第421話 召喚型転移

 ところで、魔王がくれた指輪について。


 機能の一つとして無限収納が付いていると魔王が言っていたのは確かにその通りで、言われたとおりにオプタティオールとゼノヴィアルソードは早速この中に収納済みだ。幾度か取り出したり仕舞ったりと使い心地についても検証済みで、実はこれが悔しいぐらいになかなかイイ。

 時空魔法や解析のレベルが上がれば、この特殊な収納の仕組みについて詳細に理解できるのかもしれない。とは言え、それはまだまだ随分と先の話だろうけど。


 そして、指輪を渡してくれた時の魔王の意味あり気な笑顔を想い起こすと、確信に近いレベルでこの指輪には隠された何か、俺があっと驚くような仕掛けがありそうな気がしていて、収納以外の他の機能の存在についても調べてみようと鑑定や解析はとことんやり尽くしたつもりだが、いまだ手掛かり一つすらない状況。

 レヴァンテもこの指輪は初めて見たと言っているし、『魔王の指輪』の更なる解明は、現在抱えている諸々の案件が片付いてじっくり取り組める時までお預けだなと、俺はそんな風に思っていた。



 ◇◇◇



 大量のピルスバットを転移させていた魔法は、光爆弾炸裂後、闇魔法による隠蔽を引き剥がされてその正体をさらけ出していた。

 俺の狙い通りであり、こうなればしめたもの。

 術者、魔法が維持し続けている転移の出現ポイントから、この変則的な転移の魔法の起点を割り出し、そこの制御の流れを辿り始めて間もなく。


「……ん。見つけた」


 術者に行き着いた俺がそう口にした途端、周囲に対する警戒監視へと行動方針を変えていたはずのニーナ達から視線と共に無言の問いが発せられた雰囲気を感じる。

 ニーナもステラも俺をじっと見詰めていて、そんな二人に応えるべく俺は言葉を続けた。


「術者はグールの中の一体。そいつに掛かっている服従魔法も同時に検出できたよ」

「グール?」

「グールが服従? 眷属化されてるってこと?」


 グールなのかと驚いているニーナと、それに加えて眷属化にも言及したステラに首肯を返し、更に俺が説明を続けようとしたその時。


 右手の中指に嵌めていた魔王の指輪が、いきなりピリピリっと激しく震えた。


 なんだこれ…。

 と、即座に指輪に意識を向けた俺の頭の中に閃いた言葉が在る。


 もしかして、これは同調…?


 指輪が震えた時に、俺の中に大きく浮かび上がったのはラピスティの存在だった。

 普段は全く自覚することが無いラピスティとの間に交わしている魔法契約と、その結果生じている俺とラピスティの間に繋がっている強固な魔法的パス。


 そのパスが大きな存在感を伴って俺に働きかけていた。

 まるでラピスティがすぐ傍に立っていて、俺の服の袖を引っ張り、何かを催促しているかのように。


 俺は、解析や探査スキルなどありったけのスキルを自分の内側に向けて行使。

 俯瞰視点を反転させて自分の精神世界に向けているような、そんな感覚に呑み込まれながら、俺は存在感を増したラピスティとのパスと魔王の指輪からの呼びかけ、その二つの正体を明らかにするべく並列思考をフル稼働させて探って行った。


 その結果、あと一つ。

 俺があと一つ、切っ掛けとなるパスを生成すればいいのだと解って来る。

 情報が滞っているのは、俺が扉を開いていないせいだ。


 マーキングを撃ち込む時の要領で、俺は魔王の指輪に探査の楔を捻じ込んだ。

 俺の知覚系スキルと指輪の間にパスを生成する為に。

 捻じ込んだ最初の抵抗感は一瞬だけで、すぐに指輪が俺の知覚系スキルの一部になっていくような変化が始まり、それと共に確かなリンクが構築されていく。


 そして予期していた通り、ラピスティの声が聴こえ始めた。

 声は俺の耳の奥深い所で最初は小さく、そして次第にはっきりとした音量で聴こえてきた。


『……シュンさん、聴こえますか?』


 どうやって返事をすればいいんだろうと一瞬悩んだが、取り敢えず魔王の指輪を自分の口元に近づけて喋ってみた。


「聴こえてる。この話し方で届いてるか?」

『あっ、良かったです。はい、それで届いてます。もう少し簡略化出来ると思いますが、慣れが必要かもしれません』


「そうか…。で、これが以前言ってた限定的時空同調の応用って奴なのか?」


 随分前に、ラピスティと交わしている魔法契約のパスを使って念話のようなことも理論上は・・・・可能だという話を聞いたことがある。それは神からの神託の声が人間に届いたり、人間から精霊への願いの声が届いたりといった事象を説明できる類なのだろうと俺は考えていた。

