第6話 美久の力

美久は、奥の部屋に移動した。


風呂敷に包んだ荷物を広げ、母親と共に身支度を急いだ。


内側に赤、外は白のかすりを羽織った。髪を結い、銀のかんざしを仕上げに差し込んだ。さらには白の帯を頭に巻き、蔓草つるくさにクバの葉を飾り付けた。仕上げに、そそくさと一人で神鏡をのぞき込むと、額に一つ赤い紅を指先で塗った。


手渡された朱色の箱を、手の平で押し返した。


母は、小首を傾けて、


「えっ、神人の道具でしょ?」


と、訊ねた。


美久は即答した。


「いらない。そんなもの」


母は美久の両手を握りしめ、ゆっくりと心に話しかけるように、


「ヌル様は、同じことを二度したのよ。それでも上手くいかないので、貴方に期待しているの」


「わかってる」


美久は頷いた。

 

 * * *


音を立てずに、すーっとヌルの傍に座した。


その美久をヌルは横目で見るや、カマドを視線で示した。


美久みくは、やはり純粋で強い気を持っているのう。じゃが、香炉、ロウソク、天へとつながる七つ橋の木々も使わんのか。何故かのう……」


ヌルの表情は渋い。


屋敷の中心をなす重苦しい居間で、皆は壁を背に座していた。


吐き気を催す匂いが充満する中、美久は表情一つ変えず、柱に縛られたカマドの前に座った。


カマドからの視線は美久の目、深淵を探し続けてくる。黙然と口はつぐんでいる。


ズバッと激しい気が、美久に投げかけられた。


唯一、美久の傍にいたヌルにそれが伝わったのかその時、軽く身震いしていた。


美久は、ここで使う気持ちを整えた。


(あぁ、カマド姉さん。何度も浜辺で一緒に遊んでもらった。ありがとう……。今度は、わたしが何か、頑張らないと……)


やがてカマドの目から僅かな瞬きが発せられ、美久は言葉を返した。


「わたしは、美久です。カマド姉さん、わかりますか。あなたの力になります。どうか私の話を聞いてください」



吐血で汚れた服の上から、右肩を躊躇もせずに触れた。するとビクッと両目が大きく見開いた。


「ほっといて。わたしは、死にたいの」

 

目をそらさず頷いた。


カマドは続けた。

 

「あの人には、別の女がいる……。今度帰ってくる時には、その子どもを連れて来ると言っていた……。きっと女も一緒よ。私はどうなるの! その女、呪い殺してやる。二人とも、地獄に落としてやる。歯で骨を噛み砕いて、ぐちゃぐちゃにするわ。その散らばった肉を鳥に食ってもらうのよ」


ヌルが突然、「気が狂っておる」と、吐き出すようにそう返答した。


しばらく沈黙がその場を支配した。

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