第17話 北の刀



〈バシャ、バシャ〉



取り巻きたちは、腰に差した刀を抜き出して、海中を手当たり次第切り込んだ。


ある者は海面を叩いた。海蛇いらぶーが水中で賢龍の足に噛みつき、さらに襲い掛かろうとしているものと考えたからだろう。波しぶきが激しく舞っている。


(あっ)


美久の目に、水中を物凄い勢いで泳ぎ去って行く黒い陰が一瞬……見えた。


「もう、蛇はいない! いなくなった! 今、逃げて行くのが見えました!」


と、美久は大声で武士らに伝えた。


「そうか!」、潮平は刀を締まった。


賢龍は二人の従者に背負われ、砂浜に寝かされた。


噛まれた部分が、神経を刺激しているのか、顔面や首筋からじわじわと汗が滲み出ている。


「どっ、どうすれば、どうしたらよいのだ! ええっ」


従者が口々に村長を攻め立てた。


村長はたじたじだ。


「なぜ、こんな浅瀬にイラブーが……。大変な事になった。もしものことが起きたら、わしの命も……。おお、どうすればよいのか。ああ、美久よ、どうすればいいのじゃ」  


と、頭を抱えてしゃがみ込んでは喋り続けた。


「落ち着け、落ち着けワシよ。そうじゃ、止血し、毒の回った部分を切るしかない。毒が体中に回る前に、ひざから下を急いで切り落とすしか……」


賢龍は唖然としていた。顔は、そのショックも加わり、みるみるうちに青ざめていく。


「そんな事できるわけない。潮平、何とかしろ!」  


潮平を中心に取り巻き達は益々騒ぎだした。


賢龍は自分で右足ひざの上を、布の切れ端で縛りつけた。しかし毒による熱さとしびれを感じたのか、額に冷や汗が異常なほど吹き出していた。  


彼は覚悟を決めたかのように、


「誰か……この刀、千代ちよで……わたしの片脚くらい、一太刀で分断できるはずだ」


その一言に潮平の顔からも血の気が引いた。

 

村長は見るからに狼狽している。

賢龍の脱いだ着物の下から彼の長刀をゆっくりと抜いたのは、美久だった。


「お前が、切ってくれるのか?」


その刃を指先で辿り先を掴むと、賢龍を睨んだ。


「そうか、父の仇を取るのだな。それも運命か」


「いいえ。いくらその仇であっても、目の前で苦しんでいる人にそのようなことはしません……。信じてください。私にお任せください。この刀、千代をお貸りします」


と、村長に柄を差し出した。


「ここを、持っていてください」


「美久よ。お前に任せてよいのだな。この方を助けてくれるのだな」


「はい」


と言うなり、するすると自分の帯を解いた。

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