第2話 エリザベート湾の奇跡

地球から遥か彼方に存在する惑星オリンポス

 凍えるほど冷たい北風が流れ込み、ありとあらゆる生命が停止したかのように静寂で、静かな景色。


 世界は人が母なる大地から旅立ち初めて既に4半世紀――――

 ここ新しく人類の揺り籠となったダラム恒星系α宙域の惑星オリンポス。

 そこは資源が豊かな惑星であらゆる鉱物、植物があり、未知のフロンティアであった。


 未だ手付かずの美しく優雅な大地がそこに存在していて、まるで太古の人類が生まれた地球と同じような光景を見せている。

 惑星オリンポスの中で限り少ない不凍港の一つここ、アルテネス港。そこに俺はいた。


 今俺はまるで潜水艦の様な形をした巨大な船とも言うべきほど、巨大で歪な形をしている船の乗っている。船は先端に巨大なアームがついていて、まるで工事車両の様なシャベルがついているのを見るに何らかの作業用船舶なんだろう。


 空に目を向けると大きな青空が広がっていた――

 そこは地球の様に海が広がり、山が聳える世界――

 しかし空にはリングを持つ巨大な惑星や、火山活動で真っ赤に燃える別の衛星も浮かんでいる

 大地は岩肌が乱立していて、まるでここが楽園だと言わんばかりに。


(俺は確か船に乗っていて部屋で寝ていたはずなんだが・・・)

 頭を総動員して今の現状を理解しようと努めるが、いくら考えても分からない事だらけだ。記憶では確か俺は与那国島に向かうために船に乗っていたはずだ。


 それなのに、目が覚めたと思ったらここにいる。


 この眼前に広がる穏やかな白羽を立てる波が揺れ、カモメに似た4枚羽の鳥が飛んでいる。こんな光景見たことないはずなのに、不思議と何故か知っている自分がいる。



「全く一体どうしてこうなったんだ・・・」

 小声で頭を空にしながら、これまでの経験を思い出そうとしていた・・、いや正確には理解しようと考えていたと言うべきなのだろか?


 しかし、どれだけ考えてみても結論はでず、ただいたずらに時間を無為に過ごしているだけであった。そうしていると横から咎める様な声が聞こえてくる。

「あー!こんな所にいましたか?もおー探しましたよ」


 目を声がした方向に向ければ一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。

「いったいいつまでそうしてるつもりなんですか?サボってないで手を動かしてください」


 まるで大人びた声で言いながら近づく一人の女性、名前はイグリットと言うらしい。

 長くそれでいて優雅さを醸し出す青い髪を動かしながら、それはかとなく懐かしい雰囲気を感じさせる。


(おっかしいな、見るのは初めてのはずなんだが・・・・)

「艦長はいつなったらこの書類の山を片付けてくれるのですか!もう私一人じゃ手に負えませんよ・・・」

 ぷりぷりと怒ったような顔をしているが、全然凄みを感じない。意外と可愛い・・・


「イグリット、俺のことは名前で呼べと言っただろう。艦長、艦長とか役職で呼ぶな!なんかこう・・だなもっとフレンドリーに・・・」


「馬鹿なことばっかり言ってると、昨日の晩何してたか言いふらしますよぉ?」

「す、すみませんでした!」

 冗談を言ったらこれだから可愛い気がない、黙って入れば美人なんだが。


「何か良からぬ事を考えてませんか?」

「い、いやそ、そんな事はないです・・・よ?」

「・・・・・・」


 変な所で勘がいいんだか悪いんだか・・・、ともあれ気の知れた仲間であることは間違いない。

 ひとまずは彼女の事を頭の中から置くとして、これまでの経緯と歴史を知る為に再び思考に耽る。


 何故自分はここにいるのか? ――――否、不明

 何故自分は別人になっているのか?――――――――否、不明

 何故自分はこの船舶の艦長なのか?―――――答、それは親父から俺に引き継がれたからさ。


 自分の声がまるで木霊の様に聴こえる。自分の声をスピーカーで聞くような声ではない、まるで別人の声みたいに、低く聴こえる。思考していると不思議と考え事をしていると安らぐような気持ちになる。しかし今は真面目に記憶を探る事とした。


 親父から引き継がれたというがそもそもこの船は一体どういう目的で造られたんだ?

 ―――――それは彼女が知っているはずだ

 彼女?イグリットの事か?――――――――――そうだ


 彼女が、いやイグリットと言うのだったか。頭を動かしながら周りを見渡してみるが、相変わらずシンジとイグリットいないらしい。

 そこで意を決して質問を投げて見る事にした・・・恐らくこんな質問をしてしまえば頭がおかしくなったとでも思われるだろうな。


「だけど聞かなきゃ何をすればいいかわからないよなぁ」

「何か言いましたか艦長?」

 小声でそんな事をつぶやくシンジ、しかしその声は彼女には聴こえてはなかったみたいで、顔を傾けて分からないと言った感じで聞き返す。


「いいや、何でもない」

 頬杖をついてぼんやりと海を眺めていたイグリットが、ついと目線を彼に戻した。


「それで艦長は何でこんな場所にいたんですか?いくら帰港するだけだからといってこんなデッキ所に上がっていたら危ないですよ!いつに見つかって潜水するか分からないのですから、早く部屋に戻りましょう」


