第5話 神職の見習い

「夫に、別の島での落とし子を、今度連れて帰ると言われたようじゃ。その夫が漁に出ている間、カマドは他の男と交わりをもったのだ。それを、他のヌルたちが陰で噂し広めたゆえ、その視線を苦しんでおるのだろう……。心の病じゃよ」  


ヌルは、慣れた手つきでススキの葉を三本束ねて結び、手に塩水を降りかけながら、カマドの肩を軽く撫でた。


憑依したかのように上半身を左右に揺らしながら、神を讃えるてぃるるを奏で、同時に話しかけるが、カマドは首を激しく振った。


それら一連のものを全て拒絶するように見えた。


ヌルの歌声も、次第に力ないものとなった。


「やはり内から、出ん……。このままだと、本当に狂ってしまうのう」


一刻が過ぎた。


ヌルは、冷や汗をかき、疲れきったような表情へと……。やはり手が付けられないと感じ取ったのか、しばらく考え込んでいた。


ヌルの後方に座している美久の母が、声を発した。


「私のこの娘は、神職てぃゆんたの見習いで、ちょっと変わり者ですが……このカマドと話をさせてみませんか? 歳も近いようですから、何かと理解し合えるかと」


美久みくか……。あぁ、我も他の者とは違っていると感じておった」


ヌルは承諾するように目礼をして、老医らを交互に見ながら話し合った。


家長の疲れきって真っ青になった口元に、わずかな血流が生じた。


「……もう他に出来る事は無いのであろう。話をさせてやってくれ」

 

と余力を絞り出すように声を発した。


鉛のような重苦しい沈黙がその場に、のし掛かった。


父親らしき男が、立ち上がった。


「話ができるなら、誰でもよい、助けてやってくれ。もし、その者で良くならなかったら、私の娘は一体どうなるんだ。お願いだ、誰か娘を助けてくれ!」

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