第16話 拾ったもの

「実は……幸運にも、こんな物を拾ったのです」


と、木の破片を袖から取り出した。


手の平ほどの大きさで、花が彫りこまれたあの木片だった。


「大事に持ち歩いているのか。これは、何という名の花だろうか? これまで見たことがない。きっと本物はとても美しいのであろう。明国にあるのか?」


「たぶん、もっと遠くの国です。このような美しい花が咲く幸せな国が存在するはずです。この花を彫った人のやさしさが感じられますから」


賢龍の口元が少し緩み、笑ったように見えた。


「幸せな国か。私もそこへ行って見たいものだ。それを私にくれぬか」


「どうぞ。お気に召したのでしたら」


彼は、花の木片を顔に近づけると、色々な方向から眺め始めた。


「この花の色はあかか。そなたの神人として情熱と同じ色だな」  


傍らにそれを置くと、彼は着物を脱ぎ始めた。


(はっ、何?)


とっさに目を反らした。


「今度は、海の中だ。もっと見つかるかもしれない」


砂を蹴飛ばして海に飛び込んでいった。まるで子供の頃に戻っているようだ。


鍛えられた上半身には、所々に傷跡が痛々しく残っているが、わんぱくな故に、ついた怪我に見えた。


従者達も彼に追いつこうと、身に着けたものを慌てて脱ぎ始めた。中には、脱ぐのに手間取ったのか、そのまま海へ入っていく者もいる。


「どこまでもついて行くのね。何を始めるか予想がつかない人の従者は大変だこと。ふふふっ」


「これこれ、美久よ。笑ったら失礼だぞ。ぷふっつ」


と村長も笑いをこらえきれないようだ。


美久と村長の笑い声が、水の跳ねる音と合わさった。


やっと追いついた武士らも腰まで海水につかり、賢龍を取り囲んでいる。彼は輪の中心にいて、好奇心を刺激された子供のようだ。我を忘れて水中に沈んでいるものを探している。青い海に肌色の体が潜り込み、白く輝く波しぶきを立てて、砂浜から右手の岩場へと向かっていた。


その時、

「痛っ、何かに、噛み付かれた」


賢龍は右足の膝を抱え込む格好で水中に沈みこんだ。


「足が、足が熱い」


「ひゃー、海蛇いらぶーだ!」 


村長の叫びが浜辺に響いた。


今までと打って変わって、騒然となった。

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