第14話 この娘と

美久も手の平に付いた土を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。


小柄な武士は、息を切らしながら刀を抜き、美久に刃先を向けた。


「この場で切り捨ててやる!」


彼は、自分のやるべき仕事がついに行動に移せたと、満足感に溢れたような顔をしている。


それを見た賢龍は、


潮平すんじゃ、止めろ」


と、右手を広げた。


美久は、二人を仁王立ちで威嚇した。


「賢龍様、潮平様、これが武士のやり方ですか。どうして自分の都合ばかりで、その土地のしきたりに敬意を払わないのでしょうか。私は死んでもここを通しません。神人としての義務です」


「何だ。さっきは、まだ神人になりたくないような事を言っておったが……それにしても女なのに、怪力だな」


賢龍の口元に笑みが漂う。

 

頑として動かない美久が、そこにいた。


「……」


村長は、やっとのことでたどり着くが、その場の雰囲気を感じ取ったのか、あたふたとしだした。


「美久が、何か失礼をしましたか? お召し物が泥で汚れてしまっています。ああ、大変だ。美久よ、何をしたのだ。まさか馬から一緒に落ちたのではないよな。あぁ、なんてことだ……」


と、当惑しきった表情で彼に近寄った。


美久は、お尻あたりのかすりの汚れを落とし、下唇にも痛みを感じ、唇全体に指先を当てた。


賢龍は、そんな美久を指差して、


「いや、この娘と……あれだ、気を利かせろ」


と、微笑む表情に、武士等は緊張を解いた。


潮平は笑い声を抑えて、刀を仕舞った。


「こっ、これは、失礼しました。生きた心地がしませんでしたよ」


刀が鞘に収まるのを見て、村長はホッと胸を撫で下ろし、そのまま森に目をやった。


「美久の父も、ここにほうむられているのじゃ。皆、死すればここに入る聖地の森、彼女が必死なのも仕方がない……」


村長のその言葉を聞いた賢龍は、再び森の奥を見続けた。その瞳は、物狂おしい。


美久は、自分の唇を噛み締めた。自分の唇、賢龍から心の痛み、その両方が伝わってきた。


(誰か愛する人を亡くして……探してる……)

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