第2話
先週金曜の放課後。
クラスメイトに告白された。
彼——大原くんは、明るくて快活な、クラスの人気者。
彼の周りには、いつも誰かしら友達がいて、賑やかに楽しげな空気が常に満ちている。
サッカー部のキャプテンで、いざという時にはしっかりと場の空気を読み、毅然とした態度を取れる。
そんな頼もしさと爽やかな明るさを持ち合わせた彼は、男女を問わず周囲から慕われる存在だ。
けれど——
彼に告白された私は、困惑している。
彼の気持ちが自分へ向いていることは、知っていた。
その眼差しや、急にギクシャクと不器用になるその態度や、何かの拍子にぱっと染まる頰などを見れば、すぐに気づく。
まるで、真っ直ぐで純粋な少年のようだ。
彼のことは、嫌いじゃない。
むしろクラスメイトとして好感を抱いている。
けれど——
「異性」としては、どうか?
実際に告白されて、改めてそう自分に問いかけてみても、答えなどさっぱり見つからない。
中学の頃、家庭教師に数学と理科を教わっていた。
端正な顔に眼鏡をかけ、どこか神経質で華奢な長身の男子大学生だった。
親の希望で、彼の授業は自宅ではなく、近くの図書館の公共スペースで受けていた。
私はいつしか、彼に強く惹かれた。
先生として、そして異性として。
ある日、授業内容から宇宙の話になった。
「僕もね、宇宙や星が大好きなんだ。
星の本、よかったら貸そうか」
先生の微笑みとその言葉に、私は迷わず頷いた。
図書館の帰り、親に「友達の家に寄って帰る」と嘘のメッセージを送り、先生と一緒に彼の部屋まで行った。
本を借りるために。
言われるままに上がった彼の部屋で、強く彼に抱きしめられた。
そのまま、ベッドに倒された。
怖いとは、全く思わなかった。
それは、私が毎晩毎晩脳内に思い描いていたことだった。
こうして願いが叶ったことに、私は寧ろ酔いしれた。
止めようのない勢いに、すべての行為は嵐のように過ぎていった。
その熱に浮かされるように、私は彼に囁いた。
ずっと、こうしていたいと。
私の囁きを聞いた途端、彼は何か我に返ったように青ざめ——
上擦るような声で、小さく「だめだ」と呟いた。
「このことは、僕たちだけの秘密だ。——な、わかるよな?」
突然逃げ腰になったその態度と、怯えたような表情に——
私は、彼の心の奥底の汚れた沼をそっくり見せられた気がした。
ただ衝動的にヤりたくなっただけで、お前を好きなはずなどないだろう、と。
喋られると都合が悪いから黙っておけ、と——そう言われたのと、何も変わらなかった。
その男とは、それきり会うことはなかった。
先生急に都合が合わなくなったらしくて、と、それだけ母親から聞いた。
3年前の出来事だが、別にどうでもいい。
初めて好きになった男がたまたまクズだった——ただそれだけのことだ。
そして。
私には今、気になってならない人がいる。——大原くんではなく。
その人がこちらを向く可能性は、ほぼないけれど。
大人びて、いつも静かに穏やかで——
時々さりげなく投げられる艶のある視線に、ゾクゾクとする。
それが私の方を向いていないから、なお一層。
「長澤、次理科室一緒行こーぜ」
「ああ」
品の良い仕草で、彼はすらりと席を立つ。
「ねえ、長澤くんってさ、彼女とかいないのかなー? イケメンだよね、なんか冷たくて怖そうだけど……」
私の横で、友人が彼をじっと見つめながらわかりやすく頰を染める。
「——彼、中学校の頃、初恋の子が事故で亡くなったんだって。
その子のことが、今も忘れられないらしいよ」
「……え? なにそれ!? ほんと!?」
「うん。男子たちがそういう話してるの、たまたま聞いちゃっただけだけどね。
——この世にいない相手と戦ったって、きっと無駄じゃない?」
「え〜……嘘お〜……超ショック〜〜……」
そう。
この世にいない相手になど、勝てるはずもない。
私のこんな想いなど、彼には届かない。
……寧ろ、届かなくていい。
変に冷めて、既にどこかが汚れている、私みたいな女の想いなど。
——汚してしまう気がするのだ。
真っ直ぐに私を求めてくれる大原くんの想いを、受け止めてもいいのだろうか——こんな私は。
金曜までに、答えを出すことになっているのに。
「理科室そろそろ行こうよ、咲」
「……うん」
友にそう誘われ、重いため息をつきながら席を立った。
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