第7話 七つの橋

美久は、ふーっと大きく息を吐きながら考えた。


(男に心を振り回されて、疲れ切っているのを感じる。夫から、別の男からも受けた痛みが我慢できず、どうしたらいいのか、どこに隠れたらいいのか分からないのね。……別の部屋、あの世、そこへ入りたくて死のうとしている……。まずは、神の視線から……)


「あなたがこれまで夫に為に尽くしてきたことは、誰もが、そして神様をもご存知です。漁で傷ついて帰ってきた時、優しく薬を塗ったり、また元気で海へ出てほしいと願って作った食事、やさしさは天に伝わっています」


カマドは、


「神を見たことあるのか?」


と、ゆっくりと答えた。


美久は、両手を広げた。


「……いいえ。でも、知っているの。この島の周りには沢山の神様がいて、外から形を変えて、私たちを見守ってくれている。本当よ」


ヌルは、「あんた…何言ってるの?」と言いたげな目元をして、美久を下から覗き込んだ。

 

さらに、美久の後からひそひそ話が聞こえてきた。神人として話す内容が、突拍子もなかったからだろう。

 

カマドは、その雰囲気を、一網に消し去る大声を発した。


「私は終わりよ! もう壊れているの。休ませてよお願いだから。もうすぐ、七つの世をつなぐ橋の上から落ちて死んでいくの。地獄でもいい」



(何だ、しっかり考えられるわね)



美久は、その言葉に即答した。


「あなたの夫が連れて来る子は、ニライカナイの使者です。あなたの優しさ、愛の中で育てて欲しいと。これから幸せになれるはずです」


その言葉の後、カマドの目に一瞬優しさが宿ったように感じた。彼女自身の優しさが戻ってきたようだ。


「私は、別の男と交わりを持ちました。それは許さなれないことでしょう」



(やっとでてきたわ。男の話。問題は、それ)



「人が魅力を感じ、供に惹かれあう。それは自然なことです。時には自分で抑えられなくなるものです。他のヌルたちが許さなくても、わたしと、太陽てぃだの神々は許します。もう自分を許してください……。苦しい時、他にいい男を探そうとするのは当たり前。私だったら同じことするわ。男は淋しさを紛らわすには一番よね。ただの遊び。満足して、必要なくなれば捨てればいいのよ……」


「何をいう!」


途端、ヌルは大声を張り上げた。


しかし、その気迫を相手しなかった。美久の全身全霊はカマドに傾けられていたからだ。


「カマド姉さん。神人かみんちゅのわたしが言うのよ。全てを許します。人は過ちを起こすもの、姉さんは自分が何をすべきか分かっています。自分を許して。生まれ変わるのよ。女に取って男はただの道具よ。遊ぶ玩具オモチャよ。甘えさせて働かせてたり、褒めて喜ばせてたり、上手く扱えばいいのよ。しつこくきたら無視するのよ。実は単純な生き物よ……」


「そうなの?」


とカマドは、小さく漏らした。



「男の本音は、一つしかないのよ」


と、美久は考え、断言するように話し始めた。


「そうよ。私たち若い女の体が目当てよ。繊細で傷つきやすい気持ちなんて、考えてくれないの。犬や馬のおすをみたら、分かるでしよ。本性は、めす身体からだを味わいたいだけよ。


「美久! もうよい。やめよ」

 

と、ヌルのその声、屋敷から外に響き渡るほどの叫喚だ。


カマドは勢いよく柱に沿ったまま起き上がると、ヌルに目をやり美久を見直した。


美久は座ったまま下から彼女を見つめて決して離さない。


(カマド姉さん。あなたを助けたい、お願い、私の心に触れて)


美久は、決心するかのように唇を噛み締めていたが、その力を放した。


「わたしは、神人……。後ろのお婆さんたちは、見事な時代遅れよ。可哀想でしょ」


「こらー、美久! われをバカにするのか」


ヌルは、激しく足で床を叩いた。怒りを表す太鼓の響きだ。


〈ドーン、ドーン〉


美久はそれから守るように、無言でカマドを抱きしめた。


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