第15話 海の果て

美久は、軽々と馬にまたがった。


「この森を見る事は、この先の海を見るのと同じです。ご覧になりますか? 何かが見つかるかも知れません」


「そうか……。では、行ってみよう」


賢龍は、美久の右の太腿を強引に掴み、彼女の後ろへとよじ登った。


彼のがっしりとした筋肉質な胸が、美久の背中に隙間なく接してくる。


そのまま、耳元で呟いた。


「ふぅ、そなたは、面白い。私の心が読まれているようだ」


と、強い力で、美久の両脇を捕まえた。


美久は、男性の筋肉から発する力を、その時初めて身体からだで感じ取った。彼の両手、その指先から伝わる力は、意志を持って美久の下半身と馬とを固定している。彼女の腰から馬へ、太い矢を突き刺すようだ。


しばらくすると、二人の乗った白馬は海岸に到着した。


馬と同じに砂浜はとてもまぶしく、海は果てしなく碧く、真上の空はそれよりも薄い青色をなしていた。今、駆けて来た道は、緑で覆われている。この世は、白、青、緑、この三色しか存在しないのかと思われる程だ。


「これがニラ果てカナイ、その海なのか?」


「そっ、そうです、人は死んだら、たっ、魂はこの海の果てに去って行くので、です」


美久は、しどろもどろな返事をした。


賢龍は、美久を掴む力をすーっと緩めた。


「この先には、あの世があるというのだな」


美久は気持ちまで、がっしりと彼に捕まれていたのを知り、自然と振り返った。


彼は、遠くその水平線を、物思う表情で見つめている。


美久はしばらく間を取ったが、急に息を吸い込み袖に手を入れて、その何かに触れながら、


「そういう事になっていますが……」


「なっている?」


賢龍が、不思議そうな顔を向けてきた。


美久は水平線の向こうに目をやり、


「この先にあるのは、あの世ではありません。星の数程の国や、人々が暮らしているはずです。この浜に白い壷が流れてきて、その国からの沢山の穀物の種が入っていた神話が残っています。私は信じています」


「ほう、島から出たことが無いのに、明国を知っているのか?」


「目を見開き、心を解放して周りを見直すのです。すると、外の世界の使つかいに気がつきます。そして、彼らに問うのです。やがて自分がいる場所が分かってきます」


「見直す? 使つかい?」


賢龍は真上、そして周りを見ながらゆっくり視線を下ろし、地面、馬の足先を見る。


砂浜に埋もれた大小さまざまな木の破片に気が付いたようだった。


彼は馬から下り、それらを手に取った。


これといって変わったものではないという表情で、


「普通の木だが」


と、ポツリと言った。

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