第4話 乱れた心
日は沈み、上がった月に雲が被ると、辺り一面暗闇になる。
「何か得体の知れない怪物に噛みつかれる妄想を抱くものだ。朝までおとなしくしておいた方がいいぞ」……と自らの心で囁かれる。
島の南端には集落があり、その周りは大木に囲まれていた。
「うっ、ううっ、うぐぐっ」
暗闇に紛れた屋敷、その戸板の隙間から女の唸り声が漏れ出ていた。この小さな島では、恐らく皆の耳に届いている。闇夜に乗じた野獣が、獲物を探し求めているようだ。
僅かに雲が薄れた月明かりの間を見計らって、その声を辿るように屋敷の裏口に向かっている少女がいた。
彼女の名は
母親から、
「海で遊んでばっかりいないで、『
と、呼ばれていたからだ。
たどり着いた戸板の隙間から、
それは、三十代とおぼしき女性が両手を後ろに縄で家の柱に縛られている姿だった。両脚を、前に投げ出し、羽織った着物は乱れていた。両目は黒く凹み、ほお骨が目立っている。
よくよく見ると、その柱を取り囲むように親族らしき者が四、五人首をうなだれ座っていた。皆、一様に表情が硬い。
一人の老人が、気概を失ったような声を漏らした。
「カマドは、腹が痛い、頭が割れる様に痛い、と苦しんでいた。その上、海に入り
後ろに座している家長らしき男は、溜息をついた。
「ふうー。さて、どうにもならんか。わざわざ本島から医者であるそなたを呼び寄せたのに」
「……」
医者と言われた老人は、無言を続けていた。
どうしたらいいのか分からず苦慮しているように見える。
美久は、そっと居間に上がり、母の傍に座した。
老女が急に、
「気が狂ってはおらぬ。
黙り込んだ老医の横で、そう言った。
(皆に希望を与えようとしている)と美久は感じた。
その老女は、『祝女(ヌル)』と呼ばれる島の祭司だ。手の施し様が無くなった老医と、居場所を代わろうとしていた。島で最高の権威を有する
美久が座った様子を感じ取ったのか、微かに首を振っては元に戻した。
老女は、ゆっくりと、右手に置かれた祈祷に利用する品々を確認している。
そして、
「悪霊が付いた、狂人になった、と聞いておる……」
と、カマドに目を向けた。
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