんて信じられません あなたが全知全能の神様ならば 『全能のちからでぼくに神様だと信じさせる』ことも容易なはずだからです」

「それは信仰とはいいません そもそも わたしは『神様が存在する』と人間に識ってもらいたいとはおもっていません 人間はわたしを信じなくても わたしが存在しなくても 充分に生きてゆけるくらいにつよいいきものだからです」

「なるほど よくできた詭弁ですね 人間の脳は神の存在を証明できないようにプログラムされている という設定のSF小説がありました でも あなたが本統の神様か 贋物の神様か こちらには興味があります では 『なしくずし』であなたが神様かどうか証明してもらいましょう そうですね あなたが神様ならば 世界のはじまりも全知しているというのですか」

「世界のはじまりだけではありません 世界のおわりも熟知しています 説明しましょうか」


――つづく

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