第13話 愛した妻

若武士は、右手を森の入口に差し出し、左手を胸に当てながら独り言を呟いた。


「真鶴と、再び愛し合いたい。

苦しめた日々を、謝りたい。

魂そこにあるのなら、戻せるのなら。

北山城の宿命を、受け入れず。

自分の全てを、捨ててもいい。

二人で別の人生を、選んでもいい。


でも、どうしても……。


去ってゆくのなら、別れを伝えたい。


それが叶わぬなら、

私もここで……」


「やっ、やめてください!」


美久は急いで馬を降り、後ろから彼の左腕を思いっ切り掴んだ。


「神の怒りに触れます。偉い方々でも、たとえ王様でも入れません!」

 

その甲高い声で、若者は足を止め、美久の両目を覗いた。


彼の意識をこの場に戻したようだ。


しょう巴志はしなら、力ずくで入るだろうな。剛情者ごうじょうものなお前を、ここで切り捨てるだろう……」


と、言い放ち、顔を背けて再び森の入口へと。


美久は、彼の前に回り込み、がむしゃらに止めようとした。細い体で、鍛えられた男の体の動きを制しようと……。それでも、じりじりと彼は森へと向かっていく。


不意に木の根に、美久のくるぶしが引っかかった。重なり合うように倒れてゆく。


「嫌!」


美久に、大きな体が覆い被さってきた。


若武士は美久の身体が弾力となり、フワッと浮いた。お互いの顔面が衝突するかのように近寄り、美久は咄嗟に自分の顔をそらすが、偶然にも唇が触れ合った。お互いの歯もぶつかり、美久はチクッと、痛みを感じた。上唇の内側が、切れて出血したかも知れないと思った。血の苦い味がしたからだ。


後から駆け足で追い着いた武士ら、


けんりゅう殿! お怪我は」


と、慌てて賢龍を引き起こした。

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