 その理論上はというのが「限定的時空同調の応用」で、時空魔法と精霊魔法で実現するものらしく、俺にとっては非常に難解な話だったのだ。


『あー、ちょっと違います。考え方はあれと似ていますが、むしろ今回のはフェルとモルヴィの間で実現しているものとほぼ同じと考えた方がいいです。実に魔王様らしいですね。リソースの消費が全然少ないですし』


「ふむ、そっちか…。っと、今はこんなことのんびり話してる状況じゃないな。これに関しては後回しで、事態の収拾を優先しよう」

『了解です。判明したことをまとめましょう』



 ◇◇◇



 傍に居るニーナ達にも状況を把握して貰う為に、俺は彼女達にも聞こえるように声に出しながらラピスティとの情報交換を手早く進めていった。


 光爆弾の炸裂で、光の侵食の作用範囲内だった約二千匹のピルスバットは全滅し、術式破壊で転移魔法の隠蔽が消滅。そして、とてつもない大光量だった光そのものによる影響はそれらよりも広範囲で地上にも及び、約半数のグールが視覚に障害が出ている模様。

 俺達が留まっている位置からグールの混乱ぶりは肉眼でも捉えることが出来ていて、直前まではきっちりと統率された行動だったが、かなりの数のグールがまともに動けなくなっていて今では集団としてはほぼ機能していない状態だ。


「バットはもう転移してきていないが、転移魔法自体はまだ停止していない」

 ニーナ達向けに俺がそう言うと、ラピスティはこれに関しての話をしてきた。

『現在、転移元の座標を精査中です。シュンさんが隠蔽を解除してくれましたから、楽にトレースできています。あと少しで確定できます』


 敵の転移魔法が変則的だというのは最初から感じていたことで、ラピスティはこの転移魔法は『召喚型の転移』だと言った。


 この方式の利点は、状況を確認した上で転移先を定めることが出来て、更に受け入れ側がタイミングを見計らって発動出来るということと、必要な魔力はそのほぼ全てが転移元の負担であること。

 欠点は、先に術者が現地に居なければならないことと、転移対象。今回の場合で言うとビルスバットは、転移元で転移の順番が回ってくるまで待機状態で居なければならない。魔力消費は、方式以前に結果として大量のバットを転移させていた訳で、かなり膨大なものだったのは間違いない。


 この辺の説明もニーナ達にしてしまうと、俺はもう一つ踏み込んだ話へと話題を変える。

「ラピスティ、逆に転移魔法がまだ停止していない理由は何だと思う?」

『術者になっているグールも光爆弾で視覚を奪われたんですよね。それと合わせて考えると、おそらく結論は一つです』


「敵の首魁は眷属化しているグールを制御できなくなっていると?」

『はい、その通りです。現状の無策ぶりから考えると、今はこちらの状況が把握できていないということになりますね。その首魁は知覚共有以外の情報を得る手段を持っていないのではないかと推測します』


 ここでニーナが口を挟んできた。

「眷属と知覚共有していて一緒にあの光を見たんだったら、きっと主の側にも影響はあったんじゃない?」

 俺はニーナを見てうんうんと頷く。

「その可能性もあるな。いずれにしても、敵のボスもグール同様混乱の真っ最中なんだろうと思うよ。とは言え、あまり楽観過ぎるのは良くないけど」


 と、その時ラピスティが嬉しそうな声で。

『シュンさん、座標確定できました。でもこれは…、かなり遠い所です』


「そうか…。そこも対処したいが、ここに居る奴らと在る物も潰さないとな」

『僕は何をしましょう』


「そうだな…。ここの転移をこのまま逆転させることはできるか?」

『その書き換えは術者にも伝わると思いますけど、今回の場合それはグールということになりますね。やってみてもいいですよ。少し時間が必要ですが』


「始めてくれ。敵が動き始めたら無駄になるかもしれないが」

『了解しました』

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