禁酒

夢美瑠瑠

禁酒



掌編小説・『禁酒』



某月某日 

今日、「アルコール外来」の門をたたく。私は筋金入りのアル依存症で、どんなに

嫌酒薬やら、行動療法やらを試みてみても治らなかった。

いわゆる、アル中病棟にも入院してみたが無駄骨だった。

アレックス・カーという人の「禁酒セラピー」という本を読んで、一か月止めたことがあるが、

その後は元の木阿弥で、かえって酒量が増えてしまった。

今度の酒匂(さかわ)先生はきめ細かな指導をしてくれるので有名で、

私も期待を抱いている。「「羊頭狗肉」みたいな苗字ですね」と冗談を言うと、

「よく言われます」と笑っていた。何かの無意識的な動機づけとかがあるのかな?

とか思った。

話し合って、手始めにこの「禁酒日記」をつけることになった。

思うことをありのままに書けばいいそうで、「自己開示」とか、「認知行動療法」の一環だそうだ。


某月某日

処方された「レグテクト」を、二錠ずつ朝昼晩、と飲んだ。午後の4時ごろまで呑まずにいられて、

「さすがは新薬」とか思っていたが、夕方になるとやりきれないような飲酒欲求が

生じてきて午後五時にあっけなく破戒。

午前に、肝臓やら糖尿やら悪くなりやすい家系なので気を付けろ、

と叔母さんに電話で言われていたのだが、

言われるまでもなくもうすでに大分悪いのだ。が、そのことは黙っていた。

罪を犯すような気分で、ビール350ミリリットル、清酒700ミリリットル呑んでしまう。

歯止めがやはりきかなくなって、呑み足りずにコンビニに酒を調達に行く。

L缶5本とワイン1リットルを買って、・・・それから記憶がブラックアウトした。

目覚めると台所で寝ていた。この日記を書かなければ、と思って机に向かったが、

矢張呑みたくなって、残っていたワインを呑みながら書いている。

「まあ一日目だから・・・」と自分を慰めた。

つくづく因果な病気だと思う。


某月某日

今日はひどい目に遭った。なんとしてもやめなければ、と悲壮な決意をして、

大嫌いな嫌酒薬のシアノマイドを飲んで、24時間止めようと思ったのだが、

25時間目くらいに「もう大丈夫かな」と、うっかり呑んでしまった。

運悪く?薬が残っていたらしくて、例の二日酔いを100倍にしたような悪寒が襲ってきた。

顔は猩々緋というのだろうか、気味が悪いほど紅潮して、ゲエゲエ吐いてしまった。

布団に入って寝ようとしたが、「もう死ぬな」と思うほどひどい気分が大分続いた。

今は持ち直したが、もうあれだけは絶対に飲みたくない。

酒の方に罪は無い、と思ってしまうのでこれは時代遅れの無意味な代物だと思う・・・


某月某日

精神保健福祉士の人が二人来て、入院のことについて話す。

肝臓とか沈黙の臓器で・・・云々と、破局が来てからでは遅いという趣旨。

「このまま拉致して連れていきたいくらい」などという。

入院して治らなかったので・・・とまた同じ言い訳で拒否する。

「2014年に発売の新薬なので」と、レグテクトのことを盾にして、

何とか断れた。毎日飲んでいるが、実は効いているのかいないのかは曖昧だ。

が、今はこれに頼るしかない。



某月某日

思えばアルコールで失敗してきた人生だったなあ、と追憶に耽る。

ユングの性格類型だと「感覚型」にあたるのか、飲酒の

酩酊感や陶酔の甘美さも人より深い気がする。

下世話な話だが、セックスとかでも同じ傾向がある気がする。

すなわち耽溺しがちになるのか、と思う。

ごく若い頃はしばしば酒にハマってもそれ自体で失敗したというのは

少なかったが、自動車の運転を始めてから何度か事故で死にかけたり、

警察に呼ばれたりいろいろ行動が逸脱し始めて、とどのつまり依存症になって

社会自体から逸脱した格好になった。

それでも学習しないというのか、今でも呑みたい。

考えると、飲酒で楽しい気分になれて、そういう時間が長いので、

未だに童顔であまり老けないのかなあ、それなら功罪相半ばではないか?

酔生夢死もまたよし、などと牽強付会に飲酒を正当化したりもする。

老けないと言って、血管年齢とかは70歳くらいかもしれないのだがw

そこは目をつぶろうとするのだ・・・

父親ものんべえだったが、職務は全うしていたし、強い男だったと思う。

余計なことは全く喋らなかったが、本当に家族のこともちゃんと考えてくれていた。

「父親不在で依存症」などと考えると気の毒な気がする。

自分もだいぶん大人になったし?改めてちゃんとサイコセラピーみたいなものを

受けてみたい気がする。今までは何でも生半可なのに、

妙に分かった気になっていて、「無知の知」というのが無かったなとか思う。

「無知の無知」だと莫迦の二乗で、どうしようもない人だったのだ・・・

これからは頑張ろうと思う。

今日はレグテクトのおかげか、缶ビール二本で止まった。


某月某日

酒匂先生に日記を見せると、

「いいですねー素直な気持ちが現れていて、自己省察もしっかりしている。

日記を書くだけでかなり頑張れる人も多いんですよ。自分とちょっと距離を置いて、

客観的に眺める感じが必要なんですよ。

何度転んでもいいんですよ。その度に立ち上がるのが大事です。

これをあげましょう。」

と言って、相田みつをさんの例の言葉、

「つまづいたっていいじゃないか、人間だもの」というのを大書した

色紙をくれた。

今の私はダメ人間で、「ドラえもん」ののび太くんかもしれない。

だが、いつものび太は泣いたり笑ったりして懸命に頑張っている。

「ぼく、ダルマになるよ、おばあちゃん。

これから何度も転ぶだろうけど、その度に立ち上がるよ」と泣かせることを言う。


私ものび太のようにダルマになって、いつかは静香ちゃんをお嫁さんにしようと思う。


・・・この日記の翌日に、男は心臓まひで死んだ。

だが、それでも彼なりの哀歓と苦楽に富んでいて、

それは立派な一個の人間の生涯だった。

筆者はそう思いたいのです。


<了>


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

禁酒 夢美瑠瑠 @joeyasushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