 どうやら彼女は心配してここまで探しに来たようだ、面倒を掛けてしまって少し罪悪感を感じてしまうが、それ以上に頭の中は不安で一杯だった。

 思考した所で圧倒的に情報が足りない、だから諦めて恥を忍んで聞いてみる事にした。


「な、なあちょっと聞きたい事があるんだけどさイグリット」

「んん?いきなり改まってどうしたの?」

「リムパッドって何?」

「え?って自動潜水ドローン艦の事だけど、というかそれくらい知ってるでしょ?急にどうしたのよ」

「い、いや別に・・・」


 冷や汗をかきながら答えていると、まるで信じられないとばかりの表情をしながら目を向けられている。なんだか無性にムカつくが我慢だ、我慢。


「もしかして・・・いやでもまさか・・・・――」

(しまった・・・不用意に聞いてしまったから疑われてしまったのだろうか)


「それでさっきの質問はどういう意味だったの?」

「え?いや別に・・・ただの確認だよ、確認」

「・・・・・・・・」 

 痛いほど視線がずっとこちらに向けられているが気にしない、気にしない。


「さあな、それよりもどうしたんだよいきなりデッキまで来てさ」

「だからさっきも言ったでしょ!片付けて貰う書類があるからって」

 憤慨した表情で怒っているのはわかるのだが、俺にはどうしようもない・・・・・

 なぜなら俺には記憶がないのだから――――――


 ★☆★☆★


「えええええええ!?」

「それ本当ですか?」

「・・・・・・嘘をつく理由がないだろう」

 冷や汗をかきながらも淡々と話していく、『自分の記憶がない事』やをどんな風に受け取られるかと言う意味において見ておきたかったからだ。


 ただし、自分が別世界から来たと言うことは話していない・・・

 それを言ってしまえば、単なる冗談として取られるか頭が可笑しくてなった思われてまともに受け取ってもらえないだろう。

(――さて・・・彼女はどう反応するだろうか?)


「・・・・・信じます・・・信じましょう」

「え?ほ、本当に・・信じてくれるのか?」

「貴方はこんな状況の中で冗談を言えるほど肝が座っているわけではないんでしょ」

 溜息をつきながらも空を見上げてこちらに背中を向けるイグリット、それはまるで信頼してるかのように言っているようだった。


「・・・・・・・・・・まさか本当に信じて貰えるとは」

「どういう意味?シンジは嘘をついてたの?」

「い、いや違うよ!それはない!絶対に、本当に!ただ・・・・・・」

「ただ・・・・・?」


 いうべきかそれとも黙っておくべきか、中々踏ん切りが付かない。

 延々と悩み、失望されるのではないかという恐怖を胸の奥に抱いたままだ。


「・・・・・・・・・・信じてもらえるか不安だったんだよ」

「そう・・・・ま、分からなくもないですね」



「それで?どうするんですか?」

当然と言わんばかりに質問を投げられるが、俺にはどうしようもない。

この世界の歴史も知らなければ時代背景すら分からないから選択肢がそもそも存在しない。見た感じ元いた世界から数百年は経っている感じではあるようだ。


「だから暫くはこの船で世話になることになるだろうな」

そう受け答えしておいた方が無難だろう、俺にはこの船の知識は愚か――経験も――覚悟すらないのだから・・・。

そうやって思案していると空からの日差しが見えなくなる。雷の音が成り果て、そして誰かが歩いて来る足音が聞こえる、梯子を登ってどんどんこちらにやって来る。

やがてその人物が近づいて来ると、大きな足音だと分かり緊張から自然と体がこわばってしまう。


「こんな所にいたんですかぁ、艦長」

一人の猫背の大男が甲板のハッチを開けてこちらにやって来る。

見たことない姿からは、まるで歴戦の兵士のようにも見えるがその実は温厚な性格だという事を口調から感じ取れる。だけど不思議な感覚だ、何故か彼を見ていると酷く安心している自分がいる。


「急なタイミングで悪いんですが二人とも来て頂けますか?」

どうやら今日は雨が降りそうだ――


★☆★☆★★☆★


宇宙歴435年8月10日 ―――― エリザベート湾

「楽園は地獄への入り口か・・・」誰かがそう言った。


長く狭い空間の中階段を降り続けて10分ほどすると、やたらと厳重に分厚い扉が現れた。扉の上にはCIC室と書かれていて、そこが重要な部屋だと言うのが見て取れる。


CIC室に来ると他の人が集まっている事が見て取れた。かなり広いはずの部屋は何やら沢山の機械やモニターがあり、広い空間が手狭に感じられるほど。

中央には潜望鏡のような大きな筒が存在していて、まるで巨大な大砲ようで圧倒される。


「それで通信状況はどうだ?何か分かったか?」

「いえ!未だに応答もなく、パッシブに切り替えて捜索中であります。」

「そうか・・・・・・・では念のために、BP-1とBP-2を展開して警戒に当たらせろ――それと何か進展があり次第、潜航もあり得る。」

「は!了解しました。そのように通達しておきます」

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マリーンライオン ノアの箱舟 @00IAI00

